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はじめに 第1章アメリカ自然保護の歴史 第1節 自然破壊の進行 1 西部開拓 2 フロンティアの消滅 第2節 自然保護運動 1 NGOの設立 2 NGOの発展 3 NGOの低迷 第2章 連邦土地管理政策 第1節 国有地管理 1 国有地 2 土地管理政策 第2節 土地管理と自然保護 1 国有地と自然保護の関係 2 原生自然の保護 第3章 自然保護に関係する連邦機関 第1節 内務省 1 土地管理局 2 魚類・野生生物局 3 国立公園局 第2節 農務省 1 林野庁 2 森林政策の変化 第4章 野生生物保護政策 第1節 野生生物保護 1 絶滅の危機に瀕する種保護法 2 絶滅種の回復 3 絶滅法の諸問題 4 絶滅法に関する訴訟 第2節 環境法制定 1 国家環境政策法 2 国家環境政策法に関する訴訟 第5章 自然保護と地方財政 第1節 国有地と地方財政 1 国有地と収益配分 2 税補填制度 第2節 森林保護と地方財政 1 国有林からの収入 2 財政支援策 第3節 私有林における森林管理政策 1 オレゴン州の森林 2 オレゴン州の森林管理政策 |
1 2 2 2 3 5 5 5 7 9 9 9 13 14 14 15 19 19 19 21 24 33 33 34 37 37 37 42 43 44 48 48 50 56 56 56 56 63 63 66 71 71 73 |
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アメリカ合衆国は、その広大な国土の中に雄大な山脈、広漠たる砂漠、幅広い渓谷、なだらかな丘陵、尽きることのない大平原、凍結したツンドラ、原始林も含めた大森林、熱帯の島々、長大な海岸線、大湖、更には湿地や沼地など、無数にして多様な自然を抱えている。神から授かった大自然も、西部開拓の進展、更には現代の都市化の波の中で次第にその原形を失いつつあるが、1872年に世界で初めて国立公園を設置した政策にみられる如く、自然保護、環境保全に対する取り組みの面では先進性を誇っている。 しかし、過度の環境規制に対しては産業界からの反発もみられ、最近においては保護規制緩和を求める共和党と環境保護重視の民主党、とりわけ環境保護主義を自認するクリントン大統領との間で激しい攻防が続いており、昨秋の大統領選挙の重要な争点の一つともなった。1995年〜96年の第104議会では、自然保護政策の中心となる野生生物保護法である「絶滅の危機に瀕する動植物保護法(ESA:Endangered Species Act)」(以下「絶滅法」)をめぐって、同法廃止を要求する共和党とそれを死守しようとするホワイトハウスの対立が続き、「新たな種を保護リストに加えることが一時停止される」状態となっている。 本レポートでは、米国における自然保護の歴史に触れ、国有地における土地管理面からの自然保護政策および生態系を重視した野生生物保護政策を概観するとともに、連邦及び州政府における自然保護政策、特に森林資源保護に焦点をあて、それらが地方自治体並びに地域経済に与える影響についてもあわせて考察する。 連邦や州、地方自治体などの政府部門の取り組みとあいまって、米国では民間団体が自然保護に果たしてきた役割も見逃すことができない。これら政府、民間双方の積極的な環境保全、自然保護の取り組みは、世界的に大きな影響を与えてきたところであるが、今日の我が国でもまだ参考とすべき点も少なくないものと思われる。 なお、本レポートの作成にあたっては、連邦政府の内務省及び農務省、オレゴン州並びにボイジー市(アイダホ州)の自然保護関係各機関の協力を頂いた。 |
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アメリカの発展の歴史は、自然破壊の歴史であるともいわれる。ヨーロッパから移住した人間たちにより、わずか400年足らずでこの大陸は残らず開拓し尽くされてしまった。1600年当時、国土(アラスカを含む)の約半分10億エーカーが原生林で占められていたが、1992年には原生林の面積は7億3,000万エーカーとなり、その間約30%の原生林が農地や宅地等に姿を変えている。 |

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第1節 自然破壊の進行 1 西部開拓 1607年、バージニア州のジェームスタウンに植民地が建設されて以来100年余りで、東部各地に次々と植民地が作られた。1733年、ジョージア州に13番目の植民地が建設され、その13州が1766年イギリスからの独立を宣言したが、人口は1790年には392万人を記録した。独立後のアメリカは西に向って領土を広げて行った。1803年、ジェファーソン 大統領時代にフランスよりルイジアナを買収し、1819年にはスペインからフロリダを買い取り、続いてテキサス、オレゴン、カリフォルニアを入手していった。 一方、1840年代から50年代にかけて、アイルランドやフランス、ドイツなどから移民が押し寄せ、領土の拡大とともに、それを開拓する人間も増加し、人口も急激に増加していった。 アメリカ人はこのように、開拓初期から19世紀終りまで、西に向かって入植を続けていった。いわゆるフロンティア開拓であるが、その前線で入植者が自然を破壊して行く一方で、自然と向き合って生活していた伝統をもっている。アメリカの自然保護政策及び運動は、そのような米国の歴史と伝統にさかのぼって理解されなければならない。 2 フロンティアの消滅 (1)自然の報復 英国の植民地時代はもちろん、英国からの独立以降もアメリカは、ヨーロッパへの木材や農作物など一次資源の供給国であった。森林は伐採され、湿地も農地に転用され、南部は綿花の単一栽培の地となっていた。1856年に南北戦争が終焉し、奴隷解放と社会の安定化がもたらされ、1869年には大陸横断鉄道が東海岸から西海岸まで通じ、もはや開発すべきフロンティア(辺境の地)は失われてしまった。ここに至ってアメリカ人は、自分達が破壊した自然の偉大さにようやく気づき始めた。 1930年代に入って、アメリカ人は自然からの報復ともいうべき大干ばつに見舞われ、中西部には砂嵐が吹き荒れ、「砂塵の時代」と呼ばれた。砂嵐は何日も太陽の光を遮り、大凶作や飢饅をもたらしたが、その原因が大量の原生林の伐採と農地転用にあったことはいうまでもない。一方、農業方法にも一因があったとみられ、農地は土手もなく長い溝が掘られたのみで風を遮る防風林や土砂流失を防ぐ草も植えられていなかった。また、数十年以上にわたり同一の作物を作り続けたため、土地は痩せ、作物の育成に欠かせない表土は風や雨で流失し、砂嵐を巻き起こす結果となったとも言われている。 ほぼ時を同じくして米国は大恐慌にも見舞われ、国民総生産は激減した。多数の会社の倒産、大量の失業者をもたらした。1933年に大統領に選出された民主党のフランクリン・ルーズベルト(Franklin Roosevelt)により、失業対策と景気回復を狙ったニューディール政策(1933〜39年)が打ち出されたが、これによりテネシー川を総合的に開発するテネシー渓谷開発公社(TVA)が設立され、干ばつに苦しむテネシー、ミシシッピー、ジョージアの各州を灌漑するダムが建設された。土壌流失や洪水、山火事の防止、植林、野生生物の保護事業等もこの当時併せて始められた。 (2)国有地保護 自然の報復を受けるに及んで同大統領は法律面から土地の管理にも乗り出すに至ったが、それ以前にアメリカ政府は、独立直後の1785年に西部地域の開発を促進するため広大な土地を農民や牧場主に譲渡するホームステッド法(Homestead Act)を制定し、連邦政府の土地を民間に売り払ってきた。国有地は林業、鉱業、レジャーも含め、できるだけ国民に開放すべきものと考えられてきたのである。しかし、無秩序な利用による自然破壊を抑制するため、1934年にテーラー放牧法(Taylor Grazing Act)を制定し、公有地の払い下げを一時中止するとともに、1967年には連邦土地政策管理法(Federal Land Policy and Management Act,1976)が制定され、公有地の払い下げが原則的に禁止された。 (3)絶滅種の保護 大草原を一掃し、バッファローを絶滅に追い込むまで虐殺したアメリカの「開拓精神」は、反面において、フロンティアの消失とともに野生生物保護の論理を育てる効果をももたらした。野生生物保護についての関心が高まるとともに、連邦政府は種の保存に関する法律制定の必要性を認識するようになった。1900年制定のレイシー法(Lacey Act,1900)は、州法に違反して殺された鳥や動物の州際取り引きを禁止すると同時に、狩猟鳥や野生鳥の保護及び回復の手段を策定するよう農務長官に要求し、連邦政府最初の野生生物管理政策となって現実化した。更に1973年の絶滅法の制定により、連邦生物保護政策は最高潮に到達したものと言ってよい。 第2節 自然保護運動 1 NGOの設立 19世紀のアメリカでは全土で開拓が進められていた。かけがえのない自然を破壊し、野生動植物を採り尽くしていった。バッファロー等の乱獲を初めとして国民の大多数は有り余る自然を勝手気ままに略奪していったわけであるが、そのような風潮の中にあっても細々ながら自然保護を唱える声も起こり始めた。 1868年、アメリカの自然保護の父と呼ばれるジョン・ミューア(John Muir)は、独力でヨセミテを中心に、カリフォルニアやアラスカの地の探検を開始した。1889年には探検の成果を踏まえてヨセミテを国立公園に指定するよう働きかけ、遂にこれに成功した。そして1892年には、ミューアを会長に登山、ハイキングなどを楽しむシエラ・クラブ(Sierra Club)が創設されたが、これは世界における環境保護団体の嚆矢となった。その後1905年に全米オーデュボン協会(National Audubon Society)が発足し、1935年には、ロバート・マーシャル(Robert Marshall)らによって「ありのままの自然こそ価値があり、それを手を加えず残すことを目指す」とした原生自然協会(Wilderness Society)が設立された。さらに1936年には全米野生生物連盟(National Wild life Federation)が登場した。これらの民間組織(非政府機関。NGO)はアメリカ自然保護の推進に大きく貢献しつつ、自然保護活動の雄としての地位を保っており、現在でも議会に多大な影響を与え続けている。 2 NGOの発展 1960年代以降、アメリカ国民は相次ぐ公害問題に悩まされ始め、公害反対、環境保護に対する市民運動が活発化し、NGOは市民が政治に参加する方法の一つとして注目されるようになった。 (1)市民の参加 1970年4月22日にアース・デーとして、公害、自然保護、人口過剰、飢餓、核兵器など環境に関するテーマについて全米各地で約2,000万人以上が参加した対話集会が繰り広げられた。これらの運動が環境に対する国民の意識を高揚させ、国の政策や意思決定に市民が参加することを促進していった。また、この当時から自然保護運動とは異なった新しい形の環境NGOが登場し始め、公害規制と自然保護政策の導入のため、議会に対するロビイング活動、行政への働きかけや裁判闘争を得意とする専門集団として育っていった。 (2)運動の規模 アース・デー以降、既存の環境保護団体は市民の参加により組織を強化していった。最も大きな団体は自然保護を中心に活動する全米野生生物連盟であり、約450万人の会員を擁しているほか、会員数10万人を超える団体が少なくとも14団体存在する。会員は通常年会費として20〜30ドル程度を支払っており、会員数が多いほど予算規模も大きくなる。例えば全米野生生物連盟の1996年予算は9,560万ドルにものぼり、約600人の専従職員を雇用している。 |

