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はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ T 投票日までの動き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 今回の選挙の持つ意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 選挙の焦点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 選挙をめぐる政治動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 新しい選挙文化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ U 選挙結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 総括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 広域自治団体長(特別市・広域市・道知事)選挙結果・・・・・・・・・・・・・・ 3 基礎自治団体長(市長・郡守・区庁長)選挙結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 広域自治団体(特別市・広域市・道)議会議員選挙結果・・・・・・・・・・・・ 5 基礎自治団体(市・郡・区)議会議員選挙結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ V 広域自治団体長(特別市・広域市・道知事)選挙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 選挙の過程で現れた特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)政党公認の変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)中央政治権力の選挙介入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)数多くの浮動層の存在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 選挙結果の特徴的な局面・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)都低村高の継続と与村野都の崩壊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)地域分割構図の固定化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 各圏ごとの主な候補者及び選挙結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ W 基礎自治団体長(市長・郡守・区庁長)選挙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 基礎団体長候補の公認と競争率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 選挙運動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 投票率と投票結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ X 広域自治団体(特別市・広域市・道)議会議員選挙・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 候補者の競争率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 広域議員当選者の政党別比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)地域及び政党別現況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)政党別の当選者数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)政党の地域別当選者数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (4)広域団体長との関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 広域議員当選者の職業及び学歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)職業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)学歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Y 基礎自治団体(市・郡・区)議会議員選挙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 基礎議員の選挙経過・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 競争率と投票率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)候補者の競争率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)投票率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 基礎議員当選者の人口学的背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)年齢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)職業別類型・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)学歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 同時選挙での有権者の投票状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Z 資料編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 選挙の仕組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)選挙権と被選挙権・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)候補者広報物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)選挙運動の方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (4)不在者投票・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (5)3党(民自、民主、自民)への国庫補助金・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (6)法定選挙費用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (7)投票の方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 候補者登録・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)候補者の登録現況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)候補者辞退・死亡・登録無効・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)無競合選挙区・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 選挙よもやま話・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)選挙の投・開票の管理及び所要人力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)候補者番号(記号)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)選挙に珍記録続出・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (4)選挙後の広報物処理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (5)選挙話題地域「男女対決」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
1 2 2 3 4 7 9 9 11 12 18 20 21 21 21 21 21 21 22 22 23 25 30 30 30 31 32 34 34 34 35 35 36 37 38 39 39 39 40 40 40 40 41 42 42 42 43 43 43 45 45 45 46 46 46 46 47 47 48 48 49 50 51 51 51 51 52 53 54 56 |
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はじめに 1995年6月27日、韓国の4大地方選挙が、16日間の熱戦レースを終えた。 日本の地方選挙では、候補者の登録が完了すると、選挙管理委員会の指定した箇所に設けられた掲示板に候補者のポスターが掲出され、選挙ムードが高まっていくが、韓国では、政党番号と候補者名が書かれた様々な色の大きな横断幕が、道路の上いっぱいに張り巡らされ一気に選挙戦に突入していく。 拡声器を積んだ自動車の配置は認められており、道路端、広場、市場など多数の人が往来する公開された場所での演説はするが、日本のように候補者名を連呼して町中を流すことはなかった。 地下鉄・鉄道などの主要駅、アパート団地などの人通りの多い所では、候補者の写真や略歴などを書いた「名刺型の印刷物」を持った各候補の運動員が終日張り付いており、行き交う人々にそれを配布してそれぞれの候補者への投票を依頼するわけだが、この名刺型の印刷物は、手の中にすっぽりと覆われており、一見したところ普通の人が近づいてきて声を掛けられるわけで、つい立ち止まり、相手の話を聞く羽目になった。 今回の選挙は、日本の都道府県に当たる15の広域自治団体(ソウル特別市など六つの大都市・九つの道)の団体長と議員、市町村に当たる230の基礎自治団体(67市・98郡・65自治区)の団体長と議員の選挙であったが、このうち、基礎自治団体の議員については政党の公認が禁止された。残り三つの選挙については政党の公認が認められ、政党によっては同一選挙区に複数が立候補の意思表示をすることがあり、その様な場合には、党員大会を開き、党内の選挙で候補者を確定しており、これも日本ではみられない風景であった。 ソウル市長など主要都市の選挙では、テレビ局が主要候補者をスタジオに招き、アメリカの大統領選挙並みにテレビ討論を実施したり、開票速報の番組に日本でも馴染みになった出口調査を行って「投票者調査結果」を放映するなどこれまでにない新しい選挙報道の試みもみられた。 この日午後6時に投票は締め切られ、内務部の暫定集計によると全国の平均投票率は、65.3%で、全有権者3104万8566人のうち2027万18032人が投票し、91年の基礎議員選挙(55%)広域議員選挙(58.9%)を上回った。市・道別では、済州道が76.3%と最も高く、仁川市が58.3%と最も低い投票率を記録した。ソウル市は、63.9%で全国平均を下回った。 選挙結果は、与党民自党の敗北と、金詠三大統領率いる民自党は慶尚道、金大中氏が出身の民主党は全羅道、金鐘秘氏の率いる自民連は忠清道圏で圧倒的に優勢であるというこれまでの韓国の選挙の度に取り沙汰されてきた地域主義がより鮮明に復活することになった。本稿は、ソウル事務所嚴泰浩調査員と朴永蘭調査助手が平井章彦次長の指導のもとにまとめたものである。 韓国の地域住民が、どのような夢を託して35年ぶりに各自治団体の長と議員を選んだのか、また、今後の地域づくりはどのように進められていくのかの一端を知っていただければ幸いである。 T 投票日までの動き 1 今回の選挙の持つ意味 韓国は、1995年6月12日、35年ぶりの統一地方選挙の立候補者登録を締め切り、27日の投票に向けて、激しい選挙戦が初夏の暑さと共に始まった。 今回の選挙はこれまで中央政府が任命してきた道(日本の県に相当)知事、市長の公選制を復活してから初めての選挙。全国9道の知事選挙とソウル特別市(日本の都に相当)、釜山広域市(日本の政令市に相当)など6大都市の市長選は「広域団体長(首長)選挙」、中小都市の市長、大都市の区の区庁長、郡の郡守の選挙は「基礎団体長(首長)選挙」と呼ばれ、9道と6大都市の議員選挙は「広域議員選挙」、それ以外の地方議員選挙は「基礎議員選挙」とされ、これらの4大選挙が同時に行われた。 今度の選挙は選挙史上最大の規模であり、選挙結果がどういう形になっても政局に少なからぬ変化をもたらすことが予想されたため、他の選挙よりも政治的意味合いが濃いものになっており、政府与党にとっては、選挙に勝てば安定政権を維持することができるが、負けるようなことになれば金泳三政権の弱体化につながりかねないと韓国の各新聞等は報じていた。このようなマスコミの報道に対して政府は、地方選挙はあくまで地方の生活を引き受ける働き手、専門家を選ぶものだし、政治的意味合いを否定した。 マスコミなどの選挙報道はおおむね似ているが、韓国日報がシリーズで連載したもののうち、6月12日付けの特集から制度的側面と政治的側面に分けて整理してみると次のとおりであった。 (1)制度的側面 まず、今度の選挙は、地方時代の幕開け、地方政治の活性化という観点から「地方行政を地方住民が責任をもって処理する」ことにより、韓国政治は事実上初めて中央集権主義の旧態を脱することになり、中央中心主義の国民意識にも一大転期をもたらすだろうと予想される。一方、地方自治が「明るい未来」をもたらすだけとは限らない。中央政府と地方自治団体間の衝突、地方内の争いにより、行政効率の低下、国力分散現象が引き起こされる可能性も否定できない。さらに、最近世界的傾向は、新中央主義へ回帰している。それぞれの国家が、熾烈な競争で生き残るため国力を中央に集中しているのが現状であると言われており、国内的にも、通信の発達により全国が画一化しており、地方行政の固有領域はほとんどなくなっているという見方もある。 (2)政治的側面 政府は「地方選挙は地方の生活を引き受ける働き手を選ぶものだ」と政治的意味合いを否定しようとしたが、マスコミは6・27統一地方選挙が、金泳三政府出帆後初めて行われる中間評価的な意味合いを含んでいることと、来年4月の15代総選挙(国会議員選挙)、再来年の大統領選挙の動静を左右する「予備選挙」と位置付け、どの政党が勝ったとしても、現在の政界構造がそのまま存続することは難しいというのが支配的な観測である。