コラム

地域社会と技能実習生ー愛媛県国際交流協会によるICTを活用した日本語学習支援事業を事例としてー

地域社会と技能実習生
―愛媛県国際交流協会によるICTを活用した日本語学習支援事業を事例として―

東海大学教養学部人間環境学科 教授 万城目正雄

1.はじめに

近年、技能実習生として来日する外国人が増加しています。その多くはアジア諸国の若者たちです。厚生労働省の調べによると、コロナ禍における出入国管理の厳格化等に伴い、その数は、2019年のピーク時(38.4万人)よりも減少しましたが、2021年は約35.2万人(毎年10月末現在)。日本で働く外国人のおよそ5人に1人にあたります。技能実習生は、入管法上の「技能実習」の在留資格をもって、最長5年の期間において、日本企業の生産現場等で実習(インターンシップ)を行います。製造業を中心に、特に地方の中小企業等で多くの技能実習生が受け入れられています。
 地方経済・地域社会における技能実習生の存在感が高まる中、彼らの日本での生活をサポートしようとする各地の取り組みが報告されるようになっています。
 そこで、「多文化共創とコミュニティ」をテーマとする本コラムの2022年6月号では、公益財団法人愛媛県国際交流協会(以下、県国際交流協会)が行うICTを活用した技能実習生への日本語学習支援の取り組みにクローズアップしたいと思います。

2.県内在留外国人の約半数が技能実習生

全国的にみると、日本で働く外国人は、大都市圏に集中する傾向が見られます。厚生労働省の「『外国人雇用状況』の届出状況」を確認すると、日本で働く外国人は172万人(2021年10月末現在)。その約半数(45%)が、東京都、大阪府、愛知県の3都府県の事業所で勤務しています。それと対照的なのが、技能実習生といえるでしょう。技能実習生は、地方の地場産業を支える貴重な担い手として、受入れが拡大してきました。
 今回クローズアップする愛媛県にも多くの技能実習生が受け入れられています。その数は、県内在留外国人12,931人の約半数にあたる5,975人(2021年6月末現在、出入国在留管理庁「在留外国人統計」)。県国際交流協会の資料によると、県都である松山市以外のすべての自治体で技能実習生が最多(2019年4月現在)という地域分布となっています。

3.オンラインで繋ぐ日本語教室をスタート

文化庁は、生活者としての外国人を対象とした日本語教室が開設されていない地域を「日本語教室空白地域」と表現しています。同庁の調べによると、日本語学習を必要とする外国人が在留しているにもかかわらず、日本語教室がない市区町村は、全国の約6割に当たる1,133。約58万人の外国人住民に日本語教育を受ける機会が十分に提供されていないと指摘しています(2020年11月時点)。
 県国際交流協会の資料によると、愛媛県内20市町のうち 13 市町が「日本語教室空白地域」。日本語学習の支援団体や人材は県内の都市部に偏在し、県内には身近に日本語学習の機会がない外国人住民も少なくないといいます。特に、在留外国人の約半数を占める技能実習生は、その多くが都市部から離れた地域で暮らしています。そのため、地域住民との接点が少ないうえ、継続的に日本語教室に通学することが困難な状況にあることが課題となっています。
 そこで、県国際交流協会は、身近に日本語教室がない「日本語教室空白地域」の技能実習生を対象に、ICTを活用したウェブ会議システムによる遠隔地での日本語学習支援(日本語教室)をスタートしました。松山市内と島しょ部や農村部などの遠隔地をデジタルで繋ごうという試みです。
 2020年は、学習者のレベルに応じて2つのクラスを開設。約3か月間、毎週日曜日の夕方に計10回のオンライン授業を実施しました。教師は、県内の大学からの協力を得て、日本語教師の資格を有する大学の非常勤講師が担当。瀬戸内海側、県東北部に位置する今治市および同市の島しょ部で造船業や食品製造業などに従事している合計20人のフィリピン人、中国人の技能実習生等が自宅からウェブ会議システムにアクセスし、松山市内からオンラインで配信される日本語教室に参加したといいます。