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(3)活動範囲 それぞれの団体は独自の専門分野、得意分野を持っているが、大別すると経済成長を犠牲にしても自然保護を図るよう訴える急進派と、経済成長と自然保護の両立を願う穏健派に分類できる。研究及び調査活動のみを行う集団、訴訟を専門とする弁護士の集団、完全な政治団体として活動する団体も存在する一方、全米野生生物連盟やシエラ・クラブのように、調査、教育、ロビー活動、訴訟など総合的な活動を展開している団体もある。 3 NGOの低迷 (1)専門的知識 市民の参加を背景として、多くの団体は多数の会員を擁し、これが政治的影響力の源泉の一つともなっている。アメリカのNGOでは多くの専門家(科学者、経済学者、弁護士)を雇用し、独自の調査・研究活動を実施している。それらの専門的知識は、政策の提案・実施に生かされ、立法や訴訟活動推進の原動力となっている。 (2)組織の官僚化 NGOは、連邦政府や地方政府における自然保護政策の立案に深くかかわると同時に、産業界と政府間の対決を深化させることともなった。専門的能力を持ち巨大化したNGOは、本来の「草の根」を忘れてしまい、自身が官僚化した「抗議集団」と化したとの批判も受けつつあり、多くのNGOで会員数及び予算額が減少傾向を示しつつある。 (3)NGOの再構成 近年は、自然保護団体を中心に繰り広げられてきた「保護と開発」の対立はいくぶん鎮静化しつつある。レーガン、ブッシュ両政権は環境NGOにとって格好の標的となり、環境法をめぐり対立が激化していたが、環境大統領を自認するクリントン政権になって以降、環境NGOから多数の人材が政権に登用されるなど関係が深まり、政権の批判が難しくなってきた。しかし、共和党が上院、下院とも多数を占める1995〜96年の第104連邦議会では、絶滅法、大気清浄法など各種環境法の規制緩和や環境関連予算の削減など多くの「反環境的」と批判される法案が提出され激しい対立が続いた。 このような対立の緩和、激化という短期的な波を繰り返しつつも、長期的に見れば、NGOは今までのような対決姿勢から脱皮し、市民が自然保護の主役であるとともに一方では破壊の主役であるとの認識を踏まえて、根本からこれを見直し再構成される時代となってきたものと言えよう。 |
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第1節 国有地管理 1 国有地 (1)所有機関 米国会計検査院(U.S.General Accounting office)発行のレポート、土地所有状況(Land Ownership,March 1996)によると、連邦政府機関はアメリカ国土(23億エーカー、日本総面積の約25倍)の約30%(約6億5,000万エーカー、日本総面積の約7倍)を所有し、これらの95%が林野庁(U.S.Forest Service)、土地管理局(Bureau of Land Management)、魚類・野生生物局(Fish and Wildlife Service)、そして国立公園局(National Park Service)の自然保護政策に関係する主要4連邦機関によって管轄されている。その他の国有地については、ほとんどが国防省(Department of Defense)により軍事施設等として使用・管理されている。 (2)過去30年間の増減 1964年から1994年の30年間に、同4連邦機関によって所有される国有地の総面積は、7億エーカーから6億2,200万エーカーへと7,800万エーカー(日本総面積の5分の4程度減少している。この期間の減少原因は、土地管理局により所有されていた国有地が他の連邦機関、アラスカ州政府並びにアラスカ原住民に移管されたことに起因する。一方、林野庁、魚類・野生生物局及び国立公園局によって管理される国有地の面積は反対に増加している。同4連邦機関によって所有される国有地は、1994年現在国土の約26.6%となっている。 主要4連邦機関によって所有される国有地面積の推移(1964年〜1994年) |

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(3)州別の国有地 同4連邦機関によって所有される州別の国有地占有率を概括すると、ネヴァダ州の80%を最高に、アラスカ州、アイダホ州およびユタ州で概ね60%、オレゴン州で約52%となっており、アラスカ州を含む西部諸州における国有地の割合が非常に高い。また、同4連邦機関により所有される国有地の面積は46州で増加し、4州で減少している。(表2‐1参照) |


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2 土地管理政策 連邦政府は、英国から独立の後約100年間、自然保護に対しあまり関心を示さなかったが、自然保護団体や国民の声に刺激され除々に国有地管理に関する法律を整備していくようになり、土地利用面からの自然保護政策を展開していった。アメリカの自然保護政策は、イエローストーンに代表される国立公園の創設及び森林保護区の設置など内務省による土地管理政策から開始されたと言ってもよい。 (1)国立公園(National Park)誕生 1871年にフィラデルフィア大学の地理学教授、フェルディナンド・ハイデン(Ferdinand Hayden)博士を中心にイエローストーン地域一帯の探検が開始された。この探検隊の報告により連邦議会は国立公園創設を決議し、当時のユリシーズ・グラント(UlyssesS.Grant)大統領によりイエローストーン国立公園設置法(Yellowstone National Park Act, 1872)が署名され、世界で最初の国立公園がこの地に誕生すると同時に、広大な地域が自然のまま保全されることとなった。同国立公園の創設以降、連邦政府における本格的な土地利用に基づく自然保護政策が展開されることとなった。 (2)森林保護区(Forest Reserve)の誕生 1891年の森林保護法(Forest Reserve Act,1891)が最初の突破口となり、イエローストーンに「国有林」の原形となる森林保護区が設置され森林保護が本格的に開始されることとなった。次いで、1897年に森林経営法(Forest Management Act, 1897)制定により同区の設置並びに運営に関する基本法が整備された。この法律は、第一義的には「森林保護はアメリカ国民に必要不可欠な木材供給を創造する。」と定義し、森林保護による木材の安定的供給を目的としていた。 (3)野生生物保護区(National Wild life Refuge)の誕生 無制限な野生動植物の乱獲に対する国民の危機感とともに、19世紀の半ば頃から野生動植物の生息地保護の気運が高まっていった。1903年には、セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)大統領は大統領令(Executive Order)によりペリカン島連邦野鳥特別保護地区(Pelican Island Federal Bird Reservation,Florida)を設置し、渡り鳥の保護に乗り出したが、これが今日の野生生物保護区の起源となったと言われている。更に、1966年の野生生物保護区管理法(National Wild life Refuge System Administration Act,1966)制定により野生生物保護区制度の基礎が確立されていった。 第2節 土地管理と自然保護 1 国有地と自然保護の関係 (1)多用途持続的利用法(Multiple-Use Sustained Yield Act,1960) 多用途利用とは、国有林などの国有地の多目的な利用を考慮することであり、豊富な自然資源を国民の要求に合致する方法で管理・運営していくことである。多用途持続的利用法は、継続的な資源活用を基本として国有地を管理していき、木材生産等の経済活動はもとより野外レクリエーション、水資源や野生動植物保護にも配慮を加えるもので、同法制定後、国有地内における原生自然地域指定や野生動植物に対する包括的保護が開始されるに至った。 (2)自然保護に関する土地利用 主要4連邦機関によって主に自然保護を目的として管理される保護地区面積は、1964年の約6,616万エーカー(日本総面積の約0.7倍)から1994年の約2億7,213万エーカー(日本総面積の約2.9倍)へと急激に増加していった。この30年間、同4連邦機関における各々の所有面積とその保護地区面積の割合は、林野庁で8.6%から26.04%へ、また土地管理局に至ってはほとんどなかった保護地区が21.78%まで増えている。魚類・野生生物局や国立公園局では全所有地が自然保護に関する土地として利用・管理され、総面積も3倍以上の伸びを示している。また、全国有地における保護地区の割合は9.44%から43.7%まで著しい伸びを示し、連邦政府の国有地管理における自然保護政策の向上を如実に表わしている。(表2‐2参照) |