また、民自党が湖南(全羅南道、全羅北道)、忠清南道を除いた全地域で圧勝する場合、金大中、金鍾泌氏は、今より政治的地位が低下し、政界の世代交替の流れにつながり、反面、民主党、自民連が優勢な結果を得た場合、金大中、金鍾泌氏の政治的な影響力は一層強化すると見られる。 そうなった場合、内閣制改憲問題が政治的争点として浮上する公算も大きく、野党側では、金大中氏の政界復帰の可否が具体化し、地域基盤を持たない李基澤(現民主党総裁)総裁の立場が現在より不利になると見られる。 また、無所属が躍進すると、政界に小規模会派が生まれて、離合集散の様相が現れ、政局は乱れて、さらには既存政界に対する不信傾向が広がり「政界の無力化」を招くとの見方もある。 2 選挙の焦点 選挙の最大の焦点は、ソウル特別市など6大都市の市長選と九つの道知事選の行方であった。 韓国のマスコミは、15の地域のうち過半数を取れなければ「与党(民自党)の敗北」との見方に立っており、事前の予測では与党有利と見られているのが6大都市の中で仁川広域市と大田広域市、道では京畿道、江原道、慶尚南道、忠清北道の六つであった。 また、接戦を演じているところが釜山広域市、大邱広域市、慶尚北道、済州道の四つで、苦戦を伝えられているのがソウル特別市、光州広域市、忠清南道、全羅南道・北道の五つであった。 野党(民主党)の金大中・アジア太平洋平和財団理事長の地盤である光州市と全羅南・北道、それに民自党から脱党し、新党・自由民主連合(自民連)を作った金鍾泌総裁の地元である忠清南道では与党候補にほぼ勝ち目はないと言われていた。 したがって、ソウル、釜山、大邱の三つの市長と慶尚北道及び済州道の二つの道知事選挙が勝敗の鍵を握っていた。 今回の選挙で一番注目を集めたところは、韓国の全人口約4,500百万人の4分の1が集中する都市ソウルの市長選であった。9人が候補者登録をしたが、実質的には、鄭元植・元首相(民自党)、趙淳・元副首相(民主党)の与野党候補と、無所属の朴燦鍾氏の三つどもえの争いになった。 金泳三大統領が自ら鄭元植候補を擁立したものの、世論調査では3位に甘んじて劣勢であった。重鎮記者の集まりである「寛勲クラブ」が民自党の鄭元植、民主党の趙淳、無所属の朴燦鍾の有力3候補を個別に招き、討論会を開いたのに続いて、KBSTVも5月27日、6月17日、MBCも6月11日に3候補を一同に集め、討論会を開催したが、その後の世論調査でも無所属の朴燦鍾が他の二人を抑えて依然としてトップを走っていた。 鄭元植候補は、各新聞の世論調査で支持率1位の朴候補に15〜20ポイントも引き離されており、2位の趙候補にも水を開けられていた。 政府与党が“ウルトラC”の手を打たない限り、当選はおぼつかないという予測であった。 ソウルと並んで注目されたのが第2の都市・釜山。ここは金泳三大統領の地盤でもある。民自党の候補は、金大統領の側近の一人でもある前民自党事務総長の文正秀候補で、当初は楽勝のムードが漂っていたが、野党・民主党が知名度抜群の前国会議員の盧武鉱候補を擁立したため一転して激戦となった。 盧武鉱候補は前回の総選挙では金泳三系に属しながら3党統合に反対し、金泳三大統領と袂を分けたことから落選したが、20代から30代の若い層には圧倒的な人気があり、5月に実施された朝鮮日報の世論調査では支持率で文候補を15.5ポイントも上回った。 民自党は、大統領の膝元で負けるようなことになれば一大事とばかり、懸命な巻き返しに出たが、文候補は依然として劣勢であった。 第3の都市、大邱市長選挙は、民自党の゙海寧と自由民主連合(自民連)の李義翊、それに無所属の文熹甲、李海鳳等の争いになったが、無所属の文熹甲候補の有利が伝えられていた。 慶尚北道は、民自党の李義恨・前大統領首席秘書官(行政担当)に対し、民自党を脱党し無所属から出馬した前知事の李判石候補が世論調査ではわずかながら上に立っていた。 済州道はこれまで総選挙の度に伝統的に無所属候補が当選することで知られている地域だが、今回も無所属の慎久範候補が民自党の禺瑾敏候補を序盤戦からリードしていた。 民自党が過半数を取れるかどうかは、ソウル市、大邱市、慶尚北道、済州道の無所属候補の動向支持率にかかっているが、各種世論調査では「支持政党なし」が40%に達しており、無所属候補には追い風となっていた。 民自党が今回の15の首長選挙で過半数を下回ることになれば、党内最大派閥でありながら反主流派に転じている旧民正系が造反の動きに出ることも予想された。そうなれば、金泳三政権の今後の政局運営に大きな影響を及ぼすことになりかねず、来年の総選挙で過半数割れという最悪の事態を招くかもしれないとマスコミでは伝えていた。 一方、野党・民主党は、光州市と全羅道以外で勝てるかどうかがポイントとなっていた。特に、金大中氏にとっては政界復帰への布石となるだけに、ソウル市を含めて最低六つは取りたいところだった。仮に民主党が敗北すれば責任問題をめぐって李基澤系と金大中系との間で対立が再燃するとの見方が強かった。(6月16日「東亜日報」) また、金鍾泌総裁が率いる新党・自民連も忠清南・北道と大田市を確保したいと期待していると見られており、どちらにしても選挙後の政界再編は避けられそうにもないというのが一般的な予想であった。 3 選挙をめぐる政治動向 選挙の前哨戦は早くからスタートしていた。1995年2月9日、金鍾泌氏が民自党を脱党した後、与党で提案した行政区域の改編と基礎自治体選挙での政党公薦(公認)廃止をめぐって、与野の激しい駆け引きが展開された。この問題では野党議員が国会議長の自宅を占拠するなどの事態まで発展、結局、基礎団体長(首長)は政党の公認を認め、基礎議員(地方議員)は政党の公認をなしとする「半々論」で妥結した。 その直後の3月末から与党は政党公認作業に着手した。民自党の公認作業はおおむねスムーズに進んだものの、ソウル市長候補選びでは難航した。 民自党は当初、金大統領が推薦した鄭元植・元総理をソウル市長選の候補者にする方針を固めていた。これに対し、李明博議員は党内で選挙により候補者を決めるべきと主張し、自ら党内選挙(競選)に出馬を表明した。党内選挙を行わなければ脱党して無所属で立候補するのではとの憶測もあり、結局、民自党はソウル市長選候補者を党内選挙で選ぶことにした。 鄭元植氏は行政経験や政治力を兼ね備えた中堅政治家であり、しかも金泳三大統領の支持も得ている。一方、李明博議員は経済界で活躍した華麗な経歴を持っており、テレビドラマの題材になったほど若いサラリーマンにとってはあこがれ的存在である。したがって、李議員は有権者の絶対多数を占めている20〜30代の支援を得られる可能性に期待をかけていたようだ。 紆余曲折の末、12日オリンピック公園でソウル市長選候補の選出のための党内選挙を行い、鄭元植氏を候補に選んだ。この日の投票で在籍代議員12,436名のうち7,700名(62%)が参加、鄭候補は4,701票を獲得し、2,884票の李候補を抑えて当選した。 民自党に比べ民主党のソウル市長選の「競選」はスムーズに行われた。民自党より先に行われた民主党の競選は、金大中・アジア太平洋財団理事長の支援を得た趙淳前副総理が、在籍代議員859名中832名が参加し実施された1次投票で320票を獲得、共に競合した趙世衡副総裁(204票)、洪思徳議員(172票)、李哲議員(127票)を抑えたが、過半数(417票)を獲得しなかったため、2位の趙世衡議員と共に2次決選投票に入った。決選投票で趙前副総理は807票中495票を得て趙世衡議員(312票)を抑えて候補に選出された。 各党で行われた「競選」は多くの副作用を起こしたが、それなりに成果があったといえるだろう。 一方、民主党では全羅南道知事候補選びの党内選挙で金大中氏が推す候補が敗れ、許京萬・元国会副議長が候補に選ばれるという大方の予想と異なる事態から始まり、京畿道知事候補選びの党内選挙に至るまで、党内不和の問題が取りざたされていた。 6月11日、選挙に出馬する候補者の登録が始まるまで続いたこの党内不和は、京畿道知事選に張慶宇議員を推薦した李基澤総裁と李鍾賛議員を推薦した金大中・アジア太平洋平和財団理事長間に深いシコリを残してしまったと言われている。(6月27日付け朝鮮日報) 民自党でも京畿道知事候補選びの党内選挙で敗れた任仕彬議員の無所属出馬があり、関係者を驚かせた。候補者の登録後、本格的な選挙戦に突入した序盤戦では、金大中氏の地域等権論などが争点となった。
特に6月14日、金大中氏が民主党の選挙演説員として登録、本格的な支援遊説に乗り出したことから、選挙戦の様相は完全に違ってきた。金大中氏の政界復帰問題、金大中氏が提唱する内閣制改憲論と金泳三大統領の世代交代論が真っ向からぶつかり合ったことで、選挙の流れが「3金争い」に変わってしまったと言われている。 それと同時にソウル市長選に出馬した朴燦鍾候補が朴正煕(元大統領)の軍事クーデターを支持していた過去の経歴が問題になったのを境に、いわゆる「過去のアラ探し」が急浮上し、民主党の趙淳候補までが朴正煕政権時代、警護室長と並んで国旗下降式に参加していたことなどが問題にされた。 「過去のアラ探し」に関する問題は、各候補者のスポークマン同士が相次いで告発する事態にまで発展し、投票日の前日26日まで続いた。また、外務部が在外公館に対し行った地方自治制調査の電文をめぐって、政府与党と権魯甲・民主党副総裁が真っ向から衝突し、選挙の最終争点となった。
4 新しい選挙文化 6月の統一地方選挙を迎えて、テレビやパソコン通信を使った新しい「選挙文化」が登場していると5月31日付けの中央日報が報じた。 特に、有権者がわざわざ遊説会場に出掛けなくとも、お茶の間で候補者の経歴や政見を知ることができるなど、各候補者の比較や評価ができる機会が増えるわけで、候補者側でもこのような「選挙文化」に備えた対策に時間を割いた。 しかし、ややもすると、有権者が候補者のイメージ作りや政治的な演出に惑わされるのでは、という懸念も出ていた。 (1)パソコン通信 ハイテル、千里眼、ナウヌリなど主なパソコン通信サービスには「選挙広場」が続々と開設された。パソコン通信の利用者の80%以上が20、30代の若い層で、また全体有権者の57%をこの層が占めているという点を考えれば、パソコン通信は「黄金の票田」であることに間違いない。 千里眼ではKBSによるソウル市長3候補の討論内容をそのまま生中継した。この時、利用者からこれら3候補に送るメッセージが殺到、パソコン通信の威力を見せつけた。 しかし、パソコン通信が選挙運動や相手候補者に対する誹誇などに悪用される危険性も孕んでおり、検察側でもこのような新手の選挙運動違反に対する調査に入った。 (2)テレビ討論の時代 5月27日の夜のKBS−1TVでのソウル市長選に出馬する民自党の鄭元植候補、民主党の趙淳候補、無所属の朴燦鍾候補の討論会は、有権者に3候補を隈なく観察できる機会を与えた。 テレビ画面は、候補者の表情、声、性格、危機管理能力、教養まですべて映し出し、有権者に具体的な判断材料を提供した。 韓国選挙史上初めて、テレビによる候補者の討論会を成功させた国営放送局のKBSはその後、6地域の候補者会見を実施し、民間のMBCも6月11日と23日にソウル市長選候補の討論会を2時間にわたって放送した。 また5月29日、仁川市長選候補の合同会見を放送した新鋭SBS(ソウル放送)も6月13日ソウル市長選候補の討論会を放送した。 このため各候補者は発言方式や時間、席順まで放送局と話し合い、衣装やメイクなどのイメージ作りに神経を使っていると伝えらた。 たとえば、民主党の趙淳候補は麻浦ケーブルチャンネルのスタジオを借り、画面テストと模擬会見を行ったり、衣装にあまり気を使わなかった民自党の鄭元植候補も5月29日、2人の専属コーディネーターを付けたという。 しかし、テレビによる選挙放送は候補者の政見や能力よりも言葉づかいやイメージだけが一人歩きしやすく、政治のショービジネス化を招きやすいという指摘もあった。 U 選挙結果 1 総括 35年ぶりとなった韓国の統一地方選挙は、27日に投票が行われ、即日開票の結果、注目の15市長・道知事選挙で、与党・民自党は5カ所(釜山、仁川広域市と慶尚南・北道、京畿道)しか確保できず、目標の過半数に及ばなかった。 金泳三大統領が率いる民自党は、大統領任期(5年)後半の政局主導権を確保するため、15市長・道知事選挙での過半数の勝利を目標に全力を挙げてきた。 大統領の地盤の釜山市と慶尚南道、慶尚北道、首都圏の京畿道、仁川市の5カ所で勝利を得たものの、激戦となった忠清北道、江原道、大邱市でも競り負け、過半数確保はできなかった。 最大の激戦地ソウル市長選には元首相の鄭元植氏を擁立し必勝を期したが、無党派ブームに乗った朴餐鍾氏と、民主党公認で自民連の支持を受けた趙淳氏の激戦に苦戦を強いられた。 一方、92年の大統領選挙敗北後に政界引退を表明した金大中氏は、選挙戦前から精力的に全国を遊説、民主党にテコ入れした。「地域等権主義」を提唱し、自らの政界復帰をかけ選挙戦中訴え続けた。 2月に民自党を離れた金鍾泌氏が中心となって結成した自民連(自由民主連合)の知事の候補者は忠清南道、大田市で当選し、民自党との激戦となった忠清北道、江原道でも当選した。江原道では民主党が候補を降ろし、ソウルでは自民連が民主党を支持するなど金大中氏と金鍾泌氏による「金泳三包囲網」が成立した。 15市長・道知事選(民自党5、民主党4、自民連4カ所で当選)に次いで中小都市の市長、郡守、区庁長及び地方議員選挙でも野党である民自党は過半数にも及ばなかった。 230の中小都市の市長、郡守、区庁長選挙で民主党は84カ所(37%)で軍配を上げており、民自党は全体の3分の1にも及ばない71カ所(31%)を占めるにとどまった。一方、自民連は23カ所(10%)で、無所属は52カ所(23%)で善戦した。 また、875名(比例代表97名は除く)を選ぶ地方議員(広域議員)選挙でも民自党は282名(32.2%)の当選にとどまったが、民主党は355名(40.6%)、自民連は85名(9%)、無所属は153名(17.4%)をそれぞれ当選させた。 特に、ソウル市の25区庁長中23区庁長が民主党であり、民自党はやっと2カ所で勝利した。市議員選挙でも民主党が133議席(比例代表除く)のうち122議席を、民自党は11議席を占めるにとどまった。 基礎団体長の場合、民自党は釜山市の16のうち14を、慶尚南道の21のうち11を、済州道の4のうち3と3地域だけで多数を占めており、残り12地域では過半数にも及ばなかった。 民主党は光州市の5の区庁長全部、全羅北道14の中小都市市長・郡守中13、全羅南道24中22を占め、湖南圏で圧勝した。 自民連は、忠清南道の15中小都市市長・郡守全部を、大田市の5区庁長中4を占め、地域分割の様相を強めた。 広域議員の場合も、民自党は釜山市、慶尚北道、慶尚南道で、民自党は光州市、全羅北道、全羅南道で、自民連は大田市、忠清南道で多数を占めた。 35年ぶりに首長を選挙で選ぶという今回の統一地方選挙だったが、「3金」による地域支配を確認する結果に終わったと言えるだろう。 韓国を政党勢力図で色分けして見るとよくわかる。民自党・金泳三(嶺南・慶尚北道、慶尚南道、釜山市)、民主党・金大中(湖南・全羅北道、全羅南道、光州市)、金鍾泌・自民連(忠清圏・忠清北道、忠清南道、大田市)。全国がほぼ均等に3分割された。国民レベルでは、これが地域対立感情に結び付いている。今回の選挙が「3金の代理選挙」と言われたのは、まさにこの陣取り合戦を指すが、基本的には1989年の大統領選挙の地域対立の構図が復活したと言われている。(6月28日付け朝鮮日報) 6月28日付けの東亜日報は、「韓国の地方自治は、今回の選挙で緒についたばかりだ。今後、各級選挙で候補者や有権者に「脱3金」意識が広がれば、旧態依然の政治勢力地図に変化が生まれるだろう」と論評した。 |










