五十嵐ゆかりさん コラム

異文化看護 ‐よりよい形の新しいケアの創出‐

五十嵐ゆかり
(聖路加国際大学大学院看護学研究科 准教授)

出産に関連する統計

日本における2016年の出生数は97万6,979人で、前年の 100 万 5,677 人より 2 万 8,698 人減少しています 1)。これは1899年に統計をとり始めて以来、初めて100万人を下回った、と言われています。一方で、日本における外国人は、父親、母親のいずれかが外国人の出生数は1995年に2万人を超え、以降2万人前後の数字を維持しています。年々微減はしていますが、大幅な減少はなく2015年の父または母が外国人出生数は1万9,079人でした。これは日本における出生数の1.9%を占めています 3)。また、2016年の在留外国人数は238万2,822人で、男女別にみると女性が124万7,741人(52.4%),男性が113万5,081人(47.6%)となり,在留外国人女性の人口は年々増加している傾向にもあります 4)

外国人の出産へのイメージ

統計からもわかるように、在留外国人女性も増えているため外国人出産は今後も一定数はあると考えられます。では、外国人の出産においてどんなことが課題になっているのでしょうか。

出産や出産にまつわる事柄は、文化によって異なることは感覚的にイメージがつくでしょう。そのため、外国人の出産において文化的な要素を取り入れるケアは「困難」である、という印象であることが多いです。実際、現場では医師の性別、胎盤の取り扱い、産後や新生児のケアなどで、日本で一般的に行われることとの差異があると、違和感があったり、面倒であると感じたり、外国人からの要望をわがままと感じてしまうこともあるでしょう。それは「外国人は特別なニーズがある」という先入観も邪魔をしていることがあります。確かに、個人の持つ信念に基づく慣習や儀礼などは、私たちが出会ったことがない「異文化」であることも先入観の原因の一つになっているでしょう。

異文化看護(Transcultural nursing)

では、このようなときにどのように看護を考えられるのかというと、異なる文化をもつ対象への看護を考える異文化看護(Transcultural nursing)という領域が参考になります。この領域では、人間を文化的な背景をもつ存在とし、対象を理解するとき対象のもつ文化的背景を理解することが大切であり、そのことによって対象者のニーズに沿った個別的で満足感を与える看護が提供できる、と看護を考えます。異なる文化において、ケアには共通する普遍なものと多様なものがあるとしています。この考え方を文化ケアといい、文化とケアをひとつのものと捉えています。文化が違えばケアの考え方や方法が異なるという考えです。出産はどの文化でも普遍ですが、出産に対する考え方や慣習は文化によって多様なものです。そのニーズに沿えるような看護を提供するために参考となる考え方といえます。

しかし、外国人は特別なニーズがある、と思っていたことも、実はじっくりコミュニケーションを図っていくことで、日本の病院施設のルールと対象のもつ信念などとうまく折り合いをつけた新たな形のケアを一緒に探ることができることもあります。つまり、対象者をよく知るために、まずは「十分な時間をとる」ということが大切です。「大変そうだから避ける」のではなく、ケアには時間を要するのは明らかなので「十分な時間をとる配慮」が必要です。これは日本人へのケアの考え方と一緒ではないでしょうか。

異文化間のコミュニケーションでは誤解が生じやすいものです。さらに周産期領域は繊細な内容を取扱うため、より誤解が生じやすいとも言えます。そのこともあって時間をかけて丁寧に向き合う時間が必要なのです。

できることからはじめよう

時間をとると言っても、言葉が通じないのではうまくいかない、と思った方もいらっしゃるでしょう。もちろん医療では正しく情報が伝わることが大切なので同じ言語を使用することも大切です。しかし、それ以前に自分の体を預けてよい人か否かという気持ちも医療をスムーズに提供するためには重要です。では、医療者が外国人対象者に信頼できると感じてもらうためには?というと、日本語以外の言語に十分な能力がないのであれば、逃げたり避けたりせずに、まずは「日本語」で話しかけてみましょう。日本語の理解が曖昧でも、話しかけられたその様子から「気にかけてくれている」と感じるようになります。

