多文化共生2.0の時代

第23回 2019.11.05
2019年をやさしい日本語元年に

2018年12月に改正入管法が成立し、政府は新たな外国人労働者受け入れのための在留資格「特定技能」を創設し、介護、外食、建設など14業種で今後5年間に最大34万5000人を受け入れることとしました。あわせて、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」が策定されましたが、それ以来、外国人住民への多言語での情報提供や相談窓口の整備への関心が高まっています。特に注目されたのが、外国人住民への情報提供や相談を11言語以上で行う一元的窓口「多文化共生総合相談ワンストップセンター」を全国100自治体で設置するという法務省の取り組みです。

自治体設置のワンストップセンターが多言語で対応するだけでなく、他の行政機関の相談窓口も多言語対応を進めるとともに、全省庁が外国語で提供する行政・生活情報の更なる内容の充実、分かりやすさの向上を図り、より多くの言語による情報提供を進めることとなりました。特に法務省は、外国人の生活・就労に必要な情報を集めた「生活・就労ガイドブック」を11言語で作成することとなりました。

総合的対応策には、「やさしい日本語」の活用は含まれていませんでした。「やさしい日本語」とは、日本語が十分に理解できない人に対して、簡単な語彙で、短くはっきり話す日本語のことです。実は、日本語の「やさしい」には、易しいと優しいの二つの意味がこめられています。すなわち、「易しい」日本語を、相手に配慮した「優しい」気持ちで話すことが基本となります。

1995年の阪神・淡路大震災の時に、外国人住民が情報弱者となったことから、やさしい日本語の研究が始まりました。その後、やさしい日本語は自治体による平時の外国人住民への行政・生活情報においても活用されるようになり、最近では外国人観光客への情報発信においても用いられるようになりました。さらに、昨年度に総務省が設置した研究会の報告書には、AIによる自動翻訳において、日本語の文章をやさしい日本語に変換してから翻訳することで翻訳精度が大きく向上することが示されました。

2019年6月に策定された「総合的対応策の充実について」では、 2019年4月に法務省が日本語と英語で起ち上げた「外国人生活支援ポータルサイト」に掲載した生活・就労ガイドブックの電子版(日本語、英語)について、今後、対象言語を 11 か国語から 14 か国語に拡大すること、また、日本語版についてやさしい日本語への変換を進めることが定められました。14 か国語は、日本語、英語、中国語、韓国・朝鮮語、スペイン語、ポルトガル語、インドネシア語、ベトナム語、タガログ語、タイ語、ネパール語、クメール語、ビルマ語、モンゴル語を指しています。気象庁ホームページや外国人労働者向け安全衛生教材なども14か国語で対応するといいます。そして、10月に生活・就労ガイドブックの内容をより整理した日本語版(第2版)とやさしい日本語版が公開されました。

こうして、政府においても、やさしい日本語の活用がようやく始まったところですが、自治体ではさらに新たな動きが起きています。それは、市民に対する多文化共生の意識づくりとしてのやさしい日本語の普及活動です。東京都港区では、2018年3月に策定した「国際化推進プラン」において、外国人の地域参画と協働を推進し、多文化共生社会をめざすためにやさしい日本語を活用することを謳い、2018年度から区職員と区民に対するやさしい日本語の講座を始めました。また、大阪市生野区では、2018年8月からやさしい日本語による新たなコミュニティづくり事業「やさしい日本語から、つながろう。」を始めました。やさしい日本語ロゴの缶バッジやステッカーをつくり、やさしい日本語を通じて、人と人のつながりを広げることをめざしています。

ちなみに、明治大学のキャンパスがある東京都中野区でも、2018年度に私のゼミの学生たちが、やさしい日本語を紹介するビデオを制作し、住民向けのワークショップを行いました。また、缶バッジやステッカーもつくって、地域の商店街の店に配り、中野区でのやさしい日本語の普及活動を始めました。

政府の総合的対応策の大半は、外国人の生活・就労環境の改善策であり、受け入れ社会の側の意識啓発の取り組みはほとんどありません。今後、外国人労働者の受入れが進めば、地域社会だけでなく、受け入れ企業においても、外国人に対して、易しい日本語を優しい気持ちで話す意義は増していくに違いありません。今こそ、国や自治体そして経済界のトップが、多文化共生社会に向けたメッセージを発信し、やさしい日本語で外国人とコミュニケーションをとることを呼びかけてはどうでしょうか。

 

*2019年10月25日付のThe Japan Timesに掲載された拙稿 “Communicating with foreign residents in ‘plain Japanese’” を日本語に翻訳し、一部手直ししたものです。