コラム

これからの妊娠、出産を支えるために

これからの妊娠、出産を支えるために

聖路加国際大学大学院看護学研究科 ウィメンズヘルス・助産学 五十嵐 ゆかり

はじめに

2020年春以降、新型コロナウイルス感染症が人々の日常生活に与えた甚大な影響は、国籍に関わらず新たな生命の誕生にも深い陰を落としています。これに対し、新型コロナウイルス感染症へのワクチンが開発され、そして、急速に接種が進んできました。しかし、ワクチン接種は将来の妊娠に影響する、というネガティブな噂が特に若い世代に流布しました。これは未だ先が見えない状況への不安や恐怖などの表れともいえるでしょう。これらの状況から、日本における妊娠・出産の現状と影響、そして、今後、妊娠・出産を控えているあらゆる若い世代(定住外国人も含む)への支援について考えてみたいと思います。

1.加速する少子化社会

2020年、世界的に出生数は減少しました。これは、新型コロナウイルスの感染拡大による胎児への影響や医療機関での受診に不安を覚え、出産をためらう人が多かったことが原因の1つといわれています。日本においても2020年の出生数は84万832人と過去最少を記録しました1。これは、妊娠、出産をためらい不妊治療を休止したことや、治療再開を延期したことも関連していると考えられ、少子化をさらに加速させている現状にあります。
 日本の在留外国人数(2020年)は288万5,904人で、前年末に比べ4万7,233人(1.6%)減少しました。在留外国人数の減少は8年ぶりであり、新型コロナウイルス感染拡大の防止で外国人の新規入国を制限したことが影響しているといわれています2。一方、出産に関しては、2019年の父母の一方が外国人の出生数は17,403人と総数の約2%でした。2004年に2%を記録して以降、約2%という数字で推移しています3。新型コロナウイルス感染症の影響は今後も数年先まで続くともいわれており、少子化に歯止めをかけるには、この状況を踏まえた対策が必要です。

2.不妊治療の現状と新たな助成

出生数の減少には不妊の増加も関連があると考えます。実に不妊に悩むカップルは6組に1組ともいわれているのです4。生殖補助医療(Assisted Reproductive Technologies :ART)の件数は年々増加し、2018年の総治療周期数は年間約45万件にも上ります5。そして、2018年にARTで生まれた子どもは5万6,979人であり、これは出生児数全体の16人に1人にあたります。このことは、出生数が減少している一方で、ARTで生まれる子どもの数は増加している現状を意味します。日本のARTを諸外国と比較すると、費用が低いこと(治療の平均費用:体外受精で約38万円、顕微授精で約43万円といわれている)、またARTを受けられるクリニックが多様な地域に多く存在するとともに、どの施設であっても高い技術を得られるためアクセスしやすいこと、治療年齢の制限が決まっていないことや40歳以上の女性に対してもARTを行う、という特徴があります。
 政府は、少子化対策の一環として、2021年度から不妊治療の助成内容を変更し、助成の所得制限を撤廃し、1回あたりの助成金を15万円から30万円へと増額しました6。さらに2022年から不妊治療に公的医療保険を拡大適用するという動きもあります。この助成制度は自治体により内容が少し異なる場合もありますが、一般的には住民登録をした市区町村において受けることができます。

3.妊産婦の新型コロナウイルス感染症とワクチン接種について

新型コロナウイルス感染症の感染が拡大して以降、妊婦や母子についての情報は、厚生労働省や関連学会から多数発信されています。例えば、感染が妊娠に与える影響としては、基礎疾患を持たない場合は、その経過は同年代の妊娠していない女性と変わらないこと、新型コロナウイルスに感染した妊婦から胎児への感染はまれであると考えられていること、さらに妊娠初期または中期に新型コロナウイルスに感染した場合に、ウイルスが原因で胎児に先天異常が引き起こされる可能性は低いことなど、医学的な視点から疑問をクリアにすることのできる内容がサイトに掲載されています7
 mRNAワクチン接種に関しても、妊娠を計画している場合、あるいは妊娠中や授乳中に悪影響を及ぼす報告がないことも示されています8。補足として、可能ならば妊娠前に接種を受けるようにし、器官形成期(身体の臓器や組織の基ができる時期)である妊娠12週までは、偶然起こるかもしれない胎児異常の発生との識別に混乱を招くため、この時期に接種することを避けるように説明されていましたが、「これから妊娠を計画されている方もmRNAワクチンを接種できます。mRNAワクチンが生殖器に悪影響を及ぼす報告はなく、ワクチンのために妊娠のタイミングを変更する必要はありません。もし接種後に妊娠していたことがわかった場合も、ワクチン接種が妊娠に悪影響を及ぼすという報告はありません。」と情報が変更になりました8。また、妊娠中にワクチンを接種することで、新生児にも抗体が移行する可能性があることが報告されていることも示されています9。これらの情報は非常にわかりやすくまとめられており、ワクチン接種に対して不安がある風潮の中、有益な情報です。しかし、未だ解明されていないことも多く、情報が変更されることもあるため、最新の情報にアンテナを張っておくことも重要でしょう。

