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韓国では、1994年の地方自治法改定を受け、昨年、過去に例のない大規模な市・郡統合が行われた。しかし、統合までに様々な問題が発生し、大統領府、内務部、政界、地域住民を巻き込む様々な議論と経緯を経ている。今月号では、韓国の市・郡統合に至った背景、経過などの解説を行い、これからの韓国における地方自治の課題、将来展望を考えてみたい。
(財)自治体国際化協会ソウル事務所
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| 大韓民国(以下、韓国)において過去に例のない規模の市・郡統合(合併)が、1995年(平成7年)1月1日付および5月10日付で行われた。今回の市・郡統合は、1994年3月の臨時国会における地方自治法の改定において、同法第7条に挿入された「市と郡を統合する地域や、人口が5万人以上の都市形態の地域においては、郡を都・農複合形態の市とすることができる」との条項に根拠を置いている。同法の改定後には、数か月間にわたり青瓦台(大統領府)、内務部、政界、さらに統合対象の地域住民を巻き込み、様々な論議と経緯の後に統合に至った。また今回の統合が契機となり、3直轄市(現在は広域市)の広域化という行政区域改編も実施され、1995年6月27日に実施された統一地方選挙実施前に韓国の行政区域は大きく変化した。 |
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都・農統合型/市・郡統合の背景 今回の行政区域改編は、当初よりかつて分離された市・郡の統合を目的とし、住民意見調査や行政区域改編が、全国的なレベルで一斉に行われた点でも注目を集めた。このような「都市・農村統合型」行政区域改編の背景を、内務部は「市・郡統合推進中間決算」において次のように説明している。第一に、地域の均衡ある発展を目指すためである。従来は同一生活圏を人為的に分離する形態の行政区域改編が行われてきたが、農村部(郡部)は地域の中心地を喪失し、継続的に人口が減少するなど地域の発展が沈滞した。また一部の市地域でも人口が減少し、市昇格当時の人口5万人に満たない現象も発生した(三陟市、金泉市、羅州市、店村市、密陽市など)。このような結果、41の郡庁所在地が郡内ではなく、隣接した市の地域内に位置しているのみならず、市周辺地域の住民が生活圏などを理由に市への編入を要求する事例が多く発生した。 第二に、広域行政を妨げる原因の解消である。1990年に30年ぶりに構成された市・郡の基礎自治団体議会では、地域間の利己主義と対立により都市計画、上下水道、ゴミ処理など広域行政を妨げる事態が多数発生した。このような傾向は、1995年6月の統一地方選挙後の民選首長誕生以降では、さらに深刻化するものと予想されたためである。 第三に、規模拡大による財政力強化である。ウルグアイ・ラウンド交渉の妥結以降、国際競争力の強化のために自治団体の経済力を高めることが強く主張されてきた。前記資料によると市・郡統合がなされる場合には、経常費(施設運営費など)の節減は各基礎自治団体当たり150億ウォン(約21億円)と予想されるという。また保健所、水道事業所、農村指導所、公設運動場、文化芸術会館などの公設施設の共同設置や運営に資する点が多いことが挙げられている。 第四に、伝統文化の継承発展と住民和合への寄与である。同一文化圏でありながら、市・郡別に各々が広報を行い、遺物保存などを行わねばならない点である。同一生活圏に属する人々を人為的に分離した過去の行政区域改編により、地域間の異質感、葛藤現象を招いたことが挙げられている。
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統合推進の方法と日程 内務部は1994年3月17日に、市・郡統合の対象選定基準など、次のような推進の方針を発表した。
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広報・公聴会、住民意見調査の実施