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2 原生自然の保護 (1)原生自然地域(WildernessArea)の設置 国有地における国立公園、森林保護区、野生生物保護区の創設による土地の保全は、自然保護に向けての最初の重要なステップであった。1897年より始まった国有林制度(1906年までは森林保護区として内務省の管轄下にあった。第3章第2節「農務省」参照)は、森林資源の安定的供給を主目的としていたが、特定地域の自然をそのままの状態に保全する必要性も認識され始め、1924年には、林野庁によりジラ国有林(Gila National Forest,New Mexico)内に最初の原生自然地域(Wilderness Area)の設置がなされた。その後10年間で原生自然地域は、未開の森林地帯に拡大され1,460万エーカーにまで膨れ上り、管理制度を継続・補強する法律の整備が要求されるに至った。 原生自然とは、一般的に「国有地内において誰にも邪魔されない土地」と定義されている。すなわち、原生自然地域とは未開発の国有地を永久に開発せず、その純度の高い自然資源を保存していく地域のことを指し、そこでは、経済活動はもちろん原則的に動力付乗り物(自動車、軽飛行機、モーターボート)での立入や道路等各種施設の建設が禁止されている。 (2)原生自然法(Wilderness Act,1964) 1964年、「原生自然を手つかずのまま守ろう」とする原生自然協会やシエラ・クラブなどの自然保護運動が実を結び原生自然法(Wilderness Act,1964)が連邦議会を通過し、リンドン・ジョンソン(Lyndon B.Johnson)大統領によって署名され成立した。同法により、原生自然保全制度(National Wilderness Preservation System)を創設することにより、国有林や国立公園、野生生物保護区などの国有地内に存在する比較的自然度の高い原生自然地域を選定し、それぞれの管轄機関において適切に管理することを通じて、将来のアメリカ人、すなわち子孫にそれらの自然を伝えていくことが可能となった。 また、原生自然地域指定の権限を連邦議会に委ねると同時に農務・内務両長官にそれぞれの所有地内における同制度に指定すべき可能性のある地域を調査し、その候補地を議会へ報告するよう義務付けるとともに、既に国有林内に設置されていた54箇所、総面積900万エーカーの原生自然地域が正式に同制度上の指定地域として組み込まれた。 (3)原生自然保全制度の発展 連邦議会は1968年より原生自然保全制度を除々に拡大し、1994年現在では44州に657箇所の原生自然地域を指定し、その総面積は1億400万エーカー(日本の総面積の約1.1倍)に及んでいる。加えて、同制度指定予定地として2,900万エーカーの土地が農務・内務両省より推薦されている。これにより、およそ国有地の20%以上の土地、国土の約6%近くが同制度の一環として保護されるかまたは保護すべき土地とされていることとなる。 |

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(4)アラスカ国有地保全法(Alaska National Interest Lands Conservation Act,1980) アラスカには膨大な未開地が残されていたが、1959年州に昇格して以降、油田や鉱物などの採掘が盛んとなり、自然破壊が進行し始めた。これに対し、「アメリカ人の過去の失敗を繰り返すな」と主要自然保護団体が参加した「アラスカ連合」が結成され、同州における包括的な自然保護を訴え、鉱山会社や石油業者と猛烈な論争を繰り広げた末、1980年、ジミー・カーター(Jimmy Carter)大統領の下でアラスカ国有地保全法が制定されるに至った。同法により同州内の1億エーカー以上の土地が国立公園制度や原生自然保全制度に組み込まれ、保全されることとなった。同州の約19%が同地域または推薦地域として指定され、現在、全米の原生自然地域の55%、推薦予定地の37%がアラスカ州に所在している。 |


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アメリカにおける環境行政は、公害対策や汚染問題を担当する環境保護庁(Environmental Protection Agency)と野生生物保護政策、国立公園管理及び国有地保全を所管する内務省(Department of the Interior)とが中心となって推進されている。更に、土壌汚染対策や農業、国有林関係が農務省(Department of Agriculture)、海洋魚類・ほ乳類保護が商務省(Department of Commerce)、エネルギー政策、核兵器開発に使用された原子炉などの管理や浄化がエネルギー省(Department of Energy)の担当となっている。なお、国防省(Department of Defense)は陸軍工兵隊(Army Corps of Engineers)が河川の改修、湿地開発許可の権限を持つほか、基地内での生物保護、化学兵器の処分や管理なども進めている。 ここでは、連邦機関の中でも自然保護政策、特に土地利用保全対策に焦点をあて、広大な国有地を管理する主要4連邦機関について紹介する。 第1節 内務省(Department of the Interior) 1 土地管理局(Bureau of Land Management) (1)設立経緯 土地管理局は1946年、総合土地事務所(General Land Office)と放牧局(Grazing Service)を合併・強化する形で登場した。1976年の国有地政策管理法(Federal Land Policy and Management Act,1946)は、当時、時代遅れになったり部分的に重なり合った法律を廃止すると同時に、正式に連邦所有地の民間への払い下げを禁止することとなった。また、土地管理局の設立とその基本的な任務並びに国有地及びその資源の管理基準が規定された。 (2)土地管理局 内務省に設置されている土地管理局は、連邦政府機関の中でもっとも多くの国有地、2億6,710万エーカー(国有地の約43%、表2‐1参照)を管理している。これらの土地はかつて「だれも欲しがらない不毛の土地と呼ばれ、19世紀の西部入植者達が無視していた土地であり、そららのほとんどがアラスカ州及び12の西部諸州に点在している。 また、国有地内における鉱物資源の管理に加え、石油や石炭のリース許認可、放牧地の管理などの責任も負っている。 (3)保護地区管理 土地管理局によって管理される土地には、森林、鉱物資源、油田、天然ガス、地熱エネルギー、野生動植物及び絶滅種の生息地など多くの資源が含まれているが、原生自然地域(Wilderness Area)や原生景勝河川(Wild and Scenic Rivers)に指定された保護地区もある。これらの土地では、秩序ある開発と多用途持続的利用法に基づく多用途利用の原則に従い、自然保護、文化遺跡の保護、レクリエーションの提供など広範囲にわたる管理・運営が求められている。以前は「不要の地」と扱われていた土地も、自然保護の高揚にともない新たな価値が見出され、今日では生態系保護を中心に総合的な土地管理が要求されている。 |

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2 魚類・野生生物局(United States Fish and Wildlife Service) (1)設立経緯 魚類・野生生物局における魚類、野生生物と人間の関係調整の任務は、まず120年以上前の1871年に設立された漁業局(Bureau of Fisheries)にさかのぼる。当初、政府の独立機関として設立された漁業局は後に商務省に移管され、もう一つの前身機関である生物調査局(Bureau of Biological Survey)は1885年に農務省内に設置された。1939年にこれらの両局およびその機能が内務省にそのまま移管され、1940年に一つの局に整理統合された。更に、1956年の魚類・野生生物法(Fish and WildlifeA ct,1956)制定により包括的野生動植物保護政策の基本法が整備されると同時に局が再編成された。しかし、当時この局には、商業水産部(Bureau of Commercial Fisheries)と漁業狩猟部(Sport Fisheries and Wildlife)の2つの部が設置されたのみで、自然保護政策の中心的な役割でなく漁獲調整や漁業や狩猟の管理に従事していた。 1970年に商業水産部が商務省に移管され、内務省に残った漁業狩猟部が1974年に魚類・野生生物局と名称を変え現在に至っている。同局は、ワシントンの本部と7つの地方事務所から組織され、総面積9,200万工一カーに及ぶ野生生物保護区(National Wildlife Refuge)、水鳥繁殖地、ふ化場施設などを管理し、年間予算執行額は5億3,280万ドル(FY1995)に達している。 (2)野生動植物の保護 同局は生態系保護を柱とした現在の連邦生物保護政策をとり扱う主官庁であり、渡り鳥、絶滅種及び内水面漁業の管理義務を受け持ち、国民の継続的な繁栄のために野生動植物及びそれらの生息地を保護・育成することを重要な使命としている。この枠組みの中で、同局は生態系主義と野生動植物の科学的根拠に基づいた環境管理倫理を育成し、国内の野生生物の保護・管理を推進すべく、州政府等と協力体制を構築するとともに、国民にも野生生物保護の重要性とその的確な理解を得るよう協力を要請している。 (3)野生生物保護区制度(National Wildlife Refuge System) 1966年制定法により、野生動植物の保護を図るための土地の効果的管理制度として発展してきた野生生物保護:区制度は、1973年の絶滅法制定以降は、絶滅の危機に瀕する動植物の生息地保護の要求が高まるとともに、多くの生息地が同保護区として追加指定されるようになった。野生動植物などの保護に加え、同区は国民にレクリエーションや教育の機会を提供する一方、重要歴史・文化財保存の方面でも成果を発揮している。1996年9月30日現在、509箇所合計約8,993万エーカーの保護区が同制度のもと管理・運営されている。なお、アラスカ国有地保全法により5,400万エーカーの土地が同制度に加えられたため、同制度管理面積の約86%がアラスカ州に位置している。 |