4.有益な情報へのリーチアウトをリードするために

以前から、地域住民にとって大切な情報の多言語化は必要であると継続的にいわれていました。しかし、未だ十分達成されているとは言えません。前述した内容は、特に若い世代にとって必要であろうタイムリーな情報といえるでしょう。しかし、これら不妊治療、妊娠、出産と新型コロナウイルス感染やワクチン接種についても、多くは日本語のみで発信されています。若い世代の中には、定住外国人も含まれています。日本語を母国語とする日本人にとっては容易に理解できる内容ですが、専門的な用語も多く、定住外国人にとってやさしい日本語とは言い難い内容です。また新型コロナウイルスのQ&Aのサイトにコールセンターの情報が掲載されており、対象言語は日本語のほかに英語、中国語、韓国語、ポルトガル語、スペイン語、タイ語、ベトナム語と8言語あります10。しかし、このサイトも日本語で紹介されており、定住外国人がこの情報を理解できるか、またコールセンターにたどり着けるか、という点については疑問が残ります。
 すべての人が個々に必要な情報にリーチアウトするためには、多言語化の環境整備が急務です。その必要性は、定住外国人のみならずホスト社会側、企業、学校、病院からのニーズも年々大きくなっています。しかしながら、実際には予算や継続的な翻訳者の確保など、地域固有の課題に直面し、多言語化の環境づくりが容易に進まない現状があります。このようなニーズに応答するために、政府(出入国在留管理庁)は令和元年から、外国人受入環境整備交付金11の交付を開始しました。すでにご存知の方も多いと思いますが、この交付金の目的は、「在留外国人が在留手続、雇用、医療、福祉、出産・子育て、子供の教育等の生活に係る適切な情報や相談場所に迅速に到達することができるよう情報提供・相談を多言語で行う一元的相談窓口の整備に取り組む地方公共団体を支援」とあります11。前述した内容は地方自治体ごとに異なる状況もありうるため、その地域に合わせた情報提供の整備をする場合、活用が可能ではないかと思います。
 すでに整備を行った地方自治体の相談事業の実施状況によると、出産や子育ての件数は10,368件と多いです12。この結果からも、妊娠・出産に関連すること、不妊治療の助成などについての情報整備が必要であると言えます。さらに令和3年度外国人受入環境整備交付金の概要を確認すると、事業スキームの中に「新型コロナウイルス対応」が追加されているため13、妊娠・出産に関連した新型コロナウイルスやワクチン接種についての情報整備も必要であると言えます。しかし、これらをすべて1つの地方公共団体で行うのは負担になってしまうことでしょう。そのため、多言語情報を多く発信している民間団体などとのネットワークづくりをし、情報を共有していくことが重要です。多言語情報はWEB上に多く存在しているため、確かな情報であるのかソースを確認し、その資源を存分に有効活用していただきたいと思います。そうすることで地方公共団体の負担が軽減するとともに有益な多言語情報が発信でき、情報の必要な人がリーチアウトすることにつながっていくことでしょう。

5.プレコンセプションケアとは

最後にプレコンセプションケアについて紹介したいと思います。コンセプションとは受胎、つまり新しい命を授かることです。プレコンセプションケアとは、子どもを授かる前から、将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うことを言います14
 プレコンセプションケアは少子化社会であることに対しても必要なケアですし、さらに前述した不妊治療やワクチン接種の情報を含め女性やカップルがより健康になること、すべての出産可能な年齢のセルフケアを促すためにも大切なケアと言えます。プレコンセプションケアの目的は3つといわれています15
 
 ① 若い世代の健康を増進し、より質の高い生活を実現してもらうこと
 ② 若い世代の男女が将来、より健康になること
 ③ ①の実現によって、より健全な妊娠、出産のチャンスを増やし、次世代の子どもたちをより健康にすること