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V 広域自治団体長(特別市・広域市・道知事)選挙 1 概要 有力候補3名が数度のテレビ討論会を開催し注目されたソウル特別市長選では、無所属で第14代大統領選挙にも出馬した朴餐鍾候補の優勢が選挙前は伝えられていたが、自民連の支持を受けた民主党の趙淳候補が、42.3%の得票率で当選した。一方、民自党の鄭元植候補の得票率は20.7%にしか達しなかった。 広域自治団体長を政党別に見るならば、民自党は金泳三大統領の地元である釜山広域市、首都圏の京畿道と仁川広域市、慶尚南・北道の5地域で勝利を収め、一方、民主党は金大中・アジア太平洋平和財団理事長の地盤である全羅南・北道、光州広域市とソウルの4地域、自民連は金鍾泌総裁の地盤である忠清南・北道、大田広域市と江原道の4地域で党候補が当選し、大邱広域市と済州道の2地域で無所属候補が当選した。これにより、政党別で見た広域自治団体長数は「民自党5、民主党4、自民連4、無所属2」となり、地域により支持する政党が分離する70〜80年代の「3金時代」の様相を再び呈した。韓国の新聞各紙も「民自党は嶺南、民主党は湖南、自民連は忠清」、「3金による“地域分割”再現」等の見出しで大きく報じ、「地方選挙の結果は、与党の敗北と地域分裂主義の再登場に要約され、民主党と自民連の大躍進は3金による地域分割の構図を浮かび上がらせ、地域主義の克服は大きく後退した」(6月28日付け東亜日報)と論評した。 2 選挙の過程で現れた特徴 (1)政党公認の変遷 広域団体長候補の政党別公認の過程で少なからず難航し、あつれきも生じた。中央政治をリードする人の指名が無条件で受容された過去とは違って、彼らの推薦が拒否されたり、又は、候補選びの党内選挙(競選)過程でもめる新しい政治慣行が生じた。 例を挙げれば、大統領の意思に従って与党の候補が自動的に選定されるのではなくて、紆余曲折の末、党内選挙を行ったり、党内選挙後にも脱党しながら党内選挙結果を拒否するという異変が発生した。野党の事実上の指導者(金大中)が強く支援した候補が彼の縁故地域で党内選挙を通じ脱落することもあった。 (2)中央政治権力の選挙介入 中央政治権力が地方選挙に深く介入し、中央政治指導者らが縁故地域で“地域等権論”、“忠清道役割論”を揚げ、有権者の地域感情と帰属本能をあおる選挙遊説を展開し、有権者は候補者の政見よりは地域の一体感を感じられる政党、心理的連帯感を提供する人物等に頼って支持候補を選択したと言われた。 (3)数多くの浮動層の存在 市・道知事の候補選択を最後まで明確にしなかった浮動層の割合が特に高かった選挙であった。<表1>のように投票当日、候補を決定した有権者が13%、2〜3日前に決定した有権者が25.9%に至った。結局、40%の有権者が選挙直前に候補を決定したことになる。 ![]() 支持候補者を選択できない主な理由は、候補者に対する情報不足(57.5%)、政治不信(44.0%)、無資質・無資格候補の乱立等の順であった。 ![]() 3 選挙結果の特徴的な局面 (1)都低村高の継続と与村野都の崩壊 投票参加率(投票率)が都市では低く、農村にいけば高くなるという、いわば「都低村高」現象が今回の広域選挙でも見られた。14代国会議員選挙や91年地方議会選挙と同様にソウル、釜山等広域都市圏の投票率が比較的低く、江原道・済州道など、都市化が相対的に遅れた地域の投票率が高い現象が、今回の統一地方選挙でも明らかに反映された。全国平均の68.3%を基準とした場合、広域市は基準を下回る反面、京畿道を除いたすべての道知事選挙の投票率は基準を上回った。 |