次いで4月からは、市・郡の機関紙およびパンフレットなどを通じ、市・郡統合に関する広報が行われ、公聴会も開催された。広報と公聴会の内容は、地方自治法の改定内容、市・郡統合の推進方法、推進の背景および予想される問題点に対する対策などであった。 また公聴会は、市・郡の市民会館等で地域別に開催され、全国で総勢約3万人が参加した。全般的な雰囲気としては、市地域は統合に圧倒的に賛成であったが、独自に発展する可能性のある郡地域は統合に反対との結果が出た。 次に地域住民の意見調査が行われた。改定された地方自治法(第13条の2)においては、地方自治団体の長は地方自治団体の廃・置・分・合など地方自治団体の主要な決定事項に対し、住民投票に付することができるが、未だに住民投票施行令などが制定れていないことにより、該当する市・郡全地域の全世帯に対する意見調査に代えて行われた。 各道では、統合の是非を問う住民意見調査書を各世帯に配布し、後日回収するという方法がとられた。その結果、平均回収率は82.6%(最高=忠清北道忠州市96.2%、慶尚北道安東郡97.8%、最低=慶尚南道昌原市54.5%、慶尚南道昌原郡64.2%)、平均賛成率は78.0%(最高=全羅南道木浦市98.2%、全羅南道麗川郡95.6%、最低=全羅南道麗水市7.3%、京畿道陽州郡9.6%)であり、市部と郡部の平均賛成率はそれぞれ84.6%、66.9%との結果が出た。 このような結果を受け、5月30日に政府は閣僚会議を開催し、市・郡統合に伴う155の関連法令の整備と統合地域に対する政府の財政・税政的な支援策などを協議し、最終的に33市・31郡の統合と支援策を決定した。次いで、各市・郡議会および道議会が統合市の名称を議決し、6月21日に内務部は統合市の正式名称を発表した(表2−1)。 また統合が実施される1995年1月1日までの市・郡の業務的空白を防ぎ、公務員の職位保障のために、邑・面・洞や保健所、施設管理要員などの地方職公務員(事務官以下)約8000人に関し、内務部は1月1日まで人事を凍結させることとした。 このように順調に進んでいた統合作業であったが、1994年8月に崔炯佑(チェ・ヒョンウ)内務部長官が、慶尚南道の蔚山市の直轄市昇格および大田・大邱・光州直轄市を周辺の郡と合併させ地域を広域化させる行政区域改定案を明らかにした。3直轄市の広域化は比較的順調に進んだが、蔚山市の直轄市昇格問題は、金泳三(キム・ヨンサム)大統領と崔長官の選挙公約であったものの、与党内でも選挙区の調整問題などをめぐり反対論が噴出した。約1か月間におよび昇格を望む蔚山市議会や同市民団体が、連日のように陳情とデモを行い、党本部へ籠城するなどの事態も発生したが、政府、与党、地元住民などとの妥協が成立し、3直轄市と周辺の郡との統合、1997年に蔚山市を直轄市に昇格させることが確認された(表2−2)。
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第一次および第二次の市・郡統合
1995年1月1日付で33市・31郡の統合が実施されたが、3月7日に内務部は全国10地域を対象に第二次市・郡統合を行うことを発表した。順次、第一次と同様の公聴会、住民意見調査が進められた結果、3月21日に5地域の統合が決定し、4月5日に統合市の新名称が発表された。次いで5月の第174回臨時国会において関連法案が処理され、5月10日付で第二次統合が実現されている(表2−3)。これにより、韓国の地方自治団体数は「1特別市、5広域市、9道、67市、94郡、69自治区」となった。 今回の市・郡統合の特徴は、従来の行政区域改編に比較すると、まず分離から統合の方向へ転換した点、統合の是非を住民意見調査に付した点、ウルグアイ・ラウンド交渉後の国家競争力の強化という国政目標に従って推進された点が挙げられるが、幾つかの問題点も指摘されている。まず、行政区域改編が市・郡統合という推進方法により短期間に実施できたが、その反面、基礎自治団体の適性規模の問題を看過したのではないかという点である。次に、統合対象地域の基準が歴史的同一性、同一生活圏、市・郡の官庁の存在地など総合的な面から設定されたが、郡市・農村の合理的な定住体系の定着に資したか否かという点、また統合に際し、郡地域に行・財政的な特例を認め過ぎたのではないかという点など様々な問題点が挙げられており、本格的な地方自治制の開始とともに、統合市の今後の趨勢に注目が集まっている。
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