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3 国立公園局(National Park Service) (1)設立経緯 連邦議会はイエローストーン国立公園を1872年に創設したが、1916年8月25日に連邦政府内務省内に国立公園局が設置されるまで、国立公園及びその他の文化財を一元的に管理、運営する機関は存在しなかった。 ・イエローストーン国立公園設置法(Yellowstone National Park Act,1872) 同法は、そもそもイエローストーン川の分水界を保護するためのものであり、ここに湧き出る水は、アメリカ大陸東海岸の大西洋と西海岸の太平洋に流れつくと言われている。この当時から、国立公園は連邦政府の管理のもと公共の娯楽施設として保護され始め、これらの国有地は連邦政府内務省によって独占的に管理され、定住、占有及び売買を禁止し、公共の公園そして行楽地として国民に提供された。 ・国立公園局組織法(National Park Service Organic Act,1916) 同法によって内務省内に国立公園局が設置される運びとなり、国有地内に設置されていた国立公園、国家記念物や保護地などの基本的な目的及び用途が明確に定義されるとともに、自然資源の保全、自然の景観、歴史文化財及び管轄区域内に生層、する野生動植物の保護を図ることにより、次世代への共有財産として保存・伝承されていくこととなった。 ・総括管理法(General Authorities Act,1970) アメリカの国立公園局は、日本で言われるところの国立公園の他に公園内の歴史的文化財や野生動植物の管理も同時に行っている。国立公園制度への指定に関しては、連邦議会で個々の法律によって決議・指定されるため、同制度には多くの種類・区分が乱立し、しばしば訪問者を悩ませる結果となっていた。総括管理法は、国立公園局によって管理される区域を、目的及び用途によってそれぞれのカテゴリーに分類し、それらの役割を明確にすると同時に、「それぞれ異なる性質と相互関係にある文化財または資源を連動させた同制度は、アメリカ国民に自然資源の恩恵と感動を与えるとともに、歴史に対する認識・理解を深める機会を提供する。」と述べられている。 (2)国立公園制度 アメリカの国立公園制度は、日本と異なり歴史文化遺産も保護の対象としている点に特徴があり、54の国立公園の他に国立史跡公園(38箇所)や国立記念碑(73箇所)など約20種類、374箇所の公園や記念物がある。国立公園局は日本国土総面積よりやや小さい7,658万エーカーという広大な国有地を管轄し、行楽地ないし教育の場を国民に提供している。年間約3億人以上の訪問者を迎える同局には、一万人以上の職員が働き、年間約15億ドル(FY1996)の予算が投入されている。 |

・国定史跡(National Historic Site) 歴史、特に重大な事件と関係の深い場所を国定史跡として指定している。 1935年史跡設置法(HistoricSiteActof1935)により、内務長官に指定権限が委ねられている。第2次世界大戦当時、日系アメリカ人が収容されたマンザナ(Manzanar,California)強制収容所跡地も国定史跡に指定されている。 ・国立歴史公園(National Historic Park) 複数からなる歴史的財産及び建築物をある一定程度の広い範囲にわたって史跡公園として指定し管理している。アメリカ建国の歴史を伝えるボストン国立歴史公園(Boston National Historical Park)が有名である。 ・国定湖岸(National Lakeshore) 五大湖周辺の湖畔を国定湖岸として指定し保護を行っている。 ・国定記念物(National Memorial) 国定記念物は歴史に重大な影響を及ぼした人物やそのエピソードを記念したものである。ベトナム退役軍人記念碑(Vietnam Veterans Memorial,DC)、リンカーン記念碑(Lincoln Memorial,DC)がある。 ・国立記念碑(National Monument) 1906年の遺跡法(Antiquities Act,1906)によって、大統領に連邦政府が所有・管理する土地内の歴史的建築物もしくは科学的に興味深い構造物を国の記念碑とし宣言する権限が与えられている。ニューヨークの自由の女神は国立記念碑として特に有名で観光の名所となっている。 ・国立公園(National Park) イエローストーン(ワイオミング、モンタナ州)、ヨセミテ(カリフォルニア州)、グランド・キャニオン(アリゾナ州)に代表されるように、国立公園は自然及び野生動植物の保護並びに行楽地として世界中に広く知られ、国立公園制度の根幹を成すものである。現在、全米に54箇所が設立されている。これらの国立公園は、広範囲にわたり特徴的な自然もしくは歴史的遺跡の残る地区を保護するために、特別法によってそれぞれ設置され、公園内での狩猟、鉱物採掘その他の経済活動が原則的に禁止されている。 ・国定街道(National Parkway) 公園や保護地区内及び周辺の道路を指定し、文化施設等を結び付け多くの人々に自然に接する機会を提供している。 ・国定保護区(National Preserve) 国定保護区は国立公園とほぼ同様の特性を持つ地域が指定されているが、一般的に狩猟及び天然ガス・石油の採掘が許可されている点において国立公園と異なる。アラスカ州のベーリング・ランド・ブリツジ国定保護区(Bering Land Bridge National Preserve)等16箇所が指定されている。 ・国定レクリエーション地域(National Recreation Area) 国定レクリエーション地域は、その大半が国防省陸軍工兵隊など他省庁により建設されたダムや貯水池周辺であるが、国民保養地区として開放するため国立公園制度の一環として国立公園局に管理が移管されている。 ・国定指定保護地区(National Reserve) 国定指定保護区は国定保護区と酷似しているが、一般的に地方自治体に管理が移管されている場合が多い。 ・国定河川(National River)、国定原生・景勝河川水路(National Wild and Scenic River an dRiverway) 国定河川及び原生・景勝河川水路は、ダム、水路、その他の建設を禁止するとともにそれらの河川敷を保護するものである。これらの地域は野外レクリエーションの場として国民に開放されている。1968年以来、原生景勝河川法(Wild and Scenic Rivers Act,1968)に従って設置されている。 ・国定景勝地区遊歩道(National Scenic Trai1) 1968年の国営遊歩道網法(National Trails System Act of 1968)によって、自然や歴史に接するためのハイキング道路の整備が行われた。それぞれの土地所有官庁によって管理されている。 ・国定海岸(National Seashore) 国定海岸は大西洋、メキシコ湾及び太平洋の海岸に設置されている。幾つかの国定海岸は開発が進められているが未開発のままの海岸も残されている。これらの海岸では基本的に狩猟・漁獲が許可されている。 ・その他(Other) 1800年以降、大統領官邸として使用されているホワイト・ハウスも1933年から内務省国立公園局に移管され国立公園制度の一環として管理されている。 (3)国立公園の設置方法 国立公園の設置方法には2種類あり、連邦議会の議決によるものと大統領宣言によるものである。議会が特定の地域を国立公園制度に新たに加える場合、その名称、領域、そして指定種類(国立公園、国立歴史公園、国定記念物等)を決め法案を提出する。 通常、新しい国立公園制度の設置に関しては、国立公園局によって行われる調査結果に基づき議会によって指定される。1970年から1990年の間に約175件の調査が実施され、その約25%が新たに指定を受け国立公園制度に組み込まれている。 また、大統領宣言よる指定は、1906年の遺跡法(Antiquities Act,1906)により大統領に国立記念碑(National Monument)を指定する権限を与えていることに由来する。同法の下、セオドア・ローズベルト大統領が、最初の国立記念碑としてワイオミング州のデヴィルズ・タワー(Devil's Tower)を1906年に指定した。また、1979年、ジミー・カーター大統領によってアラスカ州に11の国立記念碑が創設されたが、1980年に議会がアラスカに新しい国立公園を創設する法案(アラスカ国有地保全法)を通過させたためカーター大統領の宣言は無効になった。 最近では、1996年9月ビル・クリントン(Bill Clinton)大統領により、ユタ州南部で埋蔵されている石炭掘削による自然破壊を防ぐ目的で、グランド・ステアケース・エスカランテ国立記念碑(Grand Staircase-Escalante National Monument)が宣言・創設された。今までに100近くの地域が大統領宣言によって国立記念碑として宣言され、大部分が国立公園もしくは国立歴史公園として議会によって再指定されている。最新の国立記念碑から国立公園への指定替えは1994年10月31日行われたカリフォルニア州のデス・バレー(Death Valley)国立公園である。 (4)インタープリテイション制度 国立公園制度の中で見逃すことができないのが、1916年より開始されたインタープリテイション制度である。自然と親しんだことのない人に自然の楽しさや美しさを理解してもらうための制度であり、自然を解りやすく翻訳するといった意味から名づけられた制度である。公園監視員(レンジャー)による解説は同制度の柱であり、各国立公園で多くのレンジャーが活躍している。また、各種パンフレット等による広報、その他様々な催しが繰り広げられ、自然資源の素晴しさや重要性を国民に伝える役割を果たしている。 |



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第2節 農務省(Department of Agriculture) 1 林野庁(U.S.Forest Service) (1)設立経緯 当初、内務省によって管理されていた森林保護区は、1905年の移転法(Transfer Act,1905)により管理・運営が農務省に移管されるとともに林野庁が創設された。そして1907年に森林保護区は国有林(National Forest)と名称を変更し本格的な国有林管理がスタートした。1960年の多用途持続的利用法制定までの間、同庁における国有林管理は将来にわたる安定的な木材供給の確保を第一義的とした森林保護政策を展開していたが、同法制定後の基本的原理は、増大する木材及び紙に対する国民の需要に答えつつ、国有林や牧草地から得られる利益と他の価値(レクリエーション、自然の景観、野生動植物の生息地、家畜の飼料、水の供給)との均衡を保つ点にあり、幅広い土地管理政策が期待されている。 (2)国有林制度 林野庁は、44州とバージン諸島及びプエルト・リコに約1億9,100万エーカー(日本の国土の約2倍)の土地を所有し、多用途持続的利用法のもと155の国有林と20の国営牧草地(National Grasslands)、そして8つの土地利用事業(Land Utilization Projects)などそれぞれの土地の特性を活かした管理・運営を行っている。また、他の連邦機関に先駆けて設置された原生自然地域を中心に広大な保護地を設け森林保護政策を推進すると同時に、国有林内に多くのレクリエーション施設(ハイキング道路、キャンプ場、スキー場)を建設し、国民の娯楽場として出来る限り開放している。 一方、森林火災は、多くの森林を消失させるとともに洪水や土地の浸食等を引き起こし、森林破壊や自然災害の主要原因となっている。森林火災を最小限に食い止めることが森林保護への近道と言われ、火災の延焼を防止するために国有林での伝染病や害虫の発生を未然に防ぐ一方、焼け跡には緊急植林を施すなど森林火災対策にも重点が置かれている。 |