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一方、農村地域は親与党へ、都市地域は親野党への投票傾向を見せた過去の「与村野都」現象は崩れたと思われる。このような変化は、当選した市・道知事の所属政党分布ではもちろん、市・道議会議員の政党分布でも明らかになった。過去の「与村野都」現象が新しく浮かび上がった地域分割構図により代替されたと考えられる。より具体的に、釜山及び慶尚南・北道地域の親与党化に対して、光州及び全羅南・北道地域、大田及び忠清南・北道地域においては市・道知事及び議会の構成において野党独占の現象が明確に現れた<表4参照>。 |

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(2)地域分割構図の固定化 「与村野都」に代わり登場した地域別分割構図は、87年大統領選挙以後その様相が続いている。<コラム3参照> <表5>に整理されたとおり広域団体長の政党別得票率を見ると民自党が33.2%で1位を占めており、民主党が30.2%、自民連が17.3%、それから無所属が19.6%をそれぞれ獲得した。 ところが、有権者の支持率は地域により強勢と弱勢が明確に表れた。民自党の場合、釜山、慶南圏で56.3%の支持率を獲得した反面、光州、全羅南・北圏では25.6%、大田、忠清南・北圏の地域で21.0%の支持を得ることに止まった。特に、忠清圏で民自党は92年国会議員選挙当時、40.1%という高い支持を得たが、急激に支持率が落ちた(その時、自民連の金鍾泌総裁が民自党に属していた。)。民主党の場合、88年と92年の国会議員選挙時を大きく上回る74.3%の得票率を光州、全羅南・北道で獲得した反面、釜山、慶尚南・北道では公認さえできない脆弱性を見せた。一方、自民連の場合、政党別の3元的(民自、民主、自民)分割構図により新しく形成された一つの軸を確保するのに成功した。慶尚南道で36.2%、大邱22.1%、慶尚北道で27.7%を確保するのにとどまったが、大田63.8%、忠清南・北道地域で57.2%、江原圏で65.8%の支持を得た。 ![]()
言い替えれば、民自党は統一民主党の時より釜山、京畿地域で支持率が上昇しており、民主党は平民党の時より湖南圏とソウル圏でより一層強力な有権者の支持を獲得した。一方、自民連は新民主共和党の時に比べ忠清圏と江原圏で刮目すべき成長を成し遂げた。市・道知事(広域団体長)の3党地域分割形態は、このように地域主義が強化された結果として解釈される。<表6>参照。(金インチョル、地方行政、1995年7月) |

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4 各圏ごとの主な候補者及び選挙結果 (1)ソウル・京畿圏 |

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韓国の首都ソウルの各種全国対比の数値を見ると次のとおりである。 人口1,092万人(24.8%)、国内総生産51兆1千20億ウォン(24.5%)、銀行預金額55兆8千900億ウォン(52.1%)、銀行貸出52兆650億ウォン(50.7%)、内国税徴収11兆9千10億ウォン(39.6%)・・・。 この数値を見ると、各分野でのソウルヘの一極集中は一目瞭然である。また、ここに政治的意味まで含めると、ソウル市長選は統一地方選挙において相当大きい意義を持つこととなり、地方選挙に臨む与野党の関心は、自然にソウルに集中することとなった。 今回の統一地方選挙で一番注目を集めたソウル市長選には9人が候補者登録をしたが、事実上は、鄭元植、趙淳、朴餐鍾氏の3つどもえの争いになった。4月の日本の地方選挙で無所属候補者が当選したことに刺激され、韓国でも無所属ブームが期待された。しかし、ソウル市長の無所属当選はならなかった。 |



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京畿道知事選は全員が国会議員経験者という他の広域団体長選挙には見られない争いとなった。他の広域体等で出馬を模索していた国会議員が、勝算がないため立候補を断念していく中で、京畿道の各候補が1年近く残っている任期を放棄してまで立候補したということは、かなりの自信の現れであると見られた。 投票率は9道の中で番低く、全国でも一番低い仁川の次であった(8道の平均投票率は75.1%)。このように投票率が低かった理由として2つの原因が考えられる。民主党が道知事候補選びのための党内選挙で「金封筒」による票の買収事件を起こしたことと、候補選びの党内選挙で敗れた任仕彬氏が民自党を脱党し無所属で出馬したことであり、京畿道は今回の統一地方選挙で一番雑音が多かった地域でもあった。 政治に対する有権者の不信、不満が広がっており、これが投票率にもつながったと考えられる。 (2)嶺東・嶺西圏 |

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(3)忠清圏 |



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(4)嶺南圏 |

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大邱はすべての政党が狙っていた地域であった。従来から強い支持地盤であると言われている民自党、3共和国(正煕大統領)時代の郷愁から今度の選挙にも期待をかけた自民連、大邱の自立を訴える無所属候補たち、お互いに入り乱れもつれあい、混戦を繰り広げていた。 朝鮮日報とギャロップ調査研究の共同世論調査の結果、大邱市民の無所属市長候補支持率が28.2%と全国で一番高いことが分かった。2位の済州道(15.6%)より12.6%高く、全国平均(11.5%)よりも実に16.7%も高い数値である。無所属団体長支持率は慶尚北道でも13.7%と高めに出ており、済州道に続き3位である。続いて仁川‐京畿(12.2%)、大田‐忠清南道(11.4%)、釜山‐慶尚南道(10.9%)ソウル(10.5%)江原道(9.3%)、光州‐全羅道(5.6%)等の順であった。大邱の無所属候補は年齢が低くなるに従い、また学歴が上がるに従い高くなっていた。20代が35.9%と最も高く、30代28.1%、40代22.2%、50代21.0%ほかとなっており、学歴別では、大学在学以上33.1%で最も高く、高卒27.5%、中卒26.8%、小学校卒4.7%となっていた。無所属広域団体長候補支持率は、また、都市地域に近づくに従い高くなっていた。大邱の無所属市長支持率が、28.2%であるのとは反対に、慶北の無所属知事支持率は、中・小都市16.8%、邑・面12.1%と農村地域にいくに従い低くなっていた。大邱の市長無所属支持率は、無所属候補に次いで、民自党(27.6%)民主党(16.3%)、自民連(4.6%)の順であることが分かった。「関係ない」と「分からない、又は無回答」も14.3%、8.2%に達した。 |


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金泳三大統領の政治的な故郷の釜山は与圏(与党勢力圏)の中でも無風地帯に分流していた地域であった。民自党国会議員が16地域区を占めており、広域議員も50名の中で一人を除いた49名が民自党所属であった。この点で釜山地域はまた野党側に入り込みにくい状況だった。 しかし、過去において野党の都だった釜山が「金泳三大統領作り」で与党の都に変身したのであったが、目標達成以後の雰囲気は一方的な民自党支持から脱皮しようという方向に流れていたことも事実であった。野党側ではこの点に期待をかけていたが、実際選挙に入ると、野党候補が市長はもちろん区庁長選挙でも勝利を期待するのは無理だというのが現地の雰囲気だった。 このような状況の中で、今度の地方選挙で釜山が注目されたのは、民主党の盧武鉉候補が登場したためであった。レースの開始前10カ所の中央、地方報道関係者が実施した世論調査では、支持率で民主党の盧武鉉候補が民自党の文正秀候補を15ポイント以上も上回った。 選挙の結果、民主党の盧武鉉候補が敗れはしたが善戦したことで、金大統領の「金城湯池」に一石を投じたと報道された。 |

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(5)湖南圏 |


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全羅南道に位置している光州は、全羅南道と同じく金大中氏(アジア太平洋平和財団理事長)の影響下にある。 朝鮮日報とギャラップが5月22日実施した光州地域有権者の世論調査の結果、民主党の宋彦鍾候補への有権者の支持理由としては、「所属政党」(42.5%)が圧倒的に高く、その次は「経験一経歴」(25.7%)であった。 一方、民自党金東桓候補については、「所属政党」(18.8%)より「経験‐経歴」(24.7%)を重視しているという支持理由であった。 この世論調査で分かるように、光州で所属政党(民主党)に対する支持率が高く現れた。 |

