ライフサイクルに寄り添う多文化共生社会―CLAIRのポータルサイトによせて― 大東文化大学教授 川村千鶴子

はじめに

人の移動が織り成す地域の多文化化は、現場を受け持つ自治体にとって最重要テーマとなりました。長期的展望をもって多文化共生政策を推進していくためには、「移住」「移動」を体系的に捉え、先進的な地域の経験を有効に活かしていくネットワークの構築が欠かせません。そうした努力が、あらゆる現場での議論を活発化させ、ひいては国家としての移民政策の理念を打ち出していく礎になると考えます。大事なことは、「移民」や「移住」の問題が、他人事ではなく、地域社会にとって身近な課題であり、努力の積み重ねは、日本社会の改善に繋がっていることへの認識です。

「人の移動」研究をライフワークとして

先進的な地域の経験を活かして、「移住」「移動」の本質を捉え、多文化共生社会を実現していくには、どのような方法論が必要なのだろうか。 そうした疑問を抱えながら、私は長年NGOを主宰し、留学生、外国籍居住者、自治体に深く関わってきました。また海外の多文化都市を調査し、自分自身も「移動」を繰り返すなかで、「人の移動」こそが、社会を分析し未来を見つめる鍵であることに気づいたのです。多文化共生論の方法論を編み出すことは、私自身のライフワークとなりました。

まず、移住する人々のライフサイクルと地域の接触領域の広がりに着目しました。母国から家族を呼び寄せる人もいれば、母国と往復し、さらに海外に拡散する人もいます。多文化都市は、移住する人々の第二の故郷(ふるさと)です。そこには在留資格といった固いカテゴリーでは捉えきれない「人々の多様な接触」があり、地域はまさにコンタクト・ゾーンとして発展しているのです。

ライフサイクルという視点

地域のグローバル化を探るには、地域史を掘り起こすことが大切です。多様な人生とライフサイクルに寄り添ってみると、多文化化現象の重層性、流動性が明らかになってきます。ライフヒストリーに耳を傾ける方法は、他者の「人生」に寄り添うことであり、多文化共生の内実に迫ることを可能にします。

越境にはさまざまな困難が伴います。困難の克服の過程から、人は精神発達や人格的な成長を遂げています。達成感は、「自己実現」という自己への肯定感になり、自尊感情は「幸福感」として伝わってきます。

ホスト社会の多文化意識とネットワーク

同時に多様な人々を受容するホスト社会は、多文化化・多言語化の変容を余儀なくされます。「郷に入っては、郷に従え」の一辺倒で対応できず、多文化意識を育むことになり、地域社会が多文化の磁場となっていることに気づきます。

例えば、無国籍の人々や、宗教や政治的な迫害から逃れてきた人々の存在にも気づきます。日本では、そうした不安定な人々のための法的な整備が遅れていることに気づきます。日本が「国際人権規約」「人種差別撤廃条約」「児童に関する条約」に批准したことが、地域に生かされているでしょうか。人権の概念を問い、新たな国内法の必要性も感じられるようになります。

地域では、「多文化社会とは難儀なことだよ」とこぼす人もいます。「外国人は地域のお荷物」なのでしょうか。現場の人々の疲労感、仕事量の増加、共生コストの増加などから行政が限界を感じていることもあります。無理のない多文化共生政策が配慮されねばなりません。そこでネットワークが必要ですね。

ライフサイクルと多文化共生

「接触領域・川村モデル」を見てください。花びらの一つ一つが、ともに生まれる、ともに子どもを育てる、ともに学ぶ、ともに働く、ともに家庭をつくり、ともに街をつくり、ともに憩う、さらに、ともに祈り、ともに老後を支えあい、ともに弔うという多文化共生の接触領域の広がりをみることができます。妊娠・出産・子育て、学校、留学、アルバイト、家族、就職、起業、結婚、離婚、親戚付き合い、信仰、介護、老後、葬儀とお墓などライフサイクルの多様なテーマがあります。人生には、「ケア」の概念が潤滑油のような役割をもっています。ケアワークの重い負担をだれが担っているのか、そこにジェンダーの視点も生まれますし、企業の経営姿勢が問われてきます。

ライフサイクル論の有効性

ライフサイクル論の有効性は、多元価値社会での分断を防ぐシステムを考える手がかりになることです。貧富の格差、民族の差異、障害の有無による格差など、社会の分断を防ぐうえで、お互いの顔が見える関係性を築いていく努力は、多文化共生社会への第1歩なのです。

さらにライフサイクルに寄り添うことは、世代間の価値観の違い、次世代への文化の継承、移民の世代交代への流れを把握することに繋がります。これは、アイデンティティを可視化し、共生コストが、次世代にどのように活かされるのかを把握することにもなり、多文化共生政策の根拠をより明確にし、説得力ある施策を展開することに繋がります。

CLAIRのポータルサイトへの期待

このポータルサイトは、多文化共生政策を体系的に企画・推進することのできる環境づくりを目指しています。対症療法的になりがちだった従来の外国人政策を見直し、行政としての限界点なども見出そうとしています。

単に各地で実施されている施策集をつくるのではなく、それぞれの地域性を活かし、施策を実行するに至ったプロセスに焦点を当てています。そこから生まれる解決策を練り、新しい提案をしようとしています。それは極めて重要なことであり、画期的なことだと思います。

これを契機に、地域社会が多文化の課題に直面した際の“拠り所”として今後、大きく発展することを期待しています。

ポータルサイトを利用する方々への期待

このポータルサイトは、これまでになかった新しい視点・考え方を提供してくれています。相互に経験や知見を共有しあえることが大切です。 このポータルサイトが、政府・自治体、企業経営者、国際交流協会やNPO等の地域の実践者、そして外国籍住民も含めて地域に暮らすすべての「住民」を結ぶ架け橋となっていくと期待しています。

多文化共生の花「接触領域・川村モデル」

最後に、「接触領域・川村モデル」をご紹介しましょう。接触領域がどのように位置づけられるのか、「共生の花」と題して表したものです。

このモデルの如雨露(じょうろ)や肥料としているところには何が当てはまるのか考えてみてください。あなたが暮らす街でも、コンタクト・ゾーンを大切にすることで、固く閉ざした蕾が少しずつ開きかけ、多文化共生の花びらが一層その数を増していく豊かな未来を期待したいものです。

「接触領域・川村モデル」

接触領域・川村モデル