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2 森林政策の変化 (1)森林伐採の減少 国有林の運営方針は近年大きな変化を遂げている。その背景には、森林に関する国民の価値観の変化と絶滅法に代表される生態系を重視した野生生物保護政策があり、木材供給から森林自然保護へと比重を移行せざるを得なくなっている。国有林における森林伐採量は、動植物生息地保護の進行とともにここ数年減少の傾向にあり、国有林からの収入は1989年の10億ドルを境に減少の一途を辿っている。 |

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(2)レクリエーションの増加 国民の価値観の変化は、国有林を木材生産基地から娯楽の拠点に代えていく推進力となるとともに近年のアウト・ドア嗜好が反映され、国有林内のレクリエーション施設を訪れる国民の数が年々増加している。また、国民の要求に答えるべく同庁でも、森林資源の正しい理解及び有効利用の促進を目的として国立公園同様インタープリテーション制度が導入されている。 |



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第1節 野生生物保護法 1 絶滅の危機に瀕する種保護法(ESA:Endangered Species Act,1973) (1)絶滅種保護法の設立経過 1966年に連邦議会は、絶滅の恐れのあるアメリカ原産の動物種のみのリスト作成を認めた最初の絶滅種保護法(Endangered Species Preservation Act,1966)を通過させ、それらの生息地保護に要する土地の取得など限定的な保護活動に対する予算措置を講じた。絶滅種の取得や州際取り引きの禁止事項などは含まれていなかったが、国有地を管理する内務省、農務省及び国防省は、管轄地域内において絶滅種やその生息地の野生生物保護政策を強いられるようになった。 次いで、1969年の絶滅種保全法(Endangered Species Conservation Act,1969)の登場により、植物・魚類を含めた全ての生物を対象とした絶滅の恐れのある種のリストを作成しそれらの保護に乗り出した。世界中で死滅の危機にさらされている種も保護対象とすると同時に、それらの輸入を禁止する貿易制限措置が盛り込まれ、1970年のワシントン条約成立に大きな影響を与える結果となった。 (2)絶滅の危機に瀕する種保護法成立 その後1973年に、絶滅種保全法を補強する形でアメリカ自然保護政策の中心となり、多くの論争が繰り広げられる結果となった「絶滅の危機に瀕する種保護法(Endangered Species Act,1973)」(以下「絶滅法」)が連邦議会を通過し、時のリチャード・ニクソン(Richard Nixon)大統領によって署名され成立した。同法により、絶滅種を「絶滅の危機にある種」と「絶滅の恐れのある種」の2種類に区別してリストに登録するとともに、それらの繁殖・生存に欠かすことのできない生息地である「重要な生息地(critical habitat)」をも指定し、絶滅種の回復計画が推進されることとなった。生態系を重視した包括的自然保護の概念が明確に示され、個々の種ごとの保護の考え方がはじめて導入されるに至った。 (3)絶滅法の執行機関 内務省魚類・野生生物局と商務省海洋漁業局(National Marine Fishers Service)が絶滅法に関する執行責任を負い、一般的に魚類・野生生物局が陸上動植物、内水面に生息する魚類、渡り鳥などを管轄し、海洋漁業局が海洋哺乳類及び海洋魚類などの種を担当している。加えて、農務省の動植物検疫局(Animal and Plant Health Inspection Service)がリスト掲載中の絶滅種の輸出入の監視に当たっている。 (4)絶滅種リスト 同法は、人間と動植物の共生を目的とし、絶滅種に影響を与える活動を厳しく禁止・制限するものである。リストは二種類存在し、予測できる将来、種の全てまたは大部分が絶滅の危機にある種が「絶滅の危機にある種(Endangered)」、また、予測できる将来、全てまたは大部分が絶滅の危険に瀕する恐れのある種が「絶滅の恐れのある種(Threatened)」として登録され、種の回復を目標に保護活動が推進される。 1996年2月現在、魚類・野生生物局所管の登録種が合計955種、海洋漁業局によるものが27種となっている。(表4‐1、表4‐2参照) |


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(5)種のリスト登録・削除 絶滅種のリスト掲載及び削除については、担当局は幾つかの手順を踏まねばならない。一般的に、専門家や自然保護団体などから登録を求める嘆願書(Petition)とその種の生存状況に関する資料が担当局に提出される。担当局は、90日以内に提出された情報が種を登録・削除するに値するかを判断した後、提出者にその趣を通知すると同時に連邦官報(Federal Register)に掲載し告知しなければならない。次いで、担当局による再調査を経て、嘆願書の提出から1年以内に新たな絶滅種をリストに登録または登録種を削除するかを決定しなければならない。 また、担当局は絶滅種登録・削除期日の90日前に再び連邦官報によって告知しなければならないことになっている。 (6)重要な生息地(Critical Habitat)の登録 重要な生息地は、絶滅種の生息が確認できる場合、種の登録と同様に内務長官及び商務長官により指定される。この指定は、特定の地域が絶滅種の生存に欠かすことのできない生息地であることを宣言し、その地域を開発や破壊から守るためのものである。国有地内の重要な生息地は、それぞれの管理官庁によって絶滅種のために優先的に保護されることとなるが、絶滅種の重要な生息地は民有地内にも位置し、同指定が私有財産の侵害となるおそれがあるため、私有地内での指定がかなり難しい状態となっている。1996年現在、登録種982種の内「重要な生息地」が指定されているのは122種のみとなっており、7種に対する同指定が申請中である。 (7)絶滅種に対する禁止行為 ある生物が絶滅種として登録されると、同法に規定されている保護手段が種及びその重要な生息地(Critical Habitat)に適用される。同法では、絶滅種を巻き込む以下の行為を禁止している。 ・米国からの輸出及び米国への輸入 ・米国領土及び領海内での獲得 (獲得とは種及びその生息地、巣や繁殖地を傷つけることも含まれる。) ・公海上での獲得 ・米国内及び公海上で法に反して獲得された種の販売、輸送及び所持 ・州際及び外国への通商 ・州際及び外国への通商の斡旋 禁止行為は、絶滅種を利用した生産物及びその部品なども適用範囲とするともに、大部分の制限が「絶滅の恐れのある種」にも同様に適用されている。また、同法は、野生動植物を指定された港及び空港で輸出入することと同時に申請書の提出を要求している。特に、年間2万5千ドル以上の野生動植物の輸出入を行う場合、その輸出入業者にライセンスの所持を義務付けている。 (8)回復計画の策定 絶滅法の最終目標はリスト登録された種の回復にあり、魚類・野生生物局の地方事務所(全米に7事務所)が主体となり、各々の種の回復に必要な特別な事項などを詳細に記した回復計画が作成される。この回復計画作成は、種のリスト登録後直ちに開始され、60日以内にその概要を連邦官報に掲載し、専門家からの意見を交えた再考後、登録から2年半以内に完了することとなっている。魚類・野生生物局によって登録されている955種のうち520種の回復計画が策定され、176種については現在作成中である。その他の種については、回復計画の代わりに州政府の管理計画を適用したもの、種の生息地がはっきりせず回復計画が策定できない種もある。 (9)罰則規定 同法に違反すると、10万ドル以下の罰金もしくは一年以内の懲役刑に、違反行為のあった団体には20万ドル以下の罰金刑が処せられることとなっている。不法取得された魚類及び野生動植物は当然、同法違反に使用された自動車並びに備品等も併せて没収されることになる。 2 絶滅種の回復 魚類・野生生物局の統計では、1968年から1995年の間に登録された950以上の絶滅種のうち、7種、約1%の種が絶滅し、41%が安定または改善傾向を示している。同局は、白頭ワシ(Bald Eagle)の成功例等に絶滅法の有効性を見い出そうとしている。 |