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(6)済州圏 |

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W 基礎自治団体長(市長・郡守・区庁長)選挙 1 概要 一般の市、郡、自治区の基礎団体長選挙でも結果は同様で、230団体のうち、団体長は「民自党70、民主党84、自民連23、無所属53」の割合で、他の選挙と同様の傾向を見せた。地域別に見ると、ソウル特別市では25の区庁長選挙において民主党が23名、全羅南・北道では38の市長・郡守選挙において民主党が35名を占め、また忠清南道では15の市長・郡守のすべてを自民連が独占、釜山広域市では16区庁長選挙において民自党が14名を占めた。このように広域自治団体長及び議会議員選挙と同様の結果が出たことから、29日付け朝鮮日報は「民自党、基礎団体長選挙でも敗北」、「各政党の地域党化が更に深刻化」等の分析をした。 2 基礎団体長候補の公認と競争率 基礎団体長選挙は、広域団体長・広域議員選挙とともに政党の公認が認められている。政党の公認が認められているので、選挙が行われる前から、どの政党がどういう候補を公認するかということに関心が集まった。また、与党は与党なり、野党は野党なりに、公認の方法と結果をめぐり党内での対立が激しくなることもあった。 対立の様相は、様々な形で表れた。中央党と地区党委員長の対立があったかと思えば、同じ自治区域内を分割して担当している地区党委員長間の対立もあった。また、地区党委員長とその地区の党代議員の対立、代議員間の対立もあった。地域レベルの対立が激しくなり、地区党委員長が候補の公認を最初から放棄するという地域も出てきた。候補を公認することにより、地区党組織を崩壊させるおそれがあると判断したためである。4年前と違って、地方政界がある程度成熟してきたため、すべてのことを中央党や地区党委員長が一方的に決定できない状態であった。 しかし、各政党が地域を分割するという構図により、各政党の基盤が弱い場所では話が全く異なり、候補を出すことさえ難しい状況に直面することもあった。湖南地域においての民自党と自民連の立場がそうであり、慶尚北道地域では、民主党がその代表的な例である。自民連の場合は、政党としての体系さえ整備されていない状況であり、ソウル地域でさえ、独自の公認、候補を出すことができなかった。地域に基盤を置いた政党のもろさを露呈したこととも言える。 このような大変な状況の中で、各政党は競選(予備選挙)、又は推薦を通じて基礎団体長候補を公認し、これら候補は、無所属候補と共に6月11、12日に選挙管理委員会に候補者登録をした。登録した候補者は230基礎団体で合わせて943名であり<表1>、平均4.1倍の競争率であった。これは、3.7倍の競争率であった広域団体長選挙や、広域議員選挙の2.8倍、基礎議員選挙の2.6倍という競争率よりは高かった。江原道原州市の場合は11名が立候補し、11倍の競争率であった。 候補者の年齢は、50代前後が大半であり、候補者登録最終日の6月12日現在では、総候補者の50%を上回っていた。その他、60代が25%程度、そして40代が20%程度であった。結局、候補者のほとんどは40代から60代であった。 経歴では、予想以上に行政経験のある人が多かった。選挙の1、2年前の、野党を中心に政治家と事業家などを推薦するという多くの予想とは異なる結果となった。しかし、実際に選挙が近づき、地方自治の生活自治的な側面が強調され始めたため、野党も行政経験の豊かな人物を候補として迎え入れる努力を始め、ソウル等当選の可能性が高い地域を中心に、団体長の経験者が野党のこうした努力に応じるようになった。その結果、与・野党とも現職団体長出身等、行政経験者を大挙して推薦することになった。 |

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3 選挙運動 広域団体長と異なりテレビコマーシャルや新聞広報が許可されないだけではなく、マスメディアの関心をあまり受けられない基礎団体長の場合は、“金を絞って、足と口は自由に”という現行選挙法の趣旨を最大限に活用し、街頭での個人演説会や電話、そして縁故ある組織に支持を訴えるという事が最大の戦略であった。また、PC通信を通じて広報をする等、一部候補による新たな試みが行われたが、どの程度の効果が出たかは不明である。 このような結果、マスメディアの関心をひいた広域団体長候補とは違い、基礎団体長候補は、有権者に自分を知らせることさえできない場合も多かったと言われる。それでも道地域の市長・郡守候補はまだ良い状況であった。基礎団体長に対する関心が道知事に対する関心を上回ることもあり、容易に自分を知らせることができた。しかし、ソウル特別市と5広域市の場合は全く違った。広域団体長に対する関心があまりにも高い状況であったため、自治区庁長候補は自分の名前を知らせることさえも難しい状況であったと言われる。教会のような宗教組織や同窓会等、縁故がある組織にできるだけ深く入り込み、街頭演説をいくら一生懸命しても有権者の関心は相変わらず低かった。実際に様々な調査によれば、大都市では多くの有権者が投票の当日まで、候補者の名前さえもろくに知らなかった。自治区庁長選挙が独自の方向を出そうとしても、特別市長、広域市長選挙により引っ張られていくというパターンが見られた。 4 投票率と投票結果 学界の一部では投票率が80%に達するという予測もあったが、実際の投票率は68.3%であり、全般的に都低村高の様相を見せた。 |

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この投票率は、92年総選挙の71.9%や大統領選挙の81.9%よりは低かったが、91年の基礎議員選挙の55.0%と広域議員選挙の58.9%よりは高かった。91年地方選挙より高いことは、ソウル市長をはじめ政治的意味合いが強い広域自治団体長選挙が同時にあった点、自治団体長に対する関心が地方議員に対するものとは違うという点から十分予想されたことだとも言える。 選挙結果は、広域団体長選挙と同じく深刻な“地域分割構図”を表すものとなった。<表3>から分かるように、民自党は釜山と慶尚南道地域で圧倒的に強いところを見せた。釜山では16自治区中14自治区を獲得し、慶尚南道では21市・郡中11を占めた。一方、民主党は湖南地域とソウルで勝利した。光州では5自治区すべてを獲得し、全羅南道では24市・郡内22を、そして、全羅北道でも14市・郡中13を占めた。趙淳民主党候補が市長に当選したソウルの場合も、民主党が25自治区中江南区と瑞草区を除いた23自治区を占め、圧勝した。 自民連も忠清圏で圧倒的に優位であることが判明した。大田では5自治区中4の自治区を占め、忠清南道では15市・郡のすべてを獲得した。 |

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X 広域自治団体(特別市・広域市・道)議会議員選挙 1 概要 広域議会議員選挙は、970議席中「民自党335、民主党390、自民連94、無所属151」という結果であった。4年前の1991年6月20日に行われた選挙では、議員定数866に対し、「民自党564、新民党165、民主党21、民衆党1、無所属115」と民自党が大勝したが、今回は前回とは対照的に民自党が約1/3の議席しか確保できなかった。地域別に見た場合、ソウル特別市は比例代表を含む定数147議席中、民主党が130議席に対し民自党が17議席、釜山広域市では定数61議席に対し、民自党が54議席、民主党が2議席、また忠清南道では定数61議席に対し、自民連53議席、民自党5議席、民主党2議席、さらに全羅南道では定数75議席に対し、民主党66議席、民自党4議席、無所属5議席のように、広域団体長選挙と同じく地域により支持する政党が異なる、言わば「政党の地域化」という結果が出た。 2 候補者の競争率 市・道議会議員の選挙は、復活後2度目の選挙である。復活1回目である91年選挙で、候補者の競争率は3.3倍で、候補者間の競争が激しかったが、今回の選挙ではそれより0.5ポイント低い2.8倍であった。(表1参照) このような競争率は、市・郡・区議会議員に比べると高いが、基礎団体長・広域団体長と比べると低いものであった。 |

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復活後初の任期中は無報酬の名誉職であったが、今年からは一定の給与が支払われるようになった。それにもかかわらず競争率が低いことについては、様々な理由が挙げられるが、代表的な理由としては、たとえ一定額の給料が支払われることになったとしても、実際議員活動をするためにはそれよりも多い資金が必要であり、これに比べ、活動に対する認識度が低いということであろう。 しかし、競争率は、広域及び基礎団体長と比べると低いが、基礎議員候補に比べると高い。すなわち、基礎議員候補の競争率2.6倍に比べて、0.2ポイント高い2.8倍である。特に、競争率が一番高い地域は、<表1>からわかるように大田で4倍であり、光州が3.9倍、ソウルが3倍の競争率を示した。 3 広域議員当選者の政党別比較 (1) 地域及び政党別現況 広域議員選挙で組織的に候補に対し公認をした政党は、与党である民自党と第1野党である民主党、そして金鍾泌氏主導の自由民主連合(自民連)等3政党であり、無所属候補も競争に加わった。もちろん、3政党がすべての選挙区に公認候補を擁立したわけではなく、野党は特定地域を基盤にしているため、一部地域では公認候補の擁立はできなかった。このような状況の中で、各政党が地域別に得た得票率は次のとおりである。 |

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<表2>からわかるように、民自党は釜山、京畿、江原、忠北、慶北で1位の得票率であったが、民自党の票田である慶尚南道では、むしろ無所属が高い得票率を示した。民主党はやはり湖南地域をはじめ、ソウルで48.6%という高い得票率を示した。自民連は金鍾泌総裁の地元である忠南と大田で圧倒的に優位であった。しかし、大邱と慶南、済州では無所属の得票率が高く、江原道でも無所属が高い得票率を記録し注目される。 (2)政党別の当選者数 広域議員は基礎議員と異なり、広域団体長及び基礎団体長選挙と同様に政党公認が行われたことから、個人の競争ではなく政党間の競争という特徴がある。こういった点から、広域議員の選挙結果は、政党支持度の判断の尺度になるだけでなく、広域行政の方向の予測ができる重要な指標になると言える。 <表3>からわかるように、全体的に民主党が政権政党の民自党より多くの当選者を出した。民自党は、ソウルで147名中17議席にすぎなかった。特に、民主党の票田である湖南地域を除いても、忠清圏では金鍾泌の勢力により大田では一人の当選者も出すことができず、忠南では61議席中5議席を占めたにとどまった。特に、民自党は本拠地である慶尚南道でさえ、議員定数94中33議席を無所属に獲得された。 一方、民主党は、湖南での圧勝以外にも、ソウルで147議席中132議席を確保し、本拠地である光州でも26議席中1議席を民自党に取られただけで、25議席を確保した。自民連は、票田の忠南で55議席中50議席を占め、大田では地域区23議席全議席を独占した。しかし、大邱では地域区37議席中、民自党が8議席を占めたが、自民連も7議席を確保して新たな主人の可能性を見せたものの、22議席は無所属が占めた。慶尚北道では、地域区84議席中民自党が50議席、無所属は31議席であった。 |

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今回の選挙で、民自党は875選挙区のうち833地域で公認候補を出したが、当選者は286人だけで、当選率が34.3%と低いのに対して、民主党は66%の公認率で、60%の当選率を記録した。新しく結党した自民連は、179選挙区で公認候補を出したが、当選率は48%であった。しかし、無所属候補は852名が立候補し、当選率は17.7%で一番低かった。無所属が得票率では23.8%を記録したにもかかわらず、当選率が低いのは、政党公認から漏れた候補が含まれていることだけではなく、政党性の強い広域団体長選挙の影響、そして、選挙運動の制約等もその理由として挙げることができる。 (3) 政党の地域別当選者数 各政党の地域別議席数を<表4>で見てみると、野党である民主党が湖南はもちろん、ソウル地域区で133中122席を占め、全国的にも352名を確保し、与党である民自党の286議席より66議席多い議席を占めた。 反対に、自民連は広域団体長選では民主党と同数の4地域を占めたが、広域議員数では忠南と大田を中心として86議席を獲得するにとどまった。そして、ソウル、釜山、仁川、光州、京畿、全南・北、慶南、済州では一人の当選者も出せなかった。特に、忠清道と接している京畿道でも当選者がなかっただけでなく、86議席中72議席が大田と忠南であるという点が、自民連の現在の状態をよく表している。 今回の選挙で目立ったのは、無所属が151名で17%を占めたことである。 |

