コラム

第38回 ドキュメンタリーと多文化共生

山脇啓造

 2021年12月3日に国際交流基金アジアセンター主催の国際共同制作による作品上映会&トークイベント「ドキュメンタリー制作から見る日本における多文化共生」が開かれ、私はイベント全体のモデレーターとして参加しました。

 このイベントはDocCross Asiaと呼ばれ、日本の地方放送局が東南アジアのフィルムメーカーを招き、日本の多文化共生をテーマにした作品を作り、完成後は日本と東南アジアで上映会を開くことを目指した企画でした。しかしながら、コロナ禍によって、当初の計画は変更を余儀なくされ、フィリピンとベトナムのフィルムメーカーと日本の地方放送局がオンラインで相談しながら、双方がそれぞれの国で撮影を行い、編集し、1本の作品を作り上げました。また、日本の地方放送局がこの数年に制作した在日外国人に関する作品の中から優れたもの12本を選び、英語字幕をつけ、DocCross Asiaのホームページ上で公開しました。

 当日のイベントは、都内のスタジオで開かれ、日英同時通訳をつけて、ズームウェビナーで世界に生配信されました。日本やフィリピン、ベトナム、米国など、国内外から約160名の方にご参加いただきました。

 イベントは二部構成で、第一部では、共同制作の2作品が上映されました。どちらもイベント開催の直前に完成した作品です。1本目は、数々の国際的な賞を受賞して、フィリピンのドキュンメンタリー界を牽引するKristoffer Brugadaさんと長野県のケーブルテレビGoolightのチャーチ敦⼦さんが作った作品"I Dream Of Caring"です。長野県で介護士として働くフィリピン人女性と日本で介護士として働くことを目指しているフィリピンの女性に焦点をあてた作品です。二本目はベトナム内外で活躍するNguyen Nhat DuyさんとPhan Ý Linhさん、そして名古屋テレビの村瀬史憲さんの作品 "Away From Home"です。名古屋の大学で学ぶベトナム人留学生が日本で自分の夢をかなえようと苦労する様子と、ベトナムの農村部で日々の生活に追われる家族、特に母親の娘への思いを描いています。

 第二部では、日本の地方放送局が日本で暮らす外国人に焦点をあてた4本の作品について、私が聞き手となって、それぞれの制作者に制作の経緯や作品を通して一番伝えたかったことなどを伺いました。北海道放送の「ベトナムのカミさん~共生社会の行方~」(2019)、テレビ愛知の「漂流少年~学校に行けない外国ルーツの子どもたち~」(2019)、テレビ信州の「ロフマンと介護」(2021)、そしてテレビ西日本の「あなたの隣のネパール人」(2019)です。

 最初の作品は、全国初の公立日本語学校を作ったことで知られる北海道東川町が舞台で、介護を勉強する留学⽣と技能実習⽣という、同じ町に暮らしながらまったく違う運命をたどるベトナム⼈⼥性たちの姿を通して、共⽣社会のあり⽅を問います。次の作品は、フィリピン人通訳の女性が、親の呼び寄せで来日した日系フィリピン⼈の子どもたちの高校進学の夢がかなうように、日本語学習から教育委員会との交渉まで、子どもたちの支援に奔走する姿を追います。

 3番目の作品は、2008年のEPAによる介護福祉士候補者受入れ第一陣の一人として、長野県の介護施設にやってきたインドネシア人男性が国家試験に合格し、日本で働いてきた現在までの13年間を追った作品です。その間、日本の少子高齢化と人口減少は加速し、介護のニーズは高まる一方ですが、はたして日本社会は持続可能なのかという重い問いを投げかけています。そして、最後の作品は福岡市南区のネパール人が多く住む地域を取り上げ、日本人住民との交流に焦点をあてた作品です。ネパール人コミュニティの世話役となるネパール人男性の存在や自治会などの地道な取り組みが紹介されます。南区役所では2010年代半ばから地域交流に向けた取り組みをしていますが、共生社会に向けた模索を記録した貴重なドキュメンタリーです。

 4つの作品をめぐるトークセッションが終わり、イベントの最後に私は以下のようにコメントしました。

 「去年コロナ禍が始まってから、介護や農業など社会の維持に不可欠な仕事をしているエッセンシャルワーカーの存在に世界中で注目が集まりました。そして、エッセンシャルワーカーの多くが移民であることも多くの国で話題になりました。今回取り上げた北海道や長野の作品でも、介護と農業が舞台の作品がありましたが、人口減少と少子高齢化が進む日本で、今後さらに労働力が不足することが確実視されている業界でもあります。平成の30年間で日本の外国人労働者は大きく増加しましたが、技能実習生とアルバイトで働く留学生という問題の多い形での受け入れが続き、今回の作品でも技能実習制度の問題点が指摘されています。」

 「先月、日経新聞の一面で、家族呼び寄せが認められる特定技能2号という新しい在留資格の運用を政府が始める予定であることが報道されました。特定技能という在留資格は、政府がようやく労働者を正面から受け入れる2019年に始まった新しい制度です。労働者としての外国人に注目が集まりやすいですが、生活者としての外国人という観点も重要です。家族と一緒に生活するのは国籍に関わらず、誰もが望むことであり、第二部の愛知の作品が取り上げたように、子どもの教育は切実な課題です。」

 「多文化共生を考える上で、生活者としての外国人への支援が大切ですが、さらに地域の隣人として暮らす共生社会づくりも重要であり、福岡の作品はそうした課題を正面から取り上げていました。行政や市民が外国人に様々な支援をしても、地域社会が拒めば、多文化共生は実現しません。」

 「日本に先行して移民受け入れを経験してきた欧州では、欧州評議会が2008年からインターカルチュラルシティ・プログラムを進め、現在、世界の約150都市が参加しています。移民が増える中で、多様な文化が共存する多文化社会になったかもしれないけれど、移民の隔離が進んでしまったのではないか。そうした反省に基づいて始まったのがこのプログラムで、異なる背景を持った住民間のインターアクションを進め、共生社会を作り上げることに力点が置かれています。」

 「実は、日本は欧州評議会のオブザーバー国で、国際交流基金が日本と欧州の自治体交流を進め、2017年には浜松市がこのネットワークにアジアで初めて加盟しました。今回のプロジェクトは、マルチカルチュラリズム・イン・ジャパンとして始まりましたが、第一部の2つの作品は、日本とフィリピン、ベトナムの異なる文化背景を有する制作関係者が、互いに意見を伝え、時には対立しながら、1つの作品を作り上げるという、まさにインターカルチュラルな取り組みと言えます。」

 「第二部で取り上げた作品は、日本の地方放送局が作った作品ですが、英語字幕が入り、外国の視聴者にも見てもらうことができるようになりましたが、これはとても大きな意義があると思います。というのも、人の国際移動、そして多文化共生の課題は、今や世界共通であり、国連が定めたSDGsの中にも位置付けられています。4本の作品には、日本で暮らすベトナム人、フィリピン人、インドネシア人、ネパール人が登場しますが、英語だけでなく、ベトナム語やフィリピノ語、インドネシア語、ネパール語の字幕もつけて、こうした国々の視聴者と日本の視聴者が多文化共生について意見交換できる場をつくることを国際交流基金に期待したいと思います。」

DocCross Asia ホームページ
https://doccrossasia.jfac.jp/
国際共同制作による作品上映会&トークイベント「ドキュメンタリー制作から見る 日本における多文化共生」
https://doccrossasia.jfac.jp/news/833
(国際共同制作の2作品及び国内放送局制作の12作品は2021年12月27日まで視聴可能です。)

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