杉澤経子さん コラム

「縦割り」の壁をどう崩すか!〜多文化共生社会の実現に向けて

杉澤経子(東京外国語大学多言語・多文化教育研究センター)

「外国人住民」施策と行政の壁

2012年7月9日。改正住民基本台帳法が施行され、初めて法的に外国人が住民として位置づけられました。地方自治法第10条の2では、行政区域内に住所を有する者はひとしく行政サービスを享受する権利があるとされています。したがって、今後自治体では、外国人住民に対して日本人同様に行政サービスを提供できるような施策が求められることになります。しかし、現状では180カ国(地域)からの外国人が暮らす東京においてさえ、例えば、日本で生活するための日本語教育や行政情報の多言語化、また、言語・文化が異なることによって起こる住民間のトラブルや子どもの教育、心の問題などの相談に対応できる窓口の設置など、最も基本的な外国人住民施策がなかなか進んでいません。


外国人のための専門家相談会
−終了後に行う運営者・通訳者・専門家によるフィードバックミーティング

その理由として、そもそも自治体では外国人住民施策に関する経験・知見・ノウハウの蓄積がないこと、多言語の通訳者や外国人特有の問題に対応できる専門家とのネットワークもなく、また配置するための財政的余裕もないことなどが挙げられます。それ以上に、私自身、広域での外国人相談事業に取り組む中で、行政組織の最も大きな障壁として感じたのは、「縦割り」、「前例主義」、「横並び主義」といった行政文化とも言うべき目に見えない厚く高い壁です。

1990年代の後半になると、難しい相談が増加してきました。東京都内の国際交流協会では、行政区域を越えて相互に多言語人材を派遣し合い、また弁護士会等の専門団体と連携することにより、どんな相談にも母語で対応できる専門家相談の仕組みづくりを行おうとしました。その時にぶつかったのが、行政の「縦割り」や「前例主義」の壁です。相談者のみならず通訳ボランティアまでも「在住・在勤であるべし」、「前例がない」ということを理由に事業の実施が認められない自治体が続出しました。しかし、2002年に何とか都内9か所の国際交流協会で相互乗り入れによる専門家相談会が開催されると、その後は自治体の方から参加希望が寄せられるなど、現在では19か所での協働開催ができるようになりました。これはいい意味で「横並び主義」が功を奏したと言えるかも知れません。

多文化共生社会に向けて〜行政および国際交流協会職員のあり方

上記の専門家相談事業の事例からもわかるように、自治体の人材不足や財政の逼迫といった課題を克服するためには、行政組織の「縦割り」の壁を崩し、多様な組織・団体と横につながり「協働」による施策の実施が求められます。また、「協働」を推進することによって生まれてくるのが「信頼のネットワーク」や「ソーシャルキャピタル」(人間関係資本)といわれるものですが、そうした資源を生み出すためには、協働を推進できるコーディネーターの存在が欠かせません。地域の多文化化の問題に対しては、自治体の国際化政策の一環として設立された国際交流協会が、市民と行政をつなぐ中間支援組織としてコーディネーターの役割を果たしてきたと言えます。

一方で、自治体の職員は2〜3年で異動してしまうため、国際交流協会の職員のように専門性を培うのは難しいという意見もあります。しかし、最近では特に自治体の職員こそ、「コーディネーター」としての資質を養うべきだという考え方も出てきています。平井竜一逗子市長は、行政が連携をしていく方法について、「行政組織は、各プレーヤーがポジションから離れない『野球型組織』ではなく、ポジションは決まっていてもコート内を縦横無尽に動きゴールに向かってプレーヤー同士が連携・協働する『サッカー型組織』を目指すべきである。職員は縦横無尽に動き連携・協働を創り出すコーディネート能力を持っていなければそうしたプレーはできない」と、行政組織の「縦割り」を越えることの重要性と職員のコーディネート能力養成の必要性を語っています。

言語・文化の異なる外国人住民に象徴される「多様性への対応」は、今や現代社会においては外国人に限った問題ではなくなってきています。人々の生活様式や考え方、価値観などが多様化する中で、行政がこれまで重要視してきた「公平・平等」の原則が通用しなくなってきていることは誰もが認めるところです。外国人が法的に住民として位置づけられた今こそ、行政の「縦割り」、「前例主義」、「横並び主義」の文化を問い直し、多文化共生社会実現に向けて、広い視野で問題を捉え、協働やネットワーク型で施策を講じていけるコーディネーターの資質を有する職員の育成がますます求められてくるのではないでしょうか。

【関連する著作&リンクアドレス】

  • 杉澤経子, 2010, 「多文化社会コーディネーターの専門性と職能」『シリーズ多言語・多文化協働実践研究別冊多文化社会コーディネーター―専門性と社会的役割』東京外国語大学多言語・多文化教育研究センター http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/63697/1/mlcj503002.pdf
  • 杉澤経子, 2009, 「外国人相談 実践的考察― 多言語・専門家対応の仕組みづくり〜連携・協働・ネットワークの視点から〜」『シリーズ多言語・多文化協働実践研究別冊2 外国人相談事業―実践のノウハウとその担い手―』東京外国語大学多言語・多文化教育研究センター http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/63686/1/mlcj502002.pdf
  • 杉澤経子, 2004, 「問われる国際交流協会の社会的意義と職員の専門性」『自治体国際化フォーラム』7月号 http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/pdf_177/04_sp.pdf