 日本でプレコンセプションケアが必要な理由には、少子化対策としてだけではなく、性と生殖に関する教育の国際標準への未到達、つまり、ヘルスリテラシ―が低いことが挙げられます16。特に、自分の健康は自分自身で守るというという意識が低いことが課題です。日本では、このような教育が、若い世代に不足しています。生殖年齢に対する出産を中心とした周辺の情報だけではなく、そのもっと以前のライフステージから、プレコンセプションケアについての情報は必要です。リプロダクティブへルス(性と生殖に関する健康)は性教育に注目しがちですが、性教育を含めたプレコンセプションケアを考えることで、若い世代から自身の心と体にセルフケアを行うようになったり、ライフプランを持てるようになったりします。その結果、妊娠や出産のチャンスを増やすこと、そして、産むこと、あるいは産まないことの選択肢を持つことにもつながると言えるでしょう。

おわりに

本稿は、背景によらずあらゆる若い世代に知ってほしい情報や必要な教育について述べました。助産師として、誰もがセルフケアを実践し、健康を守ることができるよう多言語での情報提供やプレコンセプションケアを行っていきたいと思います。みなさん、まずはプレコンセプションケアチェックシートを使用し、自身で確認するところから始めてみてください。

〇国立研究開発法人 国立成育医療研究センター プレコンセプションケアチェックシート
 女性用https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/pcc_checksheat_f.pdf
 男性用https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/pcc_checksheat_m.pdf



引用
1 厚生労働省(2020)令和2年人口動態統計月報年計(概数)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai20/dl/gaikyouR2.pdf
2 出入国管理庁(2020)令和2年6月末現在における在留外国人数について
http://www.moj.go.jp/isa/publications/press/nyuukokukanri04_00018.html
3 e-Stat(2019)人口動態調査人口動態統計確定数出生 4-32父母の国籍別にみた年次別出生数及び百分率
https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003411621
4 国立社会保障・人口問題研究所(2015)2015年社会保障・人口問題基本調査(結婚と出産に関する全国調査)現代日本の結婚と出産 ─ 第15回出生動向基本調査 (独身者調査ならびに夫婦調査)報告書 ─
http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_reportALL.pdf
5 日本産婦人科学会(2018)ARTデータブック
https://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/2018data_20201001.pdf
6 厚生労働省(2020)不妊に悩む夫婦への支援について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000047270.html
7 厚生労働省(2021)新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)対策~妊婦の方々へ
https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000630978.pdf
8 厚生労働省、新型コロナワクチンについて、新型コロナワクチンQ&A
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0027.html
9 厚生労働省、新型コロナワクチンについて、新型コロナワクチンQ&A
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0078.html
10 厚生労働省、新型コロナワクチンについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_00184.html
11 出入国在留管理庁、外国人受入環境整備交付金について
https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri02_00039.html
12 出入国在留管理庁(2020)外国人受入環境整備交付金を活用した 地方公共団体における 一元的相談窓口の現況について
http://www.moj.go.jp/isa/content/930005812.pdf
13 出入国在留管理庁(2021)令和3年度外国人受入環境整備交付金の概要について(令和3年7月5日時点)
http://www.moj.go.jp/isa/content/001345102.pdf
14 国立成育医療センター
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/
15 荒田尚子「プレコンセプションケア」をみんなの健康の新常識に
https://www.smartlife.mhlw.go.jp/event/womens_health/2021/lecture2
16 荒田尚子(2020)女性の健康支援 プレコンセプションケアとは
https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2020/12/e7ac6ca3eae3b81561d1b7bf4ee4ecd2.pdf

著者プロフィール
五十嵐ゆかり
 聖路加国際大学大学院看護学研究科ウィメンズへルス・助産学教授 
 多文化医療サービス研究会(RASC)代表、多文化社会研究会理事、専門は異文化看護学。
 在住外国人女性とその家族の幅広いライフステージにおける性と生殖の健康についての支援活動を行っている。

~~~~~~多文化研HAIKU会~~~~~~
~今月の一句~

迎え火も 盆灯篭も 遠遠しい

五十嵐ゆかり

コロナ禍で昨年からお盆時期に帰省することができず、祖先を迎えられないことやふるさとを想う気持ちを綴りました。きっと誰もがふるさとなどのルーツのある場所、またそこに住む家族に対し、より遠く感じながらも思いは強くなる、という気持ちで日々を過ごしているのではないでしょうか。私たちは日々ルールを守りながら生活を続け、新型コロナウィルス感染症が終息することを願うばかりです。

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