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1967年に「絶滅の危機にある種」として登録されたアメリカのシンボルでもある白頭ワシは、絶滅法の成果の象徴的存在ともなった。当時、個体数の減少は、生息地の縮小、無謀な狩猟、殺虫剤DDTの散布によるものと考えられていたが、同殺虫剤が1972年に使用禁止になったほか、毒物を使用した狩猟が禁止となり、白頭ワシの巣の数は、1988年から1993年の間に年間平均10%の割合で増加していき、個体数も1963年の417羽から1993年には4,000羽以上を数えるほどに回復したため、1994年同局により白頭ワシの「絶滅の危機にある種」から「絶滅の恐れのある種」への降格が提案されるに至った。 しかし、絶滅法の反対者達は「国内で21種のみがリストから削除されただけだ。(7種の絶滅、誤って登録された9種、実際に回復した5種)」と訴え、「1973年から1993年にかけて、絶滅の危機から恐れに11種が回復しただけであり、そして、白頭ワシに代表される多くの種の回復はDDTの使用禁止などに因る他の法律に基づくものである。」と主張し絶滅法の有効性を否定している。 3 絶滅法の諸問題 (1)個人土地所有者 同法は、政府の活動ばかりでなく個人土地所有者にも及んでくるため、絶滅種が発見されると、その地域での森林伐採などの商業活動ばかりでなく、家を建てるなど「種を悩ませる行為」及びその他の経済活動がほとんど禁止されることになる。このため、種が見つかり同法の重要な生息地に指定されることは、土地所有者にとって自分の土地が自由に利用できないこととなってしまう。 自然保護団体は、同法を自然保護運動の切り札として駆使し、連邦政府及び開発業者との論争を繰り広げ、守りたい土地に絶滅種が確認できれば保護できる可能性が高くなってきている。会計検査院のレポートでは、魚類・野生生物局によって登録されている絶滅種の90%以上が私有地内に生息地を持ち、そのうち516種の主要な生息地が私有地内に存在していると報告されている。 (2)付随的捕獲(Incidental taking)の許可 同法第7条において、登録種の生存を妨げることがないと証明される連邦政府事業については実施することができるよう規定されている。しかし、民間事業者にはこのような規定は適用されてなかったため、個人が登録種を傷つける結果となった場合は法律違反行為となっていた。 1982年、このような個人土地所有者の負担を軽減するため、連邦議会は同法第10条の改正を決議し、民間事業者が私有地内に生息する絶滅種を保護するための生息地保護計画(HCP:Habitat Conservation Plan)を魚類・野生生物局に提出し承認された場合、土地開発を容認することとなった。すなわち、他の法律に抵触しないかぎり開発に伴い必要となる絶滅種の捕獲(付随的捕獲)が認められることとなった。 連邦議会は、絶滅種と個人土地所有者の間の争いを避け、絶滅種とその生息地保護のために個人土地所有者、地方自治体、そして連邦政府の協力体制を築く枠組みを整備したわけであるが、1996年現在、HCPによる付随的捕獲許可は合計112件承認され、約200件が承認手続き中である。 (3)連邦議会の混乱 絶滅法制定以来20年が経過した今日でも、同法の是非をめぐる対立は激しく続いている。1995年から96年の第104連邦議会では、同法の廃止を求める共和党とその阻止を目指す民主党との対立が激化した。特に共和党は何の補償もなしに私有地の利用を規制することは憲法で認められた私有財産権の侵害に該当するとして同法の改正を迫った。これに対し、同法を執行する内務省などは、補償制度が導入されればその補償予算がかさみ、生物保護に回す予算がなくなると応酬した。最終的に共和党は民主党の支持を得るため、同法の規制により20%以上の価値が奪われた土地のみを補償の対象とするよう譲歩し議会を通過させたが、クリントン大統領によって拒否権が発動され改正案は成立するに至らなかった。 4 絶滅法に関する訴訟 (1)テリコ・ダム(Tellico Dam,Tennessee)の建設差し止め 1966年、テネシー州のリトル・テネシー川にテネシー渓谷開発公社(TVA)によって、多目的ダムとしてテリコ・ダムの建設工事が開始された。同ダム建設により、洪水の防止や電源開発を始めとし周辺3カウンティーでの経済開発が期待されていた。ところが、1973年の絶滅法が制定される直前、テネシー大学の学生によってダム近くの上流付近で非常に珍しい矢魚(Snail-darter, スズキ科の淡水魚)の生息が発見された。ダム建設反対派は、この矢魚を絶滅法の下、保護することにより建設中止を目指すこととなった。1975年、矢魚は内務省魚類・野生生物局により絶滅の危機にある種に登録され、ダム建設現場付近が重要な生息地と指定されることとなった。そして、1978年、連邦最高裁判所(TVAv.Hill)においてTVAによる同ダム建設の継続は、絶滅種の生息に著しい影響を及ぼすとして、約1億3,000万ドルを投入し95%完成していた建設工事を中止する判決(6対3)が下された。この判決により、絶滅法は「どんなに費用をかけてもリストに掲載された種の完全な保護を求めている。」と定義づけられたかに思えたが、最終的には、TVAによって矢魚の他の小河川への移転放魚が行われ、その成功が確認された後の1979年、連邦議会は、同ダム建設を絶滅法の適用外とし、翌年度中に当ダムの建設工事を完成させる歳出予算法案(Appropriations Bill)を通過させ、ジミー・カーター大統領が署名し、同年の暮れに同ダム建設を完了させた。 (2)北まだらふくろう(Northern Spotted Owl)の登録 北まだらふくろうは、丸い頭と黒い目を持つ神経質な鳥で、その羽毛は主としてこげ茶色で頭と首の後部に白い斑点があり、胸から腹にかけてしま模様がある。雄鳥は平均582グラムあり、雌は637グラムある。この種は渡り鳥でなく、カナダのブリティシュ・コロンビア南西からカリフォルニア州の南西海岸などアメリカ大陸太平洋岸の森林に生息している。このふくろうは樹齢200年を超える原生林にしか巣を作らず、縄張りが5000エーカーと広いため、太平洋岸地域の原生林伐採によって減少が続いており、残っている個対数は約1500と推定されている。 1987年1月に自然保護団体グリーンワールド(Greenworld)がこのふくろうを絶滅法のリストに登録すべく魚類・野生生物局に嘆願書を提出したが、同局は生息状況を調べ専門家などから意見を聞いた後、同年12月にリスト登録を拒否した。その後1988年5月、自然保護団体らがリスト登録を求めシアトル連邦地方裁判所に提訴した。連邦地裁は、同年11月に同局の登録拒否判断過程において不明瞭な部分があるとして、同局に嘆願書の再審査を命じる判決を下した。魚類・野生生物局は再調査の後、1989年6月に正式に北まだらふくろうをリストに掲載することを宣言・告知し、翌年6月に「絶滅の恐れのある種」として登録が完了した。 この登録により、ふくろう保護のためにオレゴン州を中心として森林の伐採が制限されることとなり、約2万8000人の林業関係者が職を失う恐れがあり地域経済及び地方財政への影響が大きいとして、地元では林業関係者を中心に伐採禁止措置に反対する立場をとっている。 (3)絶滅法の適用範囲(Babbitt v.Sweet Home) この裁判は、絶滅法にある絶滅種に対する禁止行為の法的解釈を争う訴訟であり、同法の規定により保護される生物に対し、苦しめる(harass)、害をくわえる(harrn)、追いかける(pursue)、狩猟する(hunt)、銃で撃つ(shoot)、傷つける(wound)、殺す(kill)、罠にかける(trap)、つかまえる(capture)そして集める(collect)行為が禁止されているが、これらの禁止行為の中の「harm」の対象範囲が争点となった。 魚類・野生生物局により同法成立の2年後に作成された同法規則では、「harm」とは絶滅種の生存を困難にするような著しい生息地の改良(modification)を含むとし、1994年、連邦政府は太平洋岸北西地域における北まだらふくろう保護のための森林伐採計画を発表した。同計画内容は、ふくろうのツガイ周辺1000から4000エーカーの連邦地及び私有地内での森林伐採を禁ずることであり、国有林及び企業所有林においての計画推進は可能であったが、小規模な森林所有者にとっては一切の活動が禁止されることにもなりかねなかった。 小規模土地所有者及び林業経営者で組織されているスイート・ホーム(Sweet Home)は、「同法禁止行為の「harm」とは、狩猟や罠にかけたりするような直接的な生物へ危害を与える行為を意味するもので、生息地の改良は含まれない。」「私有地での制限は、憲法で認められている私有財産権を踏みにじるものであり、そのような規則の合法性は無効である。」と主張し、同計画の無効を求めワシントンD.C.の連邦地方裁判所に提訴したが、同地裁は魚類・野生生物局による同法規則は有効であると判断しその訴えを却下した。 一方、控訴審では「1982年の同法改正により創設された付随的捕獲(Incidental Taking)許可に見られるとおり、連邦議会は絶滅種に対する直接的な害のみを「harm」の範囲であると解釈している。」として逆転判決が下された。しかし、1995年の上告審では、第1回冒頭陳述から、控訴審の「harm」に関する狭義的な解釈に疑問が投げかけられ、慎重な審理の結果、6対3の評決をもって、「魚類・野生生物局による絶滅種の生息地改良も「harm」に含まれるとした広義的な解釈は合理的判断である。」として控訴審判決を覆えす判決が最終的に下された。ジョン・ポール・ステイーブンス(John Paul Stevens)判事は、「絶滅法成立時、連邦議会は同法の執行を内務長官に委任しており、絶滅種保護に関する規則制定には自由裁量の余地がある。」との見解を述べた。 この論争は、15年以上に及ぶ絶滅法に関するもっとも重要な連邦最高裁判所裁判として注目され、この判決で絶滅種保護のために私有地の伐採及び開発を制限する連邦政府の権限は支持されたこととなり、控訴審の判決は国有地以外の土地で同法をほとんど無意味なものにしてしまっていると主張していた環境保護推進者やクリントン政権にとって大きな勝利をもたらした。そして、この判決は先に述べたとおり、共和党支配の連邦議会を通過した同法改正案(個人土地所有者への補償)に対する大統領の拒否権発動の引きがねになったと言われている。 第2節環境法制定 1 国家環境政策法(NEPA: National Environmental Policy Act,1969) (1)国家環境政策法 絶滅法制定にともなって1969年に国家環境政策法が連邦議会を通過し、1970年にリチャード・ニクソン大統領によって署名された。同法は、世界で初めて環境影響評価(EIA: Environmental Impact Assessment)の実施を法律で定め、連邦政府の行為に対する自然保護の配慮を求めたものであった。また、大統領府に「環境の質に関する諮問委員会」(CEQ: Council on Environmental Quality)を設置し、国の環境政策を監視するとともに毎年アメリカの環境に関するレポートの提出を義務付けた。 (2)環境評価(EA: Environmental Assessment) 国家環境政策法は、「人間と自然が生産的に共存し、社会的、経済的な欲求を満たす」ことを目的とし、連邦政府の意思決定行為の過程で環境の価値を考慮するよう求めている。すなわち人間環境に著しい影響を及ぼす立法行為及び提案やその他の連邦政府の活動に対し、環境影響評価書の提出を義務づけるものとなった。政府機関は、開発事業や許可などの連邦提案行為について、環境影響評価書の作成が必要か否かを判断しなければならないが、提案行為の実施後、人間環境に著しい影響が生じる可能性がある場合、環境影響評価書の提出を要求されることとなった。この判断出続きが環境評価と呼ばれ、提案される行為の環境への影響、代替案などが簡潔に述べられた文書が一般に公表される。また、人間環境に著しい影響を与えないゆえに環境影響評価書を作成する必要がないと判断した場合、その根拠を明らかにした文書を保存しておかねばならない。 (3)環境影響評価書(EIS:Environmental Impact Statement) 環境影響評価書とは、計画・政策や開発事業が実施される場合、それらによって生じる恐れのある環境への影響について、事前に調査・予測を行い、各種の代替案を比較検討することである。この環境影響評価書には、同法102条に次のような5項目に関する記述が求められている。 ・提案される行為に関する環境に与える影響 ・避けることができない環境への負の影響 ・提案される行為の代替案・地域における人間環境の短期的利用と長期的な生産性の維持と向上の相関関係 ・提案される行為が実施された場合、その行為にともない取り返しがつかない資源の投資 (4)EIAの適用範囲 同法の適用対象は、人間環境に著しく影響する恐れのある連邦政府の活動と立法行為であり、政府の活動とは連邦政府機関が直接行う活動はいうまでもなく、他人の実施する行為の承認、資金援助、許可等の行為も含まれている。EIAの対象は以下のとおりとされている。
(5)環境影響評価書の提出 1979年から1992年の間にCEQに提出される環境影響評価書の件数は、年々減少傾向をたどり、1992年には512件となっている。内訳は、森林及び放牧地管理の農務省並びに道路建設の運輸省がともに129件と最高で、次いで国立公園管理、鉱業開発などで内務省が79件、河川改修事業などで陸軍工兵隊の56件となっている。(表4‐3、4参照) |