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反面、今回の広域議員の選挙結果は、91年の選挙結果と比べると政党競争の側面からは与・野党の逆転現象を招いた。下の<表5>は、これをよく表している。すなわち、91年の場合、民自党はソウルで132議席中110議席を占めていたのに対し、今回の選挙では逆に民主党が133議席中122議席を占めた。全体的に見ると民自党は91年の選挙で得た議席の半分を失った。地域的には、民自党は釜山と江原、慶尚南・北道では、91年選挙時の地位を守り、済州道だけで優位に立った。反面、大邱は無所属に、大田、忠南は自民連に取られ、仁川と京畿道では民主党に取られた。民主党は湖南とソウルで圧勝し、地方議会の新与小野大の現象を招いた。 |

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(4) 広域団体長との関係 広域団体長と議会の多数党が異なる場合、団体長の政策を推進するのが難しいという点から、団体長と多数党が一致しているかどうかも、これから地方自治団体運営を占う指標になると考えられる。15の広域自治団体のうち、団体長が民自党の所属である釜山、慶南、慶北は議会も民自党が多数を占めているが、仁川と京畿では議会は民主党が多数を占めている。団体長が民主党所属であるソウルと全南・北、光州も、議会は民主党が多数を占めている。自民連所属の団体長である大田と忠南も、自民連が議会の多数を占めているが、江原道は民自党が多数を占め、忠北はどの政党も過半数を確保できなかった。また、団体長が無所属である済州道も民自党が多数を占め、民自党は団体長を獲得できなかった地域である江原道と済州道で議会議席の多数を占めた。一方、無所属の大邱は、議会も無所属が多数を占めた。 |

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4 広域議員当選者の職業及び学歴 (1)職業 <表7>からわかるように、広域議員の職業の中で一番高い比率を占めたのは政治家であり、次が商工及び建設業関係者の順である。 |

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(2)学歴 |

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当選者の学歴は<表8>からわかるように、大卒以上が56%を占めている。特徴として、1991年選挙の場合、大学院卒業者が28%であったが、今回では13%と半分以下に減ったという点である。これは91年にいわば専門大学院終了者が大学院と表記したことからきた学歴インフレがその背景ではないかと考えられる。 (崔漢秀、地方行政、1995年7月) Y 基礎自治団体(市・郡・区)議会議員選挙 1 概要 基礎自治団体(市・郡・区)議会議員選挙は、4年前の選挙とは二つの面で異なっている。 一つは、4年間の市・郡・区議会議員の活動に対する評価であり、次に、4大同時選挙という新たな状況の中で選挙が行われたということである。 2 基礎自治団体議会議員の選挙経過 市・郡・区議会議員は、住民の意思を表出・集約するとともに、市・郡・区行政を監視、批判し、さらには住民に一番身近な存在であるにもかかわらず、その重要性に対する認識は、他の選挙職に比べて低いように見える。このことは、6・27統一地方選挙で、市・郡・区議会議員の選挙が他の選挙に比べ、おろそかに扱われたことからもわかる。 まず、新たな選挙媒体としての力を認められた放送や活字媒体から注目を引けなかったことは事実である。もちろん、議員数を考えると、マスコミが関心を持つのは物理的に不可能である。しかし、選挙運動中、基礎議会議員の役割の重要さについて、時間と紙面を使って有権者の関心を高めさせるための配慮があってもよかったのではないだろうか。 二番目に、マスコミの無関心により、候補者は自分を知らせる機会の確保ができなかった。改定選挙法の性格上、市・郡・区議員候補ができることは、路上でたすきをかけて挨拶するのがやっとである。 三番目に、特に市・郡・区議員候補は政党公認がされなかったために、候補者の政治的背景を区別するのも難しい状況であった。その上、まるで大統領選挙のようになってしまった市・道知事選挙における政党対決のために、有権者の耳と目は、最初から広域団体長に集まることとなった。 四番目に、このような結果、特に都市有権者は、候補者に対する情報が全くなく、何も考えずに投票をしたり、広域団体長と同じ記号を記入する場合が多かった。 結局、このような選挙過程は、人物や政策中心の合理的な判断による投票というよりは、市・道知事や市・郡・区庁長等、団体長の投票に行ったついでに、市・郡・区議員の投票をするということにもなり、とんでもない選挙結果を招くこともなりかねない。 3 競争率と投票率 候補者の競争率は、投票率とともに選挙に対する関心の尺度である。しかし、基礎議員選挙はまず、競争率で最下位となった。 投票率は、選挙結果に影響を与える重要な要因の一つである。伝統的に、投票率が高ければ野党に有利であり、低ければ与党に有利だと考えられてきた。91年選挙で市・郡・区議会議員の投票率は、50%をわずかに超え、有権者の関心の低さがそのまま表れた。しかし、今回は4大同時選挙だということで、相対的に関心が集まった市・道知事選挙と同時に行われたため、投票率は別に問題とならなかった。 (1)候補者の競争率 基礎議員候補者の競争率は、次の<表1>からわかるように、91年の選挙では2.4倍と広域議員候補の競争率3.3倍に比べ、0.9ポイント低かったが、95年選挙ではその差が0.2ポイントと縮まった。 ![]() ![]() 基礎議会議員のこのような競争率は、数字上では、他の選挙が行われる職に比べ議員定数が多く、相対的に低い認識度にその理由があると考えられる。<表2>からもわかるように、基礎議員の議員定数は、広域議会議員定数の4.4倍に上る。 |

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基礎議員選挙は4・541名を選出する選挙に11,965名が出馬し、平均2.6倍の競争率を見せている。このうち、仁川広域市が3.5対1で、一番高い競争率を見せ、全羅南・北道が3対1以上、そして、江原と忠南が3対1の競争率を見せた。 (2)投票率 市・郡・区議会議員の選挙は、事実上町内選挙という点で、投票率が低ければ低いほど地縁、学縁、血縁等により投票が左右されやすい。すなわち、縁故者が多い者が有利である。このようなことから、低い投票率は、人物と政策による選択性が弱いとも考えられる。幸いに今回の選挙は、同時選挙だという点で投票率は高く現れたが、代わりに、候補者に対する認知度が低いために「無効票」、「投票参加棄権」などが生じた。 地域別投票率<表4>は、ソウル、釜山、大邱、仁川、光州、大田の6広域市と、都市化の水準が高い京畿道が60%台である反面、他の地域は平均(68.3%)以上の70%台を占め、都低村高の状況となった。平均的な地方選挙の投票率は60%台、国会議員選挙は70%台、大統領選挙は80%台であった。 |

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4 基礎議員当選者の人口学的背景 (1)年齢 4,541名の基礎議会議員当選者は、どういう人物か。まず、年齢から見ると、下の<表5>からわかるように、50代が42.8%で一番高い。復活年である91年と比べて、年齢分布図が少し高くなったことがわかる。 |

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(2)職業別類型 当選者の職業別現況で目立つのは、政治家の当選が増えたことである。総議員数の中で政治家が占める比率は5.9%に過ぎないが、91年度の0.9%から5%高くなった。そして、91年に続いて商工業従事者が高い比率を占めており、市・郡・区議員の関係業種に対する利権介入の問題が起きる可能性がある。 |

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(3)学歴 基礎議員の資質として一つの尺度になる学歴は、65.5%が高校卒又はそれ以下の学歴保有者である。もちろん、学歴が業務能力と一致するという訳ではないが、学歴分布で広域議員(42%)より低い結果となった。 |

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5 同時選挙での有権者の投票状況 同時選挙の場合、有権者の投票状況は大体3つの側面から考えることができる。一番目は、一番理想的な方法ですべての選挙公職を個別的に選択する「個別投票方式」である。しかし、今回の選挙は市・郡知事候補が選挙の中心になり、基礎議員については投票後も誰に投票したのかわからない事態も発生した。このような状況から、二つの現象が生じた。一つは、1字形「連記投票」である。これは、一番関心が高い広域団体長と同じ記号に投票することである。 もう一つは、行政府(団体長)と議会(議員)の牽制と均衡のためそれぞれ違えて投票する「分離形投票方式」である。今回の選挙では、1字形連記名投票が多かった。この場合、投票順序が<広域団体長‐基礎団体長><広域議員‐基礎議員>順であるので、下位選挙職、特に無所属候補者と政党公認が排除された基礎議員選挙が大きな影響を受けた。 東亜日報(6月29日付け)によると、政党公認が排除された無所属の基礎議員4,253名(6月29日までの当選確定者)のうち、記号別当選者は次のとおりである。 |

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上の<表8>からわかるように、市・郡・区議会議員当選者4,253名のうち、84%が記号1と2である。これは、記号別平均投票率でみた場合、「1字投票」の現状を表している。 中央日報の世論調査(6月30日)もこれを支持している。すなわち、広域団体長を1番に投票した時、他の候補も1‐1‐1‐1というふうに投票したという有権者が16.3%、2‐2‐2‐2に投票したという有権者は19.6%に上る。これを表で見ると次のとおりとなる。 |

