CLAIR(クレア)一般財団法人自治体国際化協会

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多文化共生

多文化共生関係資料

東日本大震災支援活動記録

在住外国人による支援活動

■ジギャン・クマル・タパ 

 

<インタビューイー紹介>
 ジギャン・クマル・タパさん
 ネパール出身。2000年に来日。
 神奈川県在住。公益財団法人かながわ国際交流財団に勤務。
 在日ネパール人協会アドバイザー。
 東京MXテレビのコメンテーターの他、高校や大学で国際理解に関する講師を務める。

 

 

東日本大震災ではどんな活動をしましたか?

 震災発生後すぐに、在日ネパール人協会(以下「NRN JAPAN」)とネパール大使館が協力し、被災したネパール人に対する支援体制“地震・津波によるネパール人被災者支援委員会”を立ち上げました。主な支援活動はネパール人の安否確認と災害の情報収集、避難手配の準備、食料調達、ネパールへ向けた報道の情報提供などでした。東北在住のネパール人留学生は国際交流協会などと一緒に外国人の安否確認や支援を行いました。みなさんの協力と努力のおかげで、比較的早い段階からネパール人の安否確認を行うことができました。

 

具体的に、どのように実施したのかを教えてください

◆ 安否確認と受入準備 
 岩手県、宮城県、福島県に計237名のネパール人が住んでいるとされていますが、3月15日までに115名の名前、日本での滞在先、ネパールの出身地が確認できました。被災地には食料や生活の場が不足していたため、避難所にいたほぼ全員が東京への避難を希望しました。避難所では1つのおにぎりを数名で分けて食べたこともあったそうです。日頃、日本の皆さんにお世話になっている彼らは電話口で、「行くところがある人が避難所を離れれば、もっと多くの食糧を配分できる」と話していました。それを受けて大使館とNRN JAPANは受入体制の確保を急ぎました。

◆ 在東北ネパール人の半数を東京へ 
 3月16日にネパール大使館は被災者移送の特別通行証の手続きをしました。チャーターしたバスに仙台で52名のネパール人を乗せ、新潟経由で東京に向かいました。新潟在住のNRN JAPANのメンバーは52名全員分の食事を提供してくれました。新潟から大阪に向かったネパール被災者もいましたが、東京に着いたネパール被災者は新宿のネパール商工会議所、船堀のヒンドゥ教系のお寺など数カ所に分かれて泊まりました。翌日の17日はネパール人3名が東京でバスをチャーターし、大使館から通行証を受け取って福島に向かいました。福島からは13名のネパール被災者が東京に避難しました。さらに、18日には再び仙台からネパール人被災者36名をバスに乗せて東京に連れてきました。自力で東北地方から避難する人や、自分の意志で東北を離れない人もいましたが、18日までに115名のうち、101名を東京に避難させることができました。

◆ ネパール人被災者の避難生活を支援 
 101名のネパール人被災者は留学生、就学生、レストランのオーナーや料理人、その家族がほとんどでした。東京に到着した後は、知人・友人の家に行ったり、帰国する人も多く、19日に東京都が開設した東京武道館の避難所に入ったのは22名でした。
 福島原子力発電所の事故に伴い、ネパール大使館が大阪に移転したことはネパール人被災者、支援者に大きな衝撃を与えました。中には「政府に見捨てられた」と、泣き出す人もいました。東京で避難生活を送る22名分の食事を手配するために、カレー屋のオーナーと契約をしました。このカレー屋のオーナーは被災者の2回分の食事を無償で提供してくれました。冷え込みが厳しく、頼れるはずの外交使節と離れ、友人知人との連絡もままならないなど、不安だらけだった中で、温かい自国の料理を味わうことができて、ホッとした様子でした。

 ネパール人被災者の支援が一段落ついたと判断した後は、日頃お世話になっている日本の皆さまへの支援に切り替え、ネパール料理の炊き出しを避難所で行いました。福島県いわき市では1300食分、宮城県登米市では1000食分を用意し、日本各地、世界各国に住むネパール人からの義援金を寄付しました。

南三陸町の方々が避難している登米市でネパールカレーを
作りました
ヨーガやマッサージも行いました
 

 

実施してみていかがでしたか?

在日ネパール大使が登米市を訪れました
 一番大変だったのは在日ネパール大使館と在日ネパール人の板挟みに遭ったことでした。どちらの言い分も分かるだけにその調整に苦労しました。
 また、日本語ができるということは色々な場面で非常に大切なことだと感じました。原発の事故があり、多くのデマやうわさが流れて在日ネパール人は翻弄されました。混乱した状況の中で正しい情報を取捨選択し、ネパール語で伝えることはとても難しいことですが大変重要なことです。今後は日本語ができるネパール人をキーパーソンとして育成し、ネットワークを構築することが鍵だと思いました。

 

在日ネパール人のための災害対策セミナーについて

 日本に住んでいる外国人の中で11番目に多いネパール人のための災害対策セミナーを行いました。日本全国に15255名のネパール人が暮らしているにも関わらず、日本の行政(国も地方も)はこれまでネパール人向けの情報提供などの支援をしてきませんでした。東日本大震災での経験から、多くのネパール人は日本での災害時の対応が全く分かっていないことに危機感を募らせ、防災・減災に関心を持ち、在日ネパール人たちと相談して、このセミナーの開催を決めました。

◆ セミナーの概要 
 日 時:2012年7月8日
 場 所:豊島区生活産業プラザ
 参加者:約60名

◆ セミナーの内容 
 日本で被災した場合にどのような行動を取ったらよいかということを重点に置きました。ネパールでは、地震が起きたらすぐ、外に出るように言われているのですが、日本では、机の下に潜って、落下物から身を防ぐように指導されています。また、タンスや棚が倒れてこないように固定させること、仏像は高いところに置かないという説明には興味をもって聞いていました。
 避難所を知らないネパール人が多かったので、自分の暮らしている地域の避難所がどこになるか調べておくこと、エバキュエーションカードや安否確認のサービス、災害用伝言板などを紹介しました。

◆ 今後の予定 
 地震など災害時の対応の冊子をネパール語で作成し、在日ネパール人協会として防災セミナー開催し、配布する予定です。

セミナーの様子
 
 参加者のみなさんと

 

最後に...ネパール人の絆

 ネパールでは、親戚や友人宅に泊まりがけで出かけることが多いです。在日ネパール人同士でも、普段からお互いの家を頻繁に訪ねます。メールでしか連絡を取り合ったことのない在日ネパール人から「東京の大使館にビザを取りに行くので、一泊させてくれないか」と、連絡が来ることもあるほどです。宿泊費を惜しむのではなく、「せっかくネパール人がいるなら会ってみたい」、「この機会に友情をさらに深めたい」という考え方です。

 これまで、わたしも札幌、大阪、愛媛、福岡で、初対面のネパール人留学生の部屋に泊めてもらったことがあります。彼らは今では、医者、講師などとしてそれぞれの能力を生かして活躍し、現在もさまざまな活動で協力し合える仲間になっています。そのようなネットワークを大切にして、災害時にも協力し合えるような関係を築いていきたいと思っています。

 

 

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このページに関するお問い合せ先
多文化共生部多文化共生課
Tel :  03-5213-1725
Fax :  03-5213-1742
Email : tabunka@clair.or.jp
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