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2 国家環境政策法に関する訴訟 (1)訴訟件数と連邦機関 国家環境政策法に関する訴訟は、1992年には、内務省、農務省、運輸省など公共事業関係官庁を対象に81件の訴訟が起こされ、そのうち5件の差し止め命令の判決が出されている。訴訟の理由は、事業に対し環境影響評価書の提出を求める「EISの未提出」が39件と多く、次いで「EISの内容不備」が25件となっていた。また、訴訟の原告は、環境NGOが34件、個人や市民団体が26件、地方自治体が15件となっている。(表4‐5、4‐6、4‐7参照) |





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(2)政府歳出予算案は第102条に規定されている適用対象に含まれるか (Secretary of the Interior v.Sierra club) 1979年、シエラクラブなど3団体は、内務省魚類・野生生物局によって執行されている野生生物保護区制度(National Wildlife Refuge System)に関する政府歳出予算削減は、人間環境に著しい影響を及ぼす政府提案にあたり、環境影響評価書の提出が必要であると主張し、その歳出案の差し止めを求め連邦地方裁判所に提訴した。 シエラクラブ側は、野生生物保護区制度の予算削減の提案は、国家環境政策法第102条に規定されている環境影響評価書提出が要求される立法行為にあたるとして、当該制度を管理する内務省魚類・野生生物局と予算管理局によって環境影響評価書の提出が伴われるべきであると主張した。第一審の連邦地方裁判所は、シエラクラブ側の要求を認め当該予算削減案は第102条の適用対象に含まれるとして環境影響評価書の提出を求めた。 しかし、控訴審はその判決を覆えし、同法第102条は進行中のプログラムの恒常的な予算案を適用対象としないとの判決を下し、環境影響評価書は著しく環境に影響を及ぼす連邦機関による新たな活動に伴う予算案の場合のみ、その提出が要求されるとした。 |
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第1節 国有地と地方財政 1 国有地と収益配分 連邦政府によって管理されている国有地内の資源の売却や使用から得られる収入(全額または一部)は、歳入分与(RevenueSharing)としてそれらの国有地を有する地方自治体に配分されている。1995年度、内務省土地管理局の管轄からは、鉱業法や鉱業リース法に基づく油田、石炭など鉱物の売り上げまたはリース料、テイラー放牧法による放牧地の使用料などから総額約1億364万ドルの収益があがり、これらの収益のうち約80%の8155万ドルが分配金として地方自治体(主として州およびカウンティー)に還元されている。 2 税補填制度(Payment in Lieu of Taxes Program) この制度は、地方自治体内に位置する国有地に対し財産税の補填支払を内務長官に命じている税補填交付金法(PILT Act: Payment in Lieu of Taxes Act,1976)に基づいて実施され、内務長官は同法の執行を連邦政府機関内でもっとも多くの国有地を管理している土地管理局に任せている。同補填金は、通常財産税を徴収しているカウンティー単位(カウンティー政府が存在しない所ではタウンまたはタウンシップ)ごとに積算され支払われることとなり、当交付金は、警察、消防、学校バス、その他道路の補修など自治体の裁量により支出することができる。広大な国有地を有するカウンティーにとっては、財産税の補填として支払われる当交付金が安定的な財源収入となっている。 1966年度には総額1億130万ドルが支払われ、ニュー・メキシコ州は最高の1197万ドル、次いでカリフォルニア州が1098万ドル、アイダホ州が799万ドル、そしてネバタ州が706万ドルの補填金を受け取っている。(表5‐1参照) (1)6902条(31U.S.C.6902)交付金 対象国有地は、林野庁所有の国有林、国立公園局、魚類・野生生物局及び土地管理局によって管理される土地、そして連邦水資源開発プロジェクトに使用されている土地となっている。また、陸軍工兵隊管轄のしゅんせつ処理地、非産業目的のために使用される軍事施設、州または地方自治体から寄付された土地も含まれる. ・1995年度の算定公式 地方自治体に支払われる交付金の額は以下の算定公式AまたはBのいずれか高い方の金額が交付対象金額となる。 算定公式A:地方自治体内の対象国有地を1エーカーあたり93セント(1996年度は1ドル11セント)とする。ただし、前年度に地方自治体が受領した国有地からの収益分配額は控除される。 算定公式B:地方自治体内の対象国有地1エーカーあたり12セント(1996年度は15セント)とする。この場合、前年度に支払われた分配額は控除されない。 また、地方自治体への国有地対象金額には人口規模による上限額が設定され、5,000人以下の62ドルから1000人ごとに一人あたりの単価が決められており(表5‐2参照)、国有地対象金額(対象国有地面積×93セント)は人口規模上限額を超えることができない。 ・例1 人口18,500人、国有地面積88,442acresのカウンティーの場合 人口上限額(19,000×$34.50) $655,500 A 国有地対象金額88,442acres×¢93 $82,251 前年度分配金控除額 $36,435 カウンティーへの交付対象金額 $45,816 B 国有地対象金額88,442acres×¢12 $10,613 前年度分配金控除額 $0 カウンティーへの交付対象金額 $10.613 この場合$45,816が交付対象金額となる。 控除対象となる連邦政府からの国有地分配金制度(FederalLandPayment)は表5‐3のとおりである。もし、この分配金の全部または一部を州法により学校区または特別行政区に再配分するよう要求されている場合、この再配分された分配金は、カウンティー政府によって受け取られていないと判断され控除対象から除かれる。控除される金額の合計がそれぞれ知事から毎年土地管理局宛に報告されることとなっている。 ・例2 人口11,500人、国有地面積81,391acresのカウンティーの場合 人口上限額(12,000×$41.00) $492,000 A 国有地対象金額81,391acres×¢93 $75,694 前年度分配金控除額 $82,792 カウンティーへの交付対象額 $0 B 国有地対象金額81,391acres×¢12 $9,767 前年度分配金控除額 $0 カウンティーへの交付対象額 $9,767 この場合$9,767が交付対象金額となる。 ・例3 人口2,500人、国有地面積1,700,000acresのカウンティーの場合 人口上限額(3,000×$62.00) $186,000 A 国有地対象金額1,700,000acres×¢93 $1,581,000 人口上限額 $186,000 前年度分配金控除額 $750,000 カウンティーへの交付対象金額 $0 B 国有地対象金額1,700,000acres×¢12 $204,000 人口上限額 $186,000 前年度分配金控除額 $0 カウンティーへの交付対象金額 $186000 この場合$186000が交付対象金額となる。 例3のように国有地の割合が高く人口の少ないカウンティーの場合、算定式A、算定式Bの両方に人口上限額が適応される。 (2)6904条(31 U.S.C.6904)交付金 法律の6904条は、1970年12月31日以降に取得され、国立公園制度及び国有林原生自然地域に加えられた土地のための交付金を準備している。これらの土地は連邦政府による取得以前の5年間、地方財産税の対象となっていたものでなければならない。交付金算定にあたっては、それらは取得時点の市場価格の1%を基にし、取得された前年度に徴収された財産税評価額を超えない範囲で積算されることとなり、連邦政府による土地取得後の5年間支給される。 また、100ドルを超える当該交付金は、これらの土地取得のため財産税の喪失を招き、影響を受ける学校区や行政区に当該交付金を受け取った団体が再配分しなければならない。当該交付金は連邦政府によるこれらの土地の取得後に影響を受ける地方自治体や学校区によって評価・徴収されていた税収を賄うものとなる。 (3)6905条(31 U.S.C.6905)交付金 6905条による交付金は、1980年12月23日の法律によってレッドウッド国立公園(Redwood National Park,California)もしくはタホ湖(Lake Tahoe,California and Nevada)周辺で政府により所有される土地に対し交付金措置を認めたものである。当該交付金は、交付支給額が土地取得時の市場価格の5%と同額になるまで5年を限度に措置されるが、各年の交付額はその財産が連邦政府によって取得された年の前年度の評価・徴収額を超えることができない。 (4)その他の調整 例えば、1994年度ワイオミング州会計検査局は1989年から1993年度の連邦土地分配金の報告を修正した。修正はワイオミング州のカウンティーによって受領されていた鉱物リースからの収益配分をPILT控除に含めていなかったと説明され、土地管理局がその修正報告をもとに1989年から1993年までのそれぞれのカウンティーのPILT交付金額の再計算を行ったところ、過去5年間に21のカウンテイーで合計約370万ドルの過払いとなっていた。土地管理局は、それぞれのカウンティーのPILT過払い交付金を向こう5年間で相殺することとなった。 (5)補正係数 上記、6902、6904、6905条によって積算された交付対象金額に、各年度ごとに補正係数(1995年0.77373、1996年0.68330)を掛け最終の交付額が算出される。 |