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1番と2番に投票した有権者は、政党選好に基づいて与党と第1野党のうちで一つを選択する有権者である。しかし、3番を選択した有権者は、政党に対する批判的な脱政党の態度を持っている有権者である。そして、個別投票者は、投票の背景に地域感情や政党又は人物等が等しく作用したはずである。しかし、全員無所属に投票したと答えた有権者の比率が15.8%にとどまっている点から、個別投票者カテゴリー中の無所属選好者を勘案するとしても、相当数の有権者は政党のカテゴリーに属していると考えられる。 それでも、基礎議員は政党公認が排除されたという点が、候補者にとっては運命的であった。これが同時選挙の限界であると考えられ、次の選挙では補完策が必要とされる課題だといえる。(崔漢秀、地方行政、1995年7月) Z 資料編 1 選挙の仕組み (1)選挙権と被選挙権
今回の選挙の選挙人名簿の登載対象者は、名簿作成基準日である6月5日現在、住民登録されている20才以上(75年6月28日以前生)の住民のうち、不適格事由のない者を対象に、全国一斉に電算システムにより出力し、作成された。 今回の選挙人名簿は、6月5日から9日まで、5日間かかって作成され、異議申立て等の手続きを経て6月20日確定した。集計によると、有権者数は、総人口数4,557万人の68.1%である3,104万人であった。これは、92年大統領選挙時の有権者2,942万人より162万人増加、総人口に占める有権者数の比率も1.4%増加した。 |

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一方、選挙人名簿に登載された有権者現況<表1>を見ると、20〜30代が総有権者の56.6%である1,756万人であり、女性が男性より幾らか多くなっていることが分かる。 (2)候補者広報物 今回の選挙で、候補者が有権者に自分を知らせるための手段である広報物に関して、団体長選挙の候補者については選挙用ポスター、選挙広報、冊子型・ビラ型・名刺型の印刷物の5種、地方議員選挙の候補については、冊子型の印刷物を除いた4種の広報物の作成ができると選挙法に規定されている。 |

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(3)選挙運動の方法 選挙運動の期間中、候補者は有権者に自分を知らせるため、統合選挙法の趣旨である「金は縛り、口と足はできるだけ自由にする」という原則の下に、合同演説会、政党演説会、個人演説会及び放送演説会などを多様に実施した。 同じ選挙区で立候補した候補者の政見発表を、同じ場所で合同して開催する演説会で、今回の4大地方同時選挙で、法定の合同演説会は広域団体長を除き、基礎団体長は2回、広域議員と基礎議員はそれぞれ1回以内で開催した。 16日間の選挙運動期間を通じ、基礎団体長の場合、全国で460回、広域議員は834回、基礎議員は3,489回の合同演説会を行った。 合同演説会以外にも政党・候補者演説会、招請・対談討論会、経歴放送等、多様な方法で演説会が開催され、演説回数は政党・候補者演説会が422回、招請・対談討論会が33回、マスコミ主管討論会22回、経歴放送が44回実施された。 この他に、駅の広場及び大衆の集まる場所等を利用した個人演説会は、候補者別に同時多発的にいろいろな所で開かれ、有権者に支持を訴えた。 しかし、今回の選挙の場合、自治団体長選挙の熱気に隠れて、地方議会議員に対する有権者の関心度は、91年地方議員の選挙時を大きく下回り、候補者の顔を知らせること等選挙運動を繰り広げる際に、多くの困難もあった。 |

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(4)不在者投票 不在者届対象者は、選挙人名簿に登載された国内居住者のうち、選挙日に自分の住所地の投票所で投票できない者で、区・市・邑・面の長に書面での申告をし、不在者申告人名簿に登載された場合には、不在者投票ができる。 今回の不在者申告期間は、選挙人名簿の作成基準日である6月5日から6月9日までの5日間であり、6月10日に不在者申告人名簿が確定され、6月20日から22日までの3日間に、管轄市・郡・区選挙管理議員会で不在者投票を実施した。 <表4>からわかるように、不在者申告人名簿に登載された有権者は、全部で78万余名であり、軍人が不在者投票全体の67.5%を占めたことがわかる。 |

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一方、不在者の申告人名簿に登載された有権者のうち、不適格者494名、居所投票者56,013名を除いて694,690 名が投票に参加し、95.2%の投票率であった。 これは、92年大統領選挙時の不在者投票率95.7%、国家議員選挙96.8% とほぼ同じ水準であり、不在者申告人数も選挙人数3,104万名の2.5%で、92年大統領の2.5%、総選挙の2.6%とほぼ同じ水準であった。 (5)3党(民自、民主、自民)への国庫補助金 民自、民主、自民の与野3党は14日と15日、政治資金法により決まった選挙関連補助金と下半期政党運営補助金を選挙管理員会から支給された。選挙関連補助金522億余ウォン(総有権者2,900万名×600ウォン×3つの選挙(政党公認がない基礎議員は除く))と運営補助金58億余ウォン(総有権者×800ウォン×4分の1)の合わせて総580億ウォンに達する金額である。 政党別には、議員(国会)168名の民自党が選挙補助金231億ウォンと政党補助金25億6,000余万ウォン等合わせて256億7,000余万ウォンで一番多い。議席数が97席の民主党は選挙補助金175億3、000余万ウォンと政党補助金19億4,000余万ウォン等総額194億8,000余万ウォンであり、21議席で最近院内交渉団体を構成した自由民主連合(自民連)は選挙補助金115億6,000余万ウォンと政党補助金12億8,000余万ウォン等128億5,000余万ウォンの支給を受けた。 政党補助金は選挙費用として使用できないため人件費等一般経費にのみ使用される。 民自党の場合、選挙補助金231億ウォンのうち70%余に当たる160億余ウォンは候補者登録に必要な供託金と法定選挙費用限度額の60%を支援、残り30%は党中央レベルの広報費等選挙資金として使用。 民主党は175億ウォンのうち、候補者供託金として95億ウォンを、支援金として55億を支給し、残りは選挙企画及び公告料等に充当。 自民連は候補登録に必要な寄託金の場合、市(広域)・道の市長と知事、市長・郡守・区庁長、市・道(広域)議員全員に支給し、これに22億を使った。 |

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(6)法定選挙費用 候補者の法定選挙費用は次のとおりである。 ![]() (7)投票の方法 ○投票時間6月27日午前6時から午後6時まで ○投票用紙は4枚 ◇自治区・市・郡議員選挙‐鶏卵の色 ◇市・道議員選挙‐薄い青色 ◇自治区庁長・市長・郡守選挙‐薄緑色 ◇広域団体長(市・道知事)選挙‐白色 ○投票用紙記入の手続き
![]() 2 候補者登録 今回の選挙に立候補しようとする候補者は、団体長及び広域議員の場合、政党公認ができることとされ、基礎議員に限って政党公認が排除された。<表6>に基づき候補者登録状況を見ると、全5,758人の選出対象に15,596人が登録をして全体で2.7倍の競争率を見せ、広域団体長の場合は60年の広域団体長選挙8.3倍を大きく下回る3.7倍、基礎団体長の場合は今回の選挙で一番高い競争率を見せ、60年基礎団体長選挙の4.2倍に近い4.1倍であった。また、広域議員は、91年広域議員選挙時の3.1倍より少し低い2.7倍、基礎議員は91年の2.4倍より少し高い2.6:1倍であった。 |

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一方、市・道議員の場合には、地域区の市・道議員875名中、政党得票比率により10%を比例代表市・道議員に選出するように規定し、97席の比例代表議員が選出されることになり、ここに178名の候補者が登録、1.8倍の競争率を見せた。 今回の選挙で、一番競争が激しい地域は、市・道知事の場合、ソウル市長が9倍、市・郡・区庁長は江原道原州市長11倍、市・道議員は全南咸平郡第1選挙区7倍、市・郡・区議員は全南高興南陽面9倍であった。 (1)候補者の登録現況 全候補者15,596名中、比例代表の市・道議員178名を除いた15,418名について政党別、年齢別、学歴別の現況は次のようになる。 |



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(2)候補者辞退・死亡・登録無効 候補者登録後、6月27日の選挙前まで辞退者26名、死亡者2名、登録無効者16名等44名が登録から除かれ、選挙別には広域団体長が1名、基礎団体長3名、広域議員8名、基礎議員32名となる。 したがって、最終候補者数は全部で15,552名になり、広域団体長が55名で3.7倍、基礎団体長は940名で4.1倍、広域議員は2,619名で2.7倍、基礎議員は11,938名で2.6倍に確定された。 (3)無競合選挙区 今回の選挙における無競合選挙区は、287選挙区の327名であり、選挙別としては広域団体長はなく、基礎団体長が4名、広域議員41名、基礎議員は242選挙区の282名であった。 市・道別に見ると、基礎団体長の場合、釜山東菜区及び海雲臺区、仁川甕津郡、江原楊口郡等4ヶ所で、広域議員は、釜山が12名、基礎議員は慶南が36名で一番多かった。 一方、広域議員及び基礎議員の場合、無競合選挙区は投票を行わず、その候補者を当選人として決め、基礎団体長の無競合選挙区は、投票は行うが、有効投票の総数1/3以上を得ると当選となるよう規定されている。 3 選挙よもやま話 (1)選挙の投・開票の管理及び所要人力 今回の選挙では、投票要員139,649人と、開票要員113,845人等、全部で253,594人が動員された。投票要員は27日選挙当日、投票場で参観人として投票進行を監視して、開票要員は投票当日の夜から翌日、当選者が確定されるまで開票業務に従事した。 ところで、問題は、全国の小・中・高校教師335,000 余名のうち、31%に当たる104,100 余名が投・開票要員として一度に動員されたという事実である。ソウルの場合、全教師の41.5%も投・開票に参加することとなり、すべての学校が選挙翌日の28日まで授業を休まなければならなくなった。選挙が教育に被害を与えるということには、このように教師の動員と、学校を選挙の投・開票場として使うこと以外にもある。選挙運動期間中、いつでも学校の運動場を遊説場で使用することにより、授業に支障を与えるだけでなく、学校の器物が破損するなど、いろいろな問題が生じた。 政府としては、国家の重大事である選挙に、教師を動員し、学校施設を利用するのは当然なことだといえるが、教師の反論にも一理ある。 なぜならば、投・開票の管理ができる大きな知識人集団としては教師しかいなかった昔とは違って、今は、選挙管理ができる人的資源は、選挙管理委員会がボランティア要員活用計画を前もって立てていたなら十分であったと考えられるからである。また、遊説場での熱弁が2世教育には役に立たないというのが、教師の反論である。今後の選挙についても教育への被害の問題を考えていかなければならないだろう。 |

