コラム

外国籍住民の学習ニーズを知るための実験的Web調査

外国籍住民の学習ニーズを知るための実験的Web調査

相模女子大学英語文化コミュニケーション学科教授 渡辺幸倫

はじめに

2019年に史上最高の3,615万人を記録した外国人入国者数は、新型コロナウイルスの影響で2020年には522万人へと激減しました。それにもかかわらず在留外国人数は、2019年の293万人から2020年の289万人とさほど減少しておらず、行政各部門が提供するサービスによって、自立した住民を増やす取り組みの重要性は変わっていません。今回は外国人住民を含むすべての人々がより豊かに生活できるようになるための学習について考えてみましょう。

1.外国人の学習ニーズ調査

地域の外国人の教育といえば、まず外国にルーツをもつ子どもへの日本語指導や、自治体が提供する日本語教室などが思い浮かぶことでしょう。日本語は日本での暮らしを左右する重要な要素です。極めて限定的な日本語力しかない場合には、生活を維持していくだけでも多くの困難が予想されます。基礎的な日本語教育は緊急性の高い分野で、この連載コラムでも何度も言及されています。
 しかし、日本語教育の充実は必須とはいえ、これだけで外国人住民の学習のニーズが充分に満たされているとは言えません。外国人住民にも「サバイバルのための日本語」を超えた、人生をより豊かにするための教育機会が提供されているのか、今一度問いなおす必要があります。もちろんこれらの教育の提供も限られた予算や資源で行われるので、具体的な根拠に基づいた計画策定が不可欠です。日本語教育のニーズについては、文化庁が実施している実態調査をはじめ各自治体で行われています。しかし、外国人を対象にした幅広い学習ニーズの調査は、ほぼ行われていないのが現状でしょう。
 在住外国人を対象とした調査が十分に行われていない理由は、対象者の選定、調査票の配布・回収、多言語対応などさまざまな困難があるためだと考えられています。外国人は地域の有権者ではないため、地域政治の力が働きにくいという事情もあるでしょう。つまり、調査の必要性があるにもかかわらず、調査自体の困難性のため根拠のある教育機会の提供ができないという悪循環が存在しているのです。そこで筆者は、不十分であったとしても、実験的探索的な調査からでも、失敗を含めて学ぶことがあるはず!という精神で、内閣府が日本国籍者限定で実施している『生涯学習に関する世論調査』を参考に、日本在住の外国人を対象にしたWeb調査を実施しました(渡辺2022)。

2.調査の概要


調査概要

3.調査の結果

本調査結果と既存統計情報(『令和2年末現在における在留外国人数』(出入国在留管理庁 2021)、『生涯学習に関する世論調査(平成30年)』(内閣府))を比べると次のようになりました。


表1 在留外国人(2021)との年齢分布の構成比
表1

表2 在留外国人(2021)との国籍分布の比較比
表2

表3 在留外国人(2021)との在留資格の比較
表3

表4 『生涯学習に関する世論調査(平成30年)』との学習実施状況の比較
(質問)学習状況(この1年間くらいの間に、どのような場所や形態で学習をしたことがありますか。)
表4

表5 『生涯学習に関する世論調査(平成30年)』と本調査回答者の今後の学習意向の比較
(質問)学習意向(これから学習するとすればどのようなことを学習したいですか。)
表5

4.考察

(1)調査の信頼性について

本調査の回答者は①筆者を起点にした友人・知人の紹介と②クラウドワークスという仕事マッチングサイトを利用して募りました。全国の在住外国人から無作為抽出したものではないため、まず日本在住の外国人全体との類似性を確認することが必要です。ここでは在住外国人の統計と本調査の結果を年齢構成、国籍構成、在留資格の3点から分析しました。すると年齢や国籍の傾向はおおむね重なっているものの「現役世代」が多いこと 、その一方で在留資格は、「人文・国際・技術」(+15.4%)が多く、「技能実習」(-12%)と「特別永住」(-7.9%)が少なかったことがわかりました。結果の解釈にはこれらの点に留意する必要があるでしょう。

