自治体国際化フォーラム

地域の国際化活動に有益な情報を、地方公共団体をはじめ関係者に広く紹介する“自治体のための国際化情報誌”「自治体国際化フォーラム」を毎月発行し、都道府県、政令指定都市、特別区、全国の市町村、地域国際化協会等に無料で配布しており、発行部数は6,000部に上っています。 特集等のテーマについてのご要望、地域の情報、ご意見等を担当課までお寄せください。


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大カンザスの平原をゆく(アメリカ横断ウォーク2001を激励・視察して)


ボタン はじめに〜「アメリカ横断ウォーク2001」とは

ボタン カンザス州ヘイズ市の概要
ボタン ヘイズでの活動の概況

ボタン
おわりに


ボタンはじめに〜「アメリカ横断ウォーク2001」とは

 アメリカ横断ウォーク2001」(日本ウォーキング協会、読売新聞社主催、総務省・外務省・文部科学省・環境省・(財)自治体国際化協会ほか後援)は、サンフランシスコ講和条約調印50周年を記念するとともに、37年前にサンフランシスコからニューヨークまで徒歩で横断を果たした5名の学生の功績を称え、21世紀にその精神を活かすことを目的として、2001年3月から9月までの半年にわたり実施されたものである。

 この事業は、参加者が首都ワシントンDCからサンフランシスコまでの約3,200マイル(約5,000km)を徒歩で横断するというものであり、多数の応募者から選抜された知力・体力あふれる前途有為な日本の若者13名(うち女性は8名)が横断隊に参加し、このほどみごとにゴールインを果たしたのは記憶に新しいところである。

 この事業では、横断隊隊員が、いわば民際外交大使としてアメリカ国内の地域の方々との草の根の交流を通じて真の友情を育み、日米両国の相互理解を深めることをねらいとしており、通過地の先々において姉妹交流イベントに参加するなど、国際交流の推進に大きく寄与してきた。当協会では、本事業の持つ意義に鑑み、後援者としての立場から、後方からの支援を行ってきた。7月2日から3日にかけては、事業の実施状況の実地視察と隊員の激励に赴いたので、その模様を報告することにしたい。




ボタンカンザス州ヘイズ市の概

 3月30日にワシントンDCを出発した横断隊は、バージニア、メリーランド、ウエストバージニア、オハイオ、インディアナ、イリノイ、ミズーリの各州を通過し、6月の半ばにカンザス州に入った。

 隊員が6月30日から7月6日までの1週間にわたり活動の拠点としたヘイズ市は、アメリカ合衆国中西部のカンザス州にある。米国の地図を4つ折りすると、ちょうど折り目の交差する点に当たるような、文字どおりアメリカの地理的中心といえる場所に位置している。人口はおよそ1万8,000人で、4方すべて地平線が見渡せる緑の大平原の中にあって、碁盤状に区切られた整然とした街並みを有する小都市である。その昔は、西部開拓者の保護に当たる連邦騎兵隊とネイティブ・アメリカン(インディアン)との間で激しい紛争が繰り広げられた土地で、インディアン対策のための砦が築かれていたことでも有名である。また、有名な保安官ワイルド・ビル・ヒコックが活躍するなど、荒くれ者が闊歩する西部の典型的な歓楽地でもあった。

 その後、インディアンの撤退、鉄道の開通、農業の発達、ドイツ系移民の集団入植などにより、ヘイズは周辺地域における農商業の中心地として発達し、古い時代の文化遺産を活用しながら現在においても発展を続けている。




ボタンヘイズでの活動の概況

 7月2日、隊員の宿泊するヘイズ・ハンプトン・インにヘンリー・シュウォーラー・ヘイズ市長ほか10名の市関係者が来訪した。隊員が催したビアパーティーに出席した市長は、あいさつの中で心からの歓迎の意を表するとともに、事業の意義と隊員の苦労を称え、「ここヘイズでは、みなさんは典型的な西部アメリカの姿を目にすることになるでしょう。」と述べた。

 7月3日、隊員はウォーク隊と交流班に分かれ行動を開始した。当協会の職員も二手に分かれ、1名がウォーク隊に参加し、半日の行程をともにするとともに、1名が地元小学校において、隊員と子どもたちとの折り紙を通じた交流の模様を視察した。

 この日のウォーク隊は、ウェイクニーからクインターまでの32kmを歩いた。日中は、照りつける太陽をさえぎるような雲ひとつなく、地表温度は摂氏50度を超える大変な暑さで、水分補給と日焼け対策は不可欠である。人家と人家の間は何kmも離れており、地平線の彼方まで続くような広大なとうもろこし畑や小麦畑の中の一本道をひたすら歩くことになる。日本ではお目にかかれないような超大型の農耕車両が通りかかるたびに、砂利道からはもうもうと粉塵が巻きあげられるような悪コンディションである。

 随行スタッフの苦労も見過ごしにはできない。隊員は常に伴走車両から見守られており、体調に変化をきたした隊員はすぐさま車両にピックアップされる。その他、隊員の昼食の調達、飲料水の管理など、その気配りは相当なものである。

 一方、交流班の3名は、午前は幼児から中学生までのサマースクール、午後は高齢者用の共同住宅を訪問し、折り紙による日本文化の紹介を行った。一片の紙からピカチュウや飛行機などの様々な形が生まれる様子に、子どもたちは興味津々で、隊員は折り方を尋ねて押し寄せる子どもたちの対応に大わらわとなった。




ボタンおわりに

 1日に目標どおりの距離を歩きとおすためには、かなりのハイペースで歩く必要があり、過酷なコンディションの中でのウォーキングは大きく体力を消耗する。しかしながら、隊員とともに過ごした2日間のうちには、誰1人として弱音を吐く者はおらず、横断隊の士気はきわめて高いものがあった。マメだらけの足を見せながら「お嫁に行けないかも」と冗談を言って笑う女性隊員のさわやかな笑顔が印象的であった。

 カンザス州の愛称は、「サンフラワー・ステイト」であるが、隊員たちも人々との出会いや隊員相互の協力関係を通じて向日葵のように日ごとに成長し、豊かな人間性を育みつつあるようであった。

 今回の事業を通じ、米国社会とその文化に関する深い理解と洞察の力を得た彼ら隊員たち。若い彼らの今後の活躍に注目するとともに、国際交流の架け橋となるような人材がわが国においてますます増えていくことを期待したい。