コラム

日本から考えるウクライナ危機 ―包括的な難民の受け入れを実現するために―

日本から考えるウクライナ危機
―包括的な難民の受け入れを実現するために―

認定NPO法人難民支援協会 代表理事 石川えり

「シリアに暮らしていましたが、政権側と対抗する反政府グループが多く住む地域に住んでいるために、地域全域が攻撃される中で自宅も爆撃されました」「軍事政権に対抗し、民主化運動の中心的なメンバーでしたが、警察から警告を受けていたにも関わらず続けたところ逮捕され、逮捕中に拷問を受けました」「少数民族で宗教も多数派と異なるため、政府から国籍を与えられず、強制労働に従事させられました」など様々な理由から日本へ逃れ、保護を求める難民がいます。2021年、日本で難民申請をした人は約2千人、うち難民として認定されたのは74人でした。ドイツでは5万人、アメリカでは4万人が認定される中、この数はあまりに少ないと考えています。原因の1つに、難民認定の実務を出入国在留管理庁(以下、入管庁)が担っているため、難民を「保護する(助ける)」より、「管理する(取り締まる)」という視点が強いことが考えられます。さらにその背景には、政治的意思の不在とそれを支える世論の声の弱さがあるのではないでしょうか。
 認定NPO法人難民支援協会は1999年に設立され、20年間にわたり東京都内に事務所を構えて日本に逃れた難民への支援、難民とともに生きられる社会をつくるための広報活動や政策提言といった総合的な活動を行ってきました。関わってきた難民の数は70カ国・7千人に上ります。一人ひとりの難民に向き合い、できる限りの支援をしてきましたが、すべての人に十分な支援ができているわけではなく悩みを抱えながらも活動を行っているのが現状です。
 日本に逃れた難民が入管庁へ難民申請を行ったあと、その審査には2021年の平均で4年5か月が要されています。その間、ほとんどの難民申請者が地域の中で家を借り、暮らしながら結果を待っています。政府からの支援金を受給するのは昨年度の実績では年間250人程度であり、それ以外のほとんどの人は自立して働きながら結果を待っていますが、多くの難民は日本で認定されません。しかし、迫害のおそれがあるため帰国もかなわず、再度の難民申請をした場合には在留資格が更新されず非正規滞在となり、仮放免の状態で就労許可もなく公的支援が非常に限定的になるなど、より困難な状況に置かれています。
 そのような脆弱な状況がコロナ禍によりさらに影響を受けています。ここでは、仮放免など在留資格がない場合について説明します。前述通り、就労もできず、国民健康保険にも加入できず、公的な生活支援もほぼ利用できないために、周囲の友人たちから数千円ずつお金を借りる、海外の友人から送金してもらうなどしてこれまで何とか生活していたという人が少なくありません。しかし、感染拡大の影響で支えてくれていた人の生活も勤務時間の短縮や失業などで厳しくなり、一切の収入が途絶えてしまうなどの影響が出ています。「もう食糧が尽きてしまい、お米がわずかにあるだけです」「昨日から何も食べていません」「失業して家も失ってしまいました」といった切実な相談も寄せられています。迫害をおそれて帰国もできない中、住民登録がされていない仮放免や短期滞在の成人の難民申請者は特別定額給付金の対象から漏れており、さらに困窮を深めています。
 このような状況で、2022年3月、ロシアによるウクライナの侵攻を受けて、ウクライナ難民の日本への受け入れが岸田首相より発表されました。迅速であり、また政府のトップである岸田首相によって発表されたことが異例だったと受け止めています。武力でもって他国に侵略するという行為に対する強い意思表示、そして連帯を示す必要があったのではないかと考えています。首相の迅速な受け入れ表明が自治体や民間などからの前向きな反応を引き出しており、多くの関係者が受け入れに積極的な姿勢を見せました。すでに日本へ逃れたウクライナ難民の人数も2023年1月4日現在で2,200人を超えています。入管庁の統計によると46の都道府県で受け入れられており、各自治体においても受け入れの意思表明がウェブサイト等を通じてなされています。また、入管庁のウェブサイトによると民間等からの支援の申し出が1,800件以上寄せられており、官民双方からの受け入れに対する関心の高さがうかがえます。実際の受け入れの多くは日本への避難を希望するウクライナの方が身元保証人を得て短期滞在のビザを取得した上で来日し、その後在留資格を特定活動1年(就労が可能)へ切り替えを行うことで実現しています。入管庁によると、日本入国時に身元保証人がいないウクライナの方の人数は2023年1月4日現在224人であり、多くが身元保証人による民間主体の受け入れであるといえます。とりわけ、日本財団が日本へ避難を希望するウクライナの方2千人分の航空券、生活費を確保したことがより一層民間レベルの受け入れを進めたと考えられます。
 以下、必要とされる支援について考えます。従来難民支援をしてきた立場からすると、入国直後からの本人の状況に寄り添った個別の支援(ケースワーク)が必要と考えます。例えば、ウクライナからの難民について、前提として理解しなければならないのは、自らが国を逃れて日本に来ることを想像すらしていなかったということです。逃れてくる間には家族との別れなどさまざまな過酷な経験をして、日本に来てもすぐには帰国する選択肢はなく、入国直後からの支援が重要になります。特に、孤立させないための支援や、国を出る前、また避難において直面したであろう過酷な経験が避難された方の精神状態へ与える影響に対応できているかという観点が重要となります。
 また、言葉も習慣も異なる中で生活を一から立ち上げるためには、生活上の困難に寄り添い、本人のおかれている立場に寄り添って課題を解決するためのサポートが欠かせません。日本財団が2022年12月15日に公開したアンケート調査によると、65.5%のウクライナの方が長期での日本滞在を希望しています。加えて、報道をみても子連れや高齢者など、特有のニーズがある方も多くみられます。たとえ紛争が終わったとしても、実際に帰国が可能になるには復興に時間を要する場合もあります。長期の定住も見越した受け入れ支援をすることが必要です。
 そして、今回のような社会での受け入れの広がりを日本における難民受け入れの基盤を整える機会ととらえ、難民認定制度の改善や、庇護を希望する全ての人を包括した支援制度の確立につなげる必要があります。例えば、国土交通省が公営住宅をウクライナ難民へ提供することに対して自治体からの事前の承認を不要とするなど、政府から人道的な施策が出されました。これは自力で日本へ逃れてきた多様な国籍の難民申請者等には適用されません。また身元引受人がいない人への生活支援金は1人あたり1日2,400円ですが、難民申請者への生活支援金は1日1,600円であり、大きな差があります。これらの対応をウクライナから逃れた方のための支援だけではなく、他の国や地域から日本へ逃れた方にも利用可能なものにしていく必要があります。避難を余儀なくされた人たちを出身国や置かれている状況によって差をつけるのではなく、包括的で公平な難民保護制度を考えるきっかけとしていきたいと考えます。



著者プロフィール
石川えり
上智大学卒。1994年のルワンダにおける内戦を機に難民問題への関心を深め、難民支援協会(JAR)立ち上げに参加。2008年1月より事務局長、2014年12月に代表理事就任。上智大学、一橋大学国際・公共政策大学院非常勤講師。



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