オンライン日本語教室の様子

オンライン日本語教室の様子

4.オンライン日本語教室の成果

県国際交流協会の取り組みは、様々な成果をもたらしたことと思いますが、ここでは、以下の3点について、お伝えすることにしたいと思います。
 第1は、ICTを活用し、県都松山市と遠隔地をオンラインで結んだ日本語教室の開設に成功した点です。これにより、通信環境さえ整っていれば、たとえ遠隔地であっても交通費等の経済的負担をかけることなく、技能実習生は日本語教室に通うことができることが示されました。遠隔地との時間・距離・資金の問題を同時に解決する新たな日本語学習モデルです、愛媛県に限らず、技能実習生は市街地よりも、企業の生産工場や農場がある郊外で暮らしていることの方が多いという実情にあります。県国際交流協会の取り組みは、他地域でも応用可能な、新たな日本語学習モデルを提示したといえるでしょう。
 第2は、関係者との協力関係です。県国際交流協会の担当者は、県内外の国際交流協会や有識者、地域の日本語学習支援団体、日本語教師、ボランティア、監理団体、企業担当者、技能実習生から「日本語」を切り口にした現場の話を聞いたほか、一連の取り組みについて自治体等にもフィードバックしたといいます。関係者を巻き込んだ事業展開が、新たな挑戦を成功へと導いたといえるでしょう。
 もちろん、遠隔地にいる技能実習生がオンラインの日本語教室にアクセスするためには、監理団体および実習実施者(受入れ企業)の理解と協力も欠かせません。特に、コロナ禍でウェブ会議システムによる日本語教室を開設することができた背景には、県国際交流協会の担当者が、コロナ禍前から関係者の話を聞き、協力関係を構築するなど、入念な準備を進めていたことがあることも忘れてはならないことです。
 そして、第3は、技能実習生への効果です。オンライン日本語教室の効果は、自らの将来のために、あるいは、日本語能力検定試験に向けて、日本語を学びたいという技能実習生の学習ニーズにこたえるだけではなかった副次的な効果をもたらしたといいます。
 技能実習生に限られたことではないかもしれませんが、会社に勤務する毎日は、家と職場を行き来するだけの単調な毎日になりがちです。
 しかし、オンライン日本語教室に参加したことにより、他社の技能実習生や職場以外の日本人と接点を持つことができるため、単調な生活から脱却できる良い機会にもなったといいます。SNSを併用し、オンラインでつながった技能実習生たちが、日本語で自分たちの学習成果を発表しています。そのSNSに掲載されている多くのあふれる笑顔の写真から、日本語教室の充実ぶりがうかがえます。日本語学習を通じた技能実習生の生活の充実が、実習のモチベーションと成果向上へとつながることも期待されます。
 

SNSを併用した日本語の学習

SNSを併用した日本語の学習


5.日本語学習支援から地域住民との交流、そして、地域社会づくりへ

ウェブ会議システムによる日本語教室は、2021年には、農業分野の技能実習生が多い県南部に対象を広げ、フィリピン人、中国人、ベトナム人、ブータン人も参加して実施されたといいます。そして、2022年は、ウェブ会議システムによる日本語教室を開設して3年目を迎えることとなります。県国際交流協会の担当者は、当初の目的であった日本語を習得する学習機会の提供から日本語学習というフィルターを通じた地域とのつながりづくりに事業の目的が変容しつつあると指摘しました。
 日本語教室が、単に日本語学習の機会を外国人住民に提供する場として機能するだけではなく、地域住民と外国人が交流する場へと発展させることにより、コミュケーションを通じた相互理解につなげることが求められているといいます。そして、それを実現させるためには、地域住民が授業に参加できる定期訪問をプログラムに盛り込む工夫とアイデアが求められているというのです。
 愛媛県発の日本語学習支援モデルが、地域住民と外国人の双方がやさしい日本語で伝え合うコミュニケーション力を育み、多文化と多様性を包摂する地域社会づくりの場へと発展することが期待されます。

6.おわりに

一般財団法人自治体国際化協会(以下、クレア)は、「多文化共生のまちづくり促進事業」を実施しています。文化的背景を異にする人々が共生・協働する社会の構築を推進するために、地方公共団体や地域国際化協会等が実施する多文化共生を推進する事業に対し、助成金を交付する事業です。今回のコラムで紹介した県国際交流協会による「ウェブ会議システムによる遠隔地での日本語学習支援事業」は、クレアの助成を受けて実施されたものです。
 県国際交流協会の担当者は、「単に、日本語を習得するための教室をオンラインに置き換えるだけでなく、それを地域づくりに結びつけていきたい」と述べています。
 技能実習生として来日したアジアの若者が、地方経済・地場産業で活躍するシーンが増えています。同時に、技能実習生が日々の生活を送る地域社会では、彼らをサポートしようとする支援の輪が広がっています。それは、日本語学習支援のみならず、スポーツイベント、レクリエーション、シンポジウムなど多岐にわたるようになっています。
 地域社会による支援活動は、技能実習生と地域住民が交流する機会を創出し、相互理解の場へと発展する可能性を持っています。これは多様性と包摂性を持った持続可能な地域社会を共に創る「多文化共創社会」に向けた地域の基盤につながるものではないでしょうか。その意味でも、県国際交流協会の挑戦から学ぶべきことは多いといえるでしょう。



参考
1 公益財団法人愛媛県国際交流協会
http://www.epic.or.jp/index.php
2 一般財団法人自治体国際化協会|多文化共生のまちづくり促進事業
https://www.clair.or.jp/j/multiculture/kokusai/page_8.html
3 一般財団法人自治体国際化協会|多文化共生事業事例集(愛媛県国際交流協会 令和2年度助成事業)
https://www.clair.or.jp/j/multiculture/docs/h-ehime.pdf


著者プロフィール
万城目正雄
東海大学教養学部人間環境学科教授。専門は国際経済学。著書に『移民・外国人と日本社会』(共著、原書房、2016年)、『インタラクティブゼミナール新しい多文化社会論』(共編著、東海大学出版部、2020年)、『岐路に立つアジア経済-米中対立とコロナ禍への対応(シリーズ検証・アジア経済)』(共著、文眞堂、2021年)等がある。

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