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第2節 森林保護と地方財政 1 国有林からの収入 (1)収益25%配分(25% of the revenue) 国有林の地方自治体への収益分配は、法律(Act of May23,1908 Agriculture Appropriation Act)によって実施され、林野庁は所管する国有林内からの木材生産、放牧地使用料、レクリエーション施設、鉱業などから得られる収入の25%を国有林の位置するカウンティーに支払うことになっており、連邦国有地分配金(Federal Land Payment)制度の中では最も多額の資金が地方自治体に還元されている。当該支払金はカウンテイーでの学校運営や道路維持管理の重要な財源となっている。 1996年度の総分配額は2億5571万ドルとなっており、金額がもっとも多いのはオレゴン州(約1億1979万ドル)、次いでカリフォルニア州(5098万ドル)、ワシントン州(3191ドル)、アイダホ州(2522万ドル)と広大で良質の国有林を有する西部太平洋岸諸州が上位を独占する結果となっている。(表5‐4参照) (2)国有林政策の変遷と地方財政 第3章第2節で紹介したとおり、林野庁は原生自然地域の増設及び絶滅法など生物保護政策の推進により、森林伐採に対する制限が増え、木材生産量が減少して国有林からの総収入も減少をたどってきたが、国有林の収入減少はカウンティーの財政収入の減少をももたらすという相関関係にある点が注目される。国有林の多い西部諸州にとっては、連邦の自然保護政策の如何が地域経済のみならず地方財政面にも大きな影響を与える事実を見逃すことができない。 |


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2 財政支援策 (1)北まだらふくろうの影響 前章でも触れたが、絶滅法により「絶滅の恐れのある種」に登録された北まだらふくろうは、オレゴン州を中心にワシントン、カリフォルニア州の太平洋岸一帯の原生林を主な生息地としている。登録以降、林野庁では国有林内での森林伐採が厳しく制限されたことにより収入が大きく減少し、特に豊富な森林資源に頼った林業を主要産業とするオレゴン州経済にとって重大な痛手となったと同時に、カウンティー政府の財政収入にも影を落とした。 (2)オウル・ギヤランテイー(Owl Guarantee) オウル・ギャランティーは国有林が位置し、北まだらふくろうの保護政策によって影響を受けるカウンティーの損害(国有林からの分配金減少)を最小限に止めるために1993年10月に法制化された財政援助策である。同制度は、フクロウの生息地を抱える国有林が位置するカウンティーを適用対象とし、1991年度まで遡り国有林からの分配金の減少分が補填されることとなった。 過去5年間に支払われた平均金額の一定補償割合(表5‐6)と収益の25%のうち高い方を分配金として支払うことができるが、支払い額が国有林から得られた総収入額を超えることはできないこととされている。 ![]() (3)オウル・ギャランティーとカウンティー 1996度、オレゴン州の36カウンティーの内31カウンティーに国有林分配金(9,499万ドル)が支払われており、同制度の適用対象となったカウンティーは22にも及んでいる。同様にワシンントン州でも27カウンティーが同分配金(2,938万ドル)を受け取り、20カウンティーが同制度適用対象となっている。同制度がなかった場合それぞれの州への分配額は、3,208万ドル、612万ドルと試算され、同制度適用により分配金の激減が防がれ、安定的な財源確保が実現している。(表5‐7、8) また、表5‐9はオレゴン州のカウンティー政府により徴収された財産税と国有林分配金及び土地管理局からの税補填交付金を一つの表にまとめたものである。同州への税補填交付額は、国有林分配制度(25% of the revenue)からの支払額が控除対象となるため、国有地の広さの割に小額なものとなっている。 当該分配額(税補填交付金を含む)は、カウンティー政府の主要自主財源である財産税徴収額に対し、全体で4.61%、最も割合が大きいグラント・カウンティーでは約89%にも上り、7カウンティーで30%を上回っている。 |



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第3節 私有林における森林管理政策 国有林は、農務省林野庁により直接管理されているが、私有林については基本的に各州の森林管理法に従って保護政策が推進されている。ここでは、全米で屈指の森林州であるオレゴン州の事例を紹介する。 1 オレゴン州の森林 (1)森林所有者 同州の面積は6200万エーカー(約25万km2であり、このほぼ半分の2,730万エーカー(約11万km2)は森林で覆われ、林業は州経済の基盤産業として発展してきた。これらの森林のうち47%が13の国有林、10%が土地管理局の所有林、38%が民有林となっており、連邦森林政策の変化は直ちに州経済に混乱を与える結果となっている。特に絶滅種として登録された北まだらふくろうと霜ふりウミスズメ(Marbled murrelet)の生息地確保のため森林伐採が制限され、「雇用か保護か」の間で揺れ続けている。 |

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(2)森林伐採 国有林と同様に同州の林業を支えてきた個人所有林は、国有林の伐採規制が拡大するにつれ重要な役割を負ってきており、非産業林〔典型的に5千エーカー(約20km2)以下の森林で企業林でなく個人所有の森林〕の伐採は1981年以来2倍以上に増えるとともに企業所有林の伐採もまた同期間中増え続けている。1993年の資料によると、同州における森林伐採の半分以上が企業林によるものとなっており、伐採比率の相関関係から見ると、私有林の重要性が増加してきている。また、個人森林伐採の特徴は、木材生産の殆どが1920〜1940年に植林されたものである。私有林は再植林され、同州の長期的木材供給維持の大きな役割を担ってきている。 |

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2 オレゴン州の森林管理政策 (1)オレゴン森林管理法(Oregon Forest Practice Act,1971) オレゴン州政府は、継続的な森林生産を続けている個人所有林の生産性を保つための法律を整備するに至った。オレゴン森林委員会と同州森林局は、1971年に個人所有林等からの木材供給継続、そして健全な土壌、空気、水及び野生動植物資源の一貫性を保持するため、当時としては先進的なオレゴン森林管理法を施行した。同法は、州内の私有林及び州有林の「森林再生」を目標に数多くの規則を設け、州の基幹産業の保護育成と同時に木材供給と自然保護の両立を目指すものであり、他州および国有林管理の教科書ともなった。 (2)オレゴン森林管理法の規則 森林管理法の規則の主たるものを以下に紹介する。 ・活動通知 私有林所有者は、森林伐採、道路建設、化学薬品使用、土地の開墾、枝うち、間伐などの行為を行う場合、少なくとも15日前までに目的の種類及び場所などの基本的情報を州森林局に届け出なければならない。 ・化学薬品使用 除草剤、殺虫剤及び肥料は森林の成長や病気の防止に役立つが、これらの化学薬品がもし適切に取り扱われなければ人体のみならず飲み水にも影響を及ぼす可能性がある。同法の規則では、これらの化学薬品の使用による危険を最小限に食い止めるため、使用者に化学薬品を散布する場合に使用時の気候状況などの詳細な記録を報告するよう義務付けるとともに、化学薬品使用者には森林局発行のライセンスを必要とする規則も盛り込まれた。 ・伐採(Clear-cut)の制限 一人の所有林において、伐採は120エーカー以内に制限されて、伐採後の土地に植林が施され、それらが一定限度の密度に成長するまで、クリアー・カットされた場所から300フィート以内は伐採禁止となる。 ・動植物保護 25エーカー以上の伐採の場合、そこに生息する動植物を守るため、1エーカーごとに2本の倒木と2本の木を残さねばならない。 ・植林 森林伐採後12か月以内に植林を始めるよう要求し、再植林を始めてから12か月以内に完了させるとともに、1エーカー内に少なくとも200本の木を植林終了後5年以内に育てねばならない。 ・罰則規定 これらの規則に違反するものには罰金が科せられるとともに、同法の適正な執行のため森林局職員が苗木の成長及び森林密度の監視を行っている。 ・その他の制限 水源及び魚の生息地保護のため、小川周辺の森林及び景観保護の面から指定された道路付近の森林の伐採には制限が加えられている。 (3)森林法の成果 25年前に制定された全米で最初の森林管理法は、生産者にとっては厳しい規則であったが、国有林における森林政策の変遷にもかかわらず、この法律の存在のため安定した木材供給が約束され、生産者自らを助ける法律として実践されてきた。同法の制定は各州に広がり、アメリカにおける私有林の保護・育成の柱となっている。 参考文献等 <英文>
<日本語>
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