筆者が外国人褥婦(じょくふ)に対し日本における出産へのケアの満足度を調査した結果、「同じ言語を話すことよりも伝えようとする姿勢を求めている」という結果が得られました 8)。同様に外国人妊産婦へのケアは医療者の姿勢や態度が重要であるいうことを論じている文献が数多くあるように 9) 10)、拒否していないという態度を示すことが大切なのです。その手段としてできることは、まずは日本語で話しかける、ということです。ゆっくり、はっきり、平易なことばで話す方が、間違った言語や文法を使用して混乱を招くよりもはるかに理解を得られます。もちろん全てを日本語で押し通す、ということではありません。ファーストコンタクトが拒否ではなく、受け入れているという姿勢を示し、この病院で治療を受けたいという気持ちを持ってもらいたいですよね。

コミュニケーションが困難であれば、その後は、通訳者を通じて丁寧に話を聞いていくことになるでしょう。そうすることで、対象者を知ることができ、特別なニーズがあればそれも調整していくことができます。

日本語で声をかける、十分な時間をとって話を聞く、そして通訳を介して話を聞く。忙しい臨床場ではこのような時間を持つことがその先のケアをスムーズにします。お互いに納得のいく新たなケアの形はそうしたコミュニケーションの間で生まれるものです。少し時間をかけて、まずは日本語でできることからはじめてみましょう。

引用文献

1)平成 28 年人口動態統計月報年計(概数)の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai16/dl/gaikyou28.pdf

2)人口動態総覧(率)の国際比較
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai16/dl/hikaku.pdf

3)上巻 出生 第4.32表 父母の国籍別にみた年次別出生数及び百分率
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001028897

4)平成28年末現在における在留外国人数について(確定値)
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00065.html

5)ME Alderliesten: Late start of antenatal care among ethnic minorities in a large cohort of pregnant women、An International Journal of Obstetrics & Gynecology,114(10): 1232-1239,2007.

6)Rowe R, Magee H, Quigley MA, Heron P, Askham J, Brocklehurst P:Social and ethnic differences in attendance for antenatal care in England. Public health, 122 (12): 1363-1372,2008.

7)Raleigh VS, Hussey D, Seccombe I, Hallt K:Ethnic and social inequalities in women’s experience of maternity care in England: results of a national survey. Journal of the Royal Society of Medicine、103(5):188-198,2010.

8)Igarashi, Y, Horiuchi, S and Porter SE: Immigrants’ Experiences of Maternity Care in Japan、Journal of community health, 38 (4), 781-790,2013.

9)Carolan, M, & Cassar, L:Antenatal care perceptions of pregnant African women attending maternity services in Melbourne, Midwifery, 26, 189-201,2010.

10)Reitmanova,S and Gustafson, D L:“They can't understand it”: Maternity health and care needs of immigrant Muslim women in St. John's, Newfoundland, Matern Child Health J. 12(1):101-11,2008.

【著者プロフィール】

五十嵐ゆかり(いがらし ゆかり)

聖路加国際大学大学院看護学研究科ウイメンズヘルス・助産学准教授。

多文化医療サービス研究会(RASC)代表 http://www.rasc.jp

主な著書に 『パーフェクト臨床実習ガイド 母性看護 第2版(テーススタディ外国人妊婦への援助)』(照林社、2017年) http://www.shorinsha.co.jp/detail?bt=0&isbn=9784796524117、 『多文化「共創」社会入門(第2章 多文化と医療)』(慶應大学出版会、2016年)https://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do?goods_id=3274、 『母性看護学I概論(第3章第3節 在日外国人の母子保健)』(医歯薬出版、2015年)https://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=236680、 『日本における難民女性のリプロダクティブヘルスの現状』(日本助産学会誌,2014, 24(2), 250-259)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjam/28/2/28_250/_article/-char/ja/、 『Immigrants’ Experiences of Maternity Care in Japan』(Journal of Community Health, August 2013, Volume 38, Issue 4, pp 781-790) https://link.springer.com/article/10.1007/s10900-013-9679-8、 『外国人妊産褥婦のケア、pp. 220-226』(助産雑誌71巻 3号、医学書院、2017)http://medicalfinder.jp/doi/abs/10.11477/mf.1665200720、他。