
(1) 金利低下と住宅投機発生
97年のIMF危機当時、銀行預金の利回りは16%に達する高利回りだったが、経済が安定するにつれて4%台まで下がった。行き場を失った余剰資金は条件のいい江南の不動産へと動いた。例えば、江南区大峙洞の高級アパートの価格は1坪当たり2000万ウォンに迫っている。そして、江南の不動産価格の高騰は、韓国の教育熱の高さに由来するといわれている。
(2)進学率の上昇
韓国の教育制度は、日本と同様、初等学校(日本の小学校に相当)6年、中学校3年、高等学校3年、大学4年である。義務教育期間については、1984年の教育法改定により、初等学校中学校計9年とされたが、財政上の理由から全国1律に実施できなかった。1985年から1994年までの間に離島、邑・面地域(農漁村地域に相当)の中学3年生までが義務教育となり、2002年に都市地域の中学校1年生を対象に導入、2003年には2年生までに拡大、2004年度には全学年を対象に義務教育となる予定となっている。しかし、進学率は高い。大学進学率(短大を含む)をみると80年代までは30%程度だったが、90年代に急激に上昇し、現在70%を超えている。
(3)中学・高校の平準化政策
60年代に中学受験競争の過熱に伴って、放課後の受験対策授業、教師による塾でのアルバイト、一流校への生徒の一極集中などの問題が発生した。この問題を解決するために学校群制が採用された。しかし、それは学校群内の「一流校」への一極集中という現象を新たに発生させただけだった。そこで、政府は、69年から中学の「平準化政策」をとった。これは公立・私立を含めた中学校入試を廃止し、抽選によって振り分けるというもので、これにより中学受験競争は沈静化した。
ところが、高校受験でより一層の競争が行われるようになった。そこで74年からソウル・釜山地域の高校で平準化が実施された。1975年には仁川広域市・大邱広域市・光州広域市に拡大するなど毎年広がり続け、少数の非平準化地域を除き、全国各市地域で実施されるようになった。まず、学校群内の志望校に抽選で割り当て、志望校に割り当てられなかった学生は、同学校群の近距離の学校に割り当てるものである。公立、私立に関係なく平準化し、私立の高校も公立と同じ水準の授業料となった。私立といっても日本のようにエスカレーター式に無試験で大学に進学できない。受験のチャンスが大学入試ほぼ1回に絞られてしまったため、大学受験競争がより熾烈になっていった。
(4)江南の開発と教育熱
江南地区の開発は、1967年京釜高速道路(ソウルー釜山間)計画の区画整備事業から始まる。70年代には、狎 亭洞(アックジョンドン)などに新興住宅地としてアパートが立ち並びはじめ、75年には江南区となった。しかし、ソウル大学や延世大学など、いわゆる名門大学に多くの学生を進学させる高校が江北に集中していたため、教育問題を懸念してそれほど移住が進まなかった。そこで、政府は江南開発を活性化させるために江北にある名門高校を強制的に移転させた。
80年代以降、江北の名門高校が移転するに伴い、教育環境が整っていった。更に、アパート分譲権の転売禁止処置が行われると、江南に富裕層と優秀な生徒が集まり始めた。優秀な生徒が集まるにつれて新興の名門校も出てきた。しかし、大学受験で内申書が重視されるようになると、江南の人気も沈静化すると思われた。
ところが、98年に高校入試で連合試験がなくなり、中学での内申書のみで高校受験選抜が行われるようになり、大学受験では、修学能力試験(日本のセンター試験に相当する共通大学入学試験)に各種の特技適性教育が強調されるなど、教育政策が変わることによって、学校ではカバーできない芸術や体育などの特技学習のための塾が江南に増え始めた。
学校は平準化されているため、優秀な学生は塾に通い始めた。江南は富裕層が多く、教育購買力が高いので、優秀な講師を抱えた塾が相次いで江南区に開業した。今度は、進学率の高い名門高校ではなく、進学に有利な塾を求めて、江南に教育熱心な親たちが集まるようになった。
また、江南のアパート価格を急騰させた主因のひとつとして、京畿道の盆唐(ブンダン)、一山(イルサン)などの新都市にある高校が、2002年から平準化に転じたことも挙げられている。
更に、有名大学が内部で高校等級制を内密に適用し、内申書による不利益が減ったという情報や随時募集の合格者が増えているということを理由に、外国語高校に進学するための塾が人気を集めている。
「202指標(2001年基準)で見た大韓民国」(韓国貿易協会)によると、韓国のGDPに占める学校外教育費の割合は2.96%とOECD加盟国の中で第1位となっている。
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