小山 紳一郎さん コラム

多言語生活情報を確実に届けるために

小山 紳一郎((公財)ラボ国際交流センター理事)

昨年5月、私は、自宅近所の子育て支援拠点の施設長から、「最近、育児中の外国人女性を見かける。子育てに必要な情報が届いていないようだ。多言語で子育て情報を伝えるプロジェクトを立ち上げるので助言がほしい」と書かれたメールを受け取りました。7月には「多言語子育て情報発信プロジェクト」が発足し、早速実態調査を開始しました。ヒアリングに協力してくれたのは、地域の日本語教室に通う中国、カンボジア出身の女性など二十数名。

ヒアリング調査を通じて浮き彫りになったことは、子育てに必要な行政情報が外国人女性のもとに届いておらず、仮に情報が届いていたとしても、日本の福祉・保健制度に関する背景知識の不足から、制度や事業名を直訳しただけでは内容が正確に伝わらないという現実です。また、保育園や幼稚園で知り合いになった外国人の母親同士が、地域の日本語教室の中で、生活情報を交換している様子が見えてきました。

上記プロジェクトの当面の目標は、子育て中の外国人女性に必要な多言語情報を発信するスマートフォン用サイトをつくることですが、勿論これだけでは十分とは言えません。

ところで、私が、上記のプロジェクトに誘われた理由は、(公財)かながわ国際交流財団(以下KIFと表記)勤務時代に、多言語生活情報の流通・提供に関する調査研究に従事した経験があり、そのことを子育て支援拠点の施設長が知っていたからです。「多言語情報の流通・提供」調査事業は、自治体国際化協会の助成金をもとに2004年・2005年に実施され、次のような「現状と課題」がわかりました。

・自治体が発行している多言語資料は、ほとんど地域の外国人に届いていない。
・多言語資料があっても、配置場所や置き方に工夫がないと、手にとらない。
・エスニックグループによって多言語情報を入手する媒体が異なる。
・情報を入手する「場」は、教会、食材・雑貨店、ディスコ、日本語教室、公民館、図書館、学校(保護者への通知文)、民族の集会。
・外国人支援団体や民族団体のキーパーソンが関わって作成した資料は利用し易い。
・情報は、発信するだけでは届かず、民族団体のリーダーなど「人」を媒介にして伝わる。
・外国人住民は、生活情報を、衛星テレビ、ホームページ、携帯電話、無料情報誌など、多様なメディアを通じて入手している。

こうした調査結果をふまえ、KIFでは2006年度から2年間、在住外国人が所持する携帯電話に多言語生活情報を配信する仕組みを作るため、県内の2市1町と協力して、パイロット事業を展開しました。そして、事業終了後も、KIFの自主事業として行政情報等を携帯電話に多言語で配信する事業「Info Kanagawa」を続けています。

KIFの「多言語情報の流通・提供」調査事業から10年が経過し、当時と比べると、外国人住民の携帯電話(スマートフォン)の所持率は確実に高まっています。今では、静岡市国際交流協会など、複数の団体が同様の仕組みを導入しています。というのも、ICTを活用した多言語情報の発信システムは、紙媒体と比べて格段にコストパフォーマンスが良いからです。とはいえ、ICTの利用が、情報伝達をめぐる問題すべてを解決するわけではありません。

「情報は、ぬくもりのある人間関係の中からしか伝わらない」との名言を私が聞いたのは、KIFのヒアリング調査の時でした。実際、信頼のおける身近な知人・友人から、資料をもとに説明を受けることで情報の伝わり方は飛躍的に向上するのです。2008年、KIFが神奈川県内のボランティア日本語教室の実態を調査した時、教室の機能として、多言語情報の提供が予想以上に大きな比重を占めていました。日本語教室のように人が心を通わせる「場」においてこそ、切実な生活情報は伝わるのではないでしょうか。

私の地元で始まった「多言語子育て情報発信プロジェクト」の終着点は、ICTを活用した多言語情報発信システムの構築ではなく、困りごとを気軽に相談できる場(ママさん交流会等)と顔の見えるネットワークの創出にあるのではないかと考えています。自治体の国際課や国際交流協会は、地域の社会教育施設やNPOと連携し、日本人住民と外国人住民が出会い、持続的な関係を結ぶ「場」をデザインするとともに、生活情報を媒介する結節点となるキーパーソンに必要な地域生活情報が確実に届く人的ネットワークをつくることが求められているのではないでしょうか。

【参考資料・ウェブサイト】

【著作】