譚 俊偉さん コラム

外国人住民から見た日本の地域について

譚 俊偉(総社市人権・まちづくり課国際・交流推進係 多文化共生推進員)

私は日本に来日をして19年になりました。日本に来る前は日本の文化について大変興味がありました。実際日本に住んでみて、私の国ブラジルから見た日本と現実の日本とはかなり違いました。日本は全国的に大都市だと思っていましたが、実際は1時間ぐらい車で走ると違う国に移動したような感じがします。全体が一つの大きな家族のような場所に来たという感じがしますが、北から南へ西から東へ行くと文化や習慣そして言葉の意味が変わります。日本は洋と和が水と油のようにきちんと分かれていると感じました。

また、日本人はどんな地域に育っても同じような行動をしていると感じます。ブラジルでは悪い癖を持つ子どもには、周りの方がすぐ言います。「それは育てていた地域や親のせいでこういった子になった」という言い方をするのです。日本では、あまりそういうことはなく、お互いに気をつかい、衝突のないように考えます。例えば、雨の日、駅前で人々があっちこっちの方向へ動く傘をよく見て下さい。ぶつかったり、押し合ったりしないでしょ?バレエの舞台の群舞みたいに、規則正しくゆずり合って行く。演出家がいるかのように。これだけの数の傘が集まれば、こんな光景は他では決して見られないことです。

私は数年前まで、日本社会や住んでいる地域には入ろうとしませんでした。受け入れの話もありましたが、全く興味がありませんでした。しかし今では、日本人を見ていると、日本人の生き方は一人ではなく、小さい時から集団で行動をすることに慣れていると強く感じます。そしてその社会の中で、私は外国人として、勉強しながら多くのことを理解することができました。例えば、何についてもお互いに「すみません」との思いやりがあり、一人ひとりの行きたい方向はそれぞれですが、お互いに他の人のことを思いやって、全体として一つの秩序を生み出していることは、日本社会の見事な象徴であります。そこには一人ひとりの自由と、共同体としての秩序が共存しています。これは、一人ひとりが相手のことを思いやる心を持っているからです。この思いやりは、日本に来た多くの外国人が感じていることだと思います。

これは民族性の違いだと思いますが、日本では一歩譲ることによって様々な衝突を避けることができます。例えば、自動車同士が衝突した時など、ブラジルならすぐ相手の責任を求めますが、日本ではどちらが悪いという事実関係より、まず、お互いに「すみません」と謝ります。その光景は見ていてとても勉強になります。また、ある日、混んだ電車に乗っていた時のことです。立っていた私は、揺れた拍子に後ろに立っていた女性の尖った靴先を、自分のかかとで踏んでしまったのです。すぐに「ごめんなさい」と謝ると、その人は微笑んで「靴先は空いているから大丈夫ですよ」と言ってくれました。

日本の地域では人はあまり他人の生活に干渉しません。干渉せず、お互いに好意を持って付き合い、人が困ったときに助けてあげれば良いと思います。お互いの自由な生活を尊重しつつ、困った時には助けてあげるのが、地域の繋ぎの流儀であると思います。
僕はまだ日本に慣れていなくて、日常生活でも、日本語でも、悪戦苦闘の日々なのですが、いろいろな場面で、皆さんが「がんばって」「がんばってください」「がんばってね」と声を掛けて下さいます。

実は最初は驚いたのです。他の国では、こういう経験があまりないからです。日本では乗り物などで、とまどっていたりすると、周りの方の「がんばれー」光線を感じます。何者か分からない僕のためにハラハラと心配してくれているのですよね。日本は、あまり深いつきあいのない外国人であっても、そのように誰もが励ましのエールをくれます。ただ、日本での生活「がんばって」と身近な皆さんに言われて、それがプレッシャーだった時もあるのです。こんなにがんばっているのに、自分はそんなにがんばっていないように見えるのだろうか、と。今は、その言葉が励ましの意味だけでなく、むしろ「見守っていますよ」という温かい気持ちの代わりの言葉なのだと解ってきました。日本の地域に住んでいる人々は、一つの家族のように、お互いの自由を尊重しながら、必要な時に支え合ったり、その恩返しをしたりする共同体であります。

しかし、日本で生活していくためには、仕事をしなければなりません。日本に暮らしていて最も素晴らしいこと、それは毎日の生活が無事に繰り返されていき、それによって、きちんと仕事をすることができることです。今日の続きとして明日、明日の続きとして明後日を安心して待つことができるので、未来の計画も期待も持つことができます。
一日一日が平安とともにあります。それが日本の経済力やハイテクノロジーなどの世界に誇っている力を生み出しているもとになっていると思います。

今日のグローバル社会において、日本は、他の世界と共有するものをたくさん持っているという事実にもっと気がつくべきだと思います。