関根政美さん コラム

オーストラリア多文化主義から学ぶこと――オーストラリア多文化主義との35年

関根政美(慶應義塾大学法学部 教授)

私は2016年3月で慶應義塾大学法学部を退職します。1980〜83年にかけてオーストラリアに留学してから、三田キャンパスに現代オーストラリア論を開設して35年以上担当して今日に至りました。ちょうどその時期は、オーストラリアが多文化主義を本格的に導入し発展させ、その結果、白豪主義国家オーストラリアが多文化主義国家オーストラリアに大きく変化し、多文化主義も大いに発展した後、停滞を経験した35年でした。良くも悪くも同じことを35年も研究しつつ、教えてきたものだと我ながら呆れ返ります。正直、ちょっとくたびれてきました。

もともとオーストラリアを研究したかったわけではありません。近所にあるオーストラリア大使館から、連邦政府からの依頼「オーストラリアの白豪主義は終わったので、授業を通じて将来を担う学生たちに周知徹底させてほしい。オーストラリア講座の開設が法学部で可能かどうか」という打診が1979年に参りました。日本研究者だったのですが、留学費と図書費を出すというので、当時、専任講師になったばかりの私が引き受けました。ちょうどそのころ留学の機会を求めていました。多くの研究者が北半球に留学するので、南はどうかと思い、予備知識をほとんどもたずに留学しました。結果としては、正解でした。

現代社会の変化のなかで多文化社会化現象は大変重要な側面の一つだと、今日では当たり前のように考えられていますが、当時の日本では経験できない大変貴重な多文化社会化という社会変動を目撃・体感できたのです。その動きから目を外せなくなり、いつの間にかオーストラリア研究者となり、さらには、いつの間にか国際社会学者となっていました。ただ、オーストラリアへの日本人の関心は今でも低いことには変わりないので、何度もやめたいと思いましたが、今ではやり続けていてよかったと思います。

さて、そんな思い出話ではなく、何か日本の多文化共生の今後の展開に役立つことを書きましょう。細かいことを挙げれば本一冊が必要ですが、それはここではできないので論点を絞ります。第1は、オーストラリアは、非移民国家であると認識している日本と異なり、移民国家であるとの意識が強いので、受け入れた移民・難民・外国人労働者を貴重な国民経済の発展に必要な人材として処遇し、その文化的多様性を利用して、国際貿易の発展に寄与させたいという大きな視点から、多文化主義を連邦政府中心に全国的でかつ全政府的に取り組むだけでなく(付図参照)、国民の多文化社会化への対応のための意識変革教育(多文化教育)を熱心に行ってきたということです。第2は、そのようなオーストラリアでもムスリム系移民・難民や、その子女たちの処遇には不十分なことがあり、その結果、シリアのイスラム国兵士として参加する若者が後を絶たず、連邦政府はその対応に苦慮しています。オーストラリアでもイスラム国の影響を受けた若者のテロ活動が存在しますし、未遂のものは多く摘発されています。14年12月のシドニー、マーチンプレイス広場のリンドカフェでの人質立て籠もり事件は記憶に新しいところです。

連邦政府から地方自治体まで一丸となって取り組んでいるのに、やはり問題が生じているので、多文化主義そのものに何か問題があるのでやめてはどうかと勘繰りたくなる研究者、政治家、評論家も増えていますが、まだまだ努力が足りないところがあると考えた方がよいと思います。本コラムをみると、日本でも多文化共生のために努力されている方々が増えていることが分かります。こうした個々の貴重な努力が国民全体の了解と中央政府のイニシアティブのもとで展開できるようにしていくことが肝要でしょう。その点で、自治体国際化協会の役割は大きいですね。また、簡単に多文化主義や共生の動きを批判することは慎むべきだと思います。

1989年『マルチカルチュラル・オーストラリア』成文堂

1994年『人種・民族・エスニシティの政治社会学』名古屋大学出版会。

2000年『多文化主義社会の到来』朝日新聞社

2009年(共著)『アジア系専門職移民の現在――変容するマルチカルチュラル・オーストラリア』慶應義塾大学出版会

【著者プロフィール】

1979年に慶應義塾大学法学部を卒業。同大学大学院法学研究科修士課程、同大学院社会学研究科博士課程査修了。その後、法学部専任講師となり、助教授を経て教授となり現在に至る。2016年3月退職予定。当初は現代日本の社会変動研究者だったが、1979年にオーストリア大使館に設置された豪日交流基金の依頼によりオーストラリニューサウスウェールズ大学に訪問研究員として留学。帰国後、慶應義塾大学法学部に現代オーストラリア論を開設、現在に至る。大学院でも現代オーストラリア研究を担当。国際社会学者としても活動。