在住外国人の高齢化の現状を知る

中国帰国者の高齢化

歴史的背景

中国帰国者(中国在留邦人)とは、1930年代に国策により当時の“満洲国”へと移住した30万人以上と言われる人々のうち、第二次世界大戦末期のソ連軍侵攻と関東軍の撤退により、日本に戻れず中国大陸に残留した日本人のことをいいます。成人男性は、当時すでに徴兵されていたため、取り残されてしまったのは高齢者や女性、子どもたちでした。そのため、親を亡くしたり、家族とはぐれたりした子どもたちや女性たちは、中国人の養子となったり、結婚したりするなどして、中国に残留せざるを得ませんでした。そうした人々のことを、総称して「中国在留邦人」と呼び、終戦時の年齢によって、13歳未満は「中国残留孤児」、13歳以上は、「中国残留婦人」と呼ばれています。

1972年の日中国交正常化後に、中国在留邦人の帰還や身元調査が本格化し、段階を追って法整備なども進んで行きました。こうして帰国した人々に加えて、帯同帰国した配偶者や子どもたち(本人・配偶者と二世世帯一家族は国費にて帰国可能)、後に呼び寄せた家族も含めて中国帰国者として総称しています。

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中国帰国者の「国民年金特例措置」

社会保険制度に基づく老齢基礎年金は、免除期間も含めて25年間以上納付した人に対して、原則として65歳から支給されるものでした。(2017年8月より25年から10年に短縮されました)しかし、中国帰国者は、生涯の多くの時間を中国で過ごさざるを得なかったため、納付条件を満たすことが不可能でした。そこで、1996年に「中国残留邦人等に係る国民年期特例措置」が設けられました。これは、中国残留邦人本人について、中国等に居住していた期間を国民年金の保険料免除期間とするものです。

さらに、同措置によって、中国等に居住していた期間が国民年金の保険料免除期間とされた場合には、その保険料免除期間に対し、保険料の追納を行うことで年金支給額の上乗せも可能になりました。ただし、これにより、制度としては、他の日本国民との均衡がはかられたものの、5年以内の追納という条件や経済的に困窮しているケースも多いことなどから、必ずしも多くの帰国者が追納措置の利用が可能なわけではありませんでした。

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「国家賠償請求集団訴訟」と今後の支援策

帰国後の苦しい暮らしや、高齢化による老後の生活への不安などから、国が速やかな帰国措置や永住後の自立支援義務を怠ったなどとして、中国帰国者による訴訟が提訴されました。

訴訟は、2002年12月の東京地裁を皮切りに全国15地裁で提訴され、国に1人あたり3300万円の国家賠償を求めた集団訴訟国費で、永住帰国者の8割を超える計2064人の孤児が原告に加わりました。

しかし、最初の司法判断としてくだされた大阪地裁での判決では、国の責任や賠償請求は一切認められず、その後も国の責任を一定範囲で認定する判決はあったものの、賠償請求そのものは棄却されました。

こうしたなか、2007年の東京地裁判決の翌日に、当時の安倍晋三首相は、原告団と面談し施策に不十分な点があったことを認めるとともに、新たな対応策を検討することを表明しました。これを受けて、原告・弁護団は損害賠償請求を放棄し訴訟は終結させることを発表しました。

その後、同年11月には、「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律の一部を改正する法律案」が可決成立し、@国民年金老齢年金の満額支給、A老齢基礎年金を補完する支給給付、B地域における生活支援、が実施されることになりました。

2008年には法律が施行され、@、Aにあるように帰国一世が直面する経済的な不安を解消する糸口は拓けました。

一方で、Bの地域における生活支援の実践については、各市区町村の行政へと委ねられており、特に高齢期を迎えている中国帰国者たちの心理的なケアや予防医療等を含めたこれからのサポートの実践が期待されています。

2014年には支援を受けている中国在留邦人等が亡くなられた場合、永住帰国前から継続して配偶者である方に対して、支援給付に加えて配偶者支援金の支給が開始されました。

<引用文献等>
川村千鶴子、近藤敦、中本博皓 編著 (2009)、『移民政策へのアプローチ』明石書店
厚生労働省HP

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