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(2)候補者番号(記号) 選挙戦が終盤に入る頃、各候補の陣営では有権者の選択を誘導するため、様々な記票方法についての広報が登場し、注目を集めた。これは、今回の選挙で有権者が広域・基礎団体長、広域・基礎議員等4回の選択機会を同時に持つため、相対的に候補者に対する関心と認知度が低い議会選挙において記号が持つ比重が大きかったからである。 すなわち投票用紙には整理番号、政党名、候補者名と空欄が印刷されており、記載台に用意されたスタンプを自分の投票したい候補者の空欄に押すわけだが、今回のように4つの選挙が同時に行われると、候補者名を覚えることが難しく勢い各政党は整理番号を有権者に宣伝し、その番号で投票をお願いすることになる。基本的には、民自党が1、民主党が2、自民連が3、その他の政党なり無所属候補は4以上の番号を与えられる。 ところが、各政党が全選挙区に候補者を立てれば問題がないわけだが、地域性が強いこの国では勝ち目がないと思われる選挙区には候補者を出さない。例えば、ある選挙区で民自党が候補者を出さないとすると整理番号の1は次の民主党に与えられる。 したがって、各政党が優勢地域で「1111」「2222」等の記票戦略を立てればいいということにもならず、意外に複雑なものとなった。 ◆事例1‐民自党の忠清北道選挙対策本部は、記票要領(コツ)の広報を投票と密接に連動するとの戦略の下に『犯罪申告は112、火災申告は119、地方選挙は111』というスローガンを掲げている。これと同時に基礎議員(政党公認がない)はだれが当選しても気にしないといういわゆる「運に任せる」方式の『記票は1111』戦略も共に押し進めた。 ◆事例2‐民主党の基盤が強い全羅北道淳昌・高敞郡守選挙で民自党が候補を出さないことから記号1番を割りあててもらった民主党候補は有権者が2番に記票することを心配し、有権者に「2122」(広域・基礎団体長、広域・基礎議員順)の方式を広報することに苦労した。 |

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(3)選挙に珍記録続出 6・27統一選挙は、広域団体長・基礎団体長・広域団体議員・基礎団体議員選挙の同時実施という政治を象徴するにふさわしい各種の珍記録が続出した。 まず、目を引くのは、候補者登録の結果である。6月11、12日の両日に実施された候補者登録で、15,418人の候補者が登録を行った。選挙別に見ると市道知事(15名)が56名、基礎団体長(230名)が943名、広域団体議員(875名)が2,449名、基礎団体議員(4,541名)が11,970名である。全体平均競争率は2.7対1で、当初予想より多少低かった。 政党別の公認は、民自党が1,057名で最も多く、民主党は749名、自民連は255名を公認した。この他に、院内議席を保有していない韓国党、親民党、大韓民主党も公認候補を出した。無所属の出馬数は1,383名(基礎団体の議員は、政党の公認を受けることができないため当該出馬数から除かれている)であった。地域や選挙の種類に関係なく、無所属で出馬する傾向が加速していることが読み取れる。 有権者数が3,000万人を超えたことも今回が初めてのことである。92年総選挙や大統領選挙時の有権者数は、2,900万人を上回る程度であったが、今回の選挙を契機とし、選挙人口3,000万時代に突入したわけである。また、候補登録時の寄託金も466億ウォンに達し、韓国選挙史上、最高額を記録した。この金額は、92年総選挙時の4倍になる。 各候補の財政状態を公開する財産登録結果も注目を集めた。市道知事候補たちの財産は、10億ウォン前後であったが、基礎団体の議員の中には、財産が100億ウォン以上という富豪も多数いた。特に、慶尚北道のある基礎団体の議員候補は、1,221億400万ウォンという天文学的数字を申告して話題となった。 この他に、個人演説会(公の場所での対談・演説)の開催については特に制限がないため、実施された回数が多すぎて集計することができない状態である。広報のための張り紙をはじめ、各種広報用印刷物も選挙運動が許される6月26日までに、15億枚程度ばらまかれたと予想され、選挙管理だけでも110万人以上が投入された。 しかし、今回の選挙では好ましくない記録も多く見られたと言われ、例えば、現行選挙法の不備を悪用した各種の脱・不法選挙運動が公然と行われていることはもちろん、その上、学歴や経歴を詐称した事例も相当数に達したと言われる。公明選挙運動団体が最近、候補者400名を対象に調査した結果によると、全回答者の半分以上が学歴・経歴を詐称しているという事実が発覚したとの報道もあった。 (4)選挙後の広報物処理 今回の選挙では選挙候補者の広報物と横断幕の処理に関連機関が苦労した。選挙運動には欠かすことのできない物であるが、その量が多く、資源再生の側面からも難しい点が多かったからだ。 各選挙管理委員会では、法定枚数を超過した広報物の多くは、4〜5万枚ずつ倉庫に山積みとなった。候補者が不足することを恐れて、予想以上に多くの部数を提出したからだ。ソウル九老区選挙管理委員会の場合、区庁長候補が提出した法定枚数は13万8千枚だが、洞事務所で配布した後も候補者一人当たり1〜5万枚ほどが余り、倉庫に入りきらないくらいであり、永登浦区では、ソウル市長候補一人当たり広報物提出量が6万1千2百枚であるのにもかかわらず、「ビッグ3」が7万余枚ずつを送ってきたため、3〜4万枚余りに紐がかかったままであると伝えられた。 中央選挙管理委員会側は『ざら紙の広報物は再生可能で選挙管理委員会別に収集する方法を検討中だが、コーティングされていたりカラー印刷されたものは、焼却するしかなく、公害の心配がある』と語った。 |

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この選挙用広報物はB5用紙の大きさで1枚から4枚まで様々であり、候補者の履歴、経歴、公約等、候補者に関することが全部書かれている。柔らかいイメージを与えるためか、中に漫画を入れた物が多かった。 処理が煩わしいものに広報物の他に候補たちの横断幕がある。現在全国で掛けられた横断幕は、一つの市・郡・区当たり平均195枚で、全国で4万4千8百余枚。角材と紐を合わせると、重さだけでも117トンである。統合選挙法によると、横断幕は設置した政党と候補者が撤去しなければならず、これに違反すると2百万ウォン以下の過怠料が課される。しかし、候補者には選挙後の横断幕が見えないようだ。 このため、環境部は地方選挙終了後に、候補者陣営と各地方自治体、韓国資源再生公社の組織を動員して、横断幕をすべて撤去、6つの業者に委託、処理することを決めた。市・郡・区が回収した横断幕は、韓国資源再生公社の79事業所が無料で運搬し、農作物保温用・土木工事用カバーやベッドのマットレスの内張りなどとして再生されると伝えられた。 |


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(5)選挙話題地域「男女対決」 京畿道光明市長選挙は全国的な関心を集めた中の一つであった。 民自党が全国で唯一の女性市長であった当時の全在姫市長を公認すると、民主党も全市長の前任で2年3ヵ月間市長を務めた金汰洙氏を公認した。 2名の候補の履歴は両党が勝利の大言壮語を吐くくらい多様であった。 全氏は「女性行政考試合格(日本の国家上級公務員試験に該当する)1号」「最初の女性市長」「民自党公認1号」等「紅一点」と「最初」という修飾語がいたるところに付いていた。文化広報部と労働部を経て1年前内務公務員の花である市長として華麗にデビューした。市長在任期間は11ヵ月11日。 これに対し金氏は、行政考試に合格、29才で全羅北道井邑警察署長をはじめ五つの警察署長、七つの地域の市長・郡守を30年の間に歴任した。 スタイルも大いに異なる。全氏がエリート意識が強く、細かい性格のまめな人であれば、金氏は囲碁5段の実力者として豪放な性格の持ち主と言われていた。 全氏は「開かれた市政、透明な行政」を打ち出し、金氏は「信頼と友愛の光明天地建設」をキャッチフレーズに揚げた。 一部の公務員と市会議員、社会団体等では、全氏の天下り式の公認に不満がないこともなかったが、女性団体は『今度の機会に女性市長を一度選んでみよ』と意欲を見せていた。実際全氏は『今回の選挙は「男女の対決」ではなくて30万光明市民の切り回しの上手な人を選ぶものとして斬新さと行政能力が物差しにならなければならない』とし、正面対決を選んだ。金氏は『女性ではなく有能な後輩との対決だから負担がある』としながらも『行政家としての真面目さを見せたい』と酒、煙草をやめて選挙に臨んだ。 ◆光明市の選挙結果は次のとおりであった。 全在姫(自)58,274 金汰沫(主)53,961 文漢旭(連)13,486 威炳沫(無)4,771 今回の統一地方選挙には、広域団体長2名、基礎団体長4名、広域議員40名、基礎議員252名の女性候補者が出馬して、当選者は基礎団体長1名(光明市)と議員80名であった。 |