(2)学習状況と今後の学習意向について

学習したことがある人の割合は『生涯学習に関する世論調査』に比べて高い(+16.9%)ですが、その差は「インターネット」や「自宅での学習」、そして留学生の回答者の多くを反映したと思われる「学校の講座や教室」の多さが関係していそうです。一方で、その他の学習形式は日本人とほぼ同程度ということがわかりました。また、学習意向の高い分野は「職業上必要な知識・技術」(+30.2%)が顕著に高く、「インターネットに関すること」(+19.0%)も高いようです。ただし、「趣味的なもの」、「教養的なもの」、「社会問題に関すること」など社会教育施設などで行われている講座の内容に関心を持っている外国人が日本人と同程度にいることには注意が必要です。外国人住民も既存の豊かな講座への可達性(accessibility)を求めているのです。そのため、一般の講座に外国人も参加しやすい工夫や仕組みを考えてみる必要があるでしょう。
 一方、参考にした『生涯学習に関する世論調査』にはない質問でしたが、日本語学習については「生活に必要な内容」に比べて「仕事に必要な内容」の方が高いことも読み取れます。「日本語教室といえば生活日本語」、「仕事に必要な知識は仕事をしながら学ぶものだ」といった議論を聞くことが多いですが、日本語力がかなり高いレベルにある方でも、さらに日本語力を高めたい、職業上の知識・技能を高めたいという強い意向があることがわかりました。本調査は、すでに日本社会で働く「現役世代」が多いという特徴がありましたが、このようなニーズはあまり指摘されてこなかったのではないでしょうか。

おわりに

このコラムでは、地域の人々がより豊かに生活できるようになるための学習を考える材料として、在住外国人の教育ニーズ調査について紹介しました。在住外国人を対象とした調査は、さまざまな困難がありますが、実験的探索的調査であれば簡便に安価に行うことが可能です。もちろん解釈には慎重になる必要はあります。しかし、今後も発展する各種の技術や方法を駆使することで、予備的であったとしても新しい視点からの情報を簡単に得られれば、行政担当者も各種情報の分析や施策の立案により時間が使えるようになることでしょう。
 参考資料には、本調査で利用したフォームを上げておきました。ご入用の方はぜひお使いください。

 本調査は、公益財団法人 北野生涯教育振興会の研究助成(2019年)を受けました。



参考資料・文献
1 調査フォームWebサイト(資料用)
https://forms.office.com/r/w8HLiyJPqH
QRコード

2 内閣府(2018)『生涯学習に関する世論調査(平成30年)』
https://survey.gov-online.go.jp/h30/h30-gakushu/index.html
3 出入国管理庁(2021)『在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表』
https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_touroku.html
4 渡辺幸倫(2021)「外国人の教育ニーズ ―幅広い学習機会の提供を」川村千鶴子編『多文化共創社会への33の提言』都政新報社.
5 渡辺幸倫(2022.3)「「外国籍住民の学習ニーズ調査」法開発のための実験的Web調査の検討」『相模女子大学紀要』.

著者プロフィール
渡辺幸倫
 相模女子大学英語文化コミュニケーション学科 教授。大東文化大学非常勤講師、立教大学兼任講師などを経て現職。専門分野は、社会教育、多文化教育、言語教育など。
 主な著書に、『多文化社会の社会教育』(編著、明石書店、2019年)『多文化「共創」社会入門――移民・難民とともに暮らし、互いに学ぶ社会へ』(共著、慶應義塾大学出版会、2016年)、『多文化社会の教育課題――学びの多様性と学習権の保障』(共著、明石書店、2014年)など。

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~今月の一句~

今月の一句は、2021年11月掲載分コラムから、不定期掲載になりました。
次回の掲載を楽しみにお待ちください。

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