コラム

ライフサイクルと国籍

複数国籍1とライフサイクル

佐々木てる
                                                                 

はじめに
 人はいつ、どこで生まれてくるかを自分で選ぶことはできません。そしてこの世界に「国(nation-state)」というシステムが誕生してからは、人はどこかの国の国民として生まれてくることになりました。「日本にいる多くの人」=「日本人」は、日本人の両親のもと生まれたことで、日本の国籍を付与されています。しかし、これはそんなに自然なことでしょうか。実は日本という土地で生まれただけでは、「日本人」になれないことを知っていますか。自分が教えている学生に自分の国籍のことを話すと、あまりに自然なのか、「なぜ自分は日本国籍を持っているのかを深く考えたことがない」というコメントをよく聞きます。
 そして私たちが何気なく使用している「外国人」という言葉も、制度的にはこの国籍の違いによって区別されています。多文化共創社会を考える際、まず国籍によって生まれながらに人は区分されている事実を知ることが重要だと思います。そしてその区別は可変性のある制度で設定されたものであるにもかかわらず、あたかもそれが絶対的な規準として使われていることも知るべきでしょう。その上で制度的、文化的な違いをともに認めつつ、社会を創る方策を考えていくことが重要ではないでしょうか。それでは複数国籍という視点から、多文化共創社会を考えていきましょう。

1
 複数国籍あるいは無国籍
 多くの人は生まれながらに、どこか一つの国の国籍を付与されます。しかし、世界には国籍がない人、二つ以上の国籍を持つ人もいます。実は日本でも二つ以上国籍を持つ人は60万人以上いると推測されています。そういう人は「日本人」なのでしょうか、「外国人」なのでしょうか。人によってどちらかを選ぶべきだという人もいるかもしれません。では法律上どうなっているのでしょうか。なぜ二つ以上の国籍をもったり、国籍がなかったりするのでしょうか。確認していきましょう。
 国籍は生まれた瞬間にもらえるわけではありません。国籍が発生するのは、生まれたという届け出が国に提出されたときに、その子どもがどこの国の国籍になるか決定されます。国によってはその国土内で生まれれば、その国の国籍をもらえます(出生地主義)。アメリカ合衆国などが代表例です。また日本の場合はたとえ、日本で生まれても両親のどちらかが日本人でなければ、日本の国籍はもらえません(血統主義)。では、日本人の親を持つ子がアメリカで生まれたらどうなるでしょう。その場合、両方の国に届け出すれば、二つの国籍が保障されます。つまり国籍を保障する制度は、その国のシステム(法制度)によって違うのです。複数国籍はそのために生じます。逆に言えば、全世界の国々が同じ制度を運用したら、一つだけの国籍になるかもしれません。ただし法制度は時代が変わると変化していきます。そもそも戦争や紛争、内乱などで国が消滅することさえあります。そうすると、難民が生じて国籍がなくなるということもおきます。また世界には国をもたない民が存在します。そういう人は国の籍は保障されていません。そう考えると国籍を一つだけもっているということは、現在的にも、歴史的にも珍しい状態なのかもしれません。

2 ライフステージと国籍
2.1 国籍選択
 さて日本の話に戻りましょう。複数国籍の話をすると、必ず「一つに選んでもらえばいい」「戦争になったらどっちにつくのか」「スパイになる可能性がある」「税金は」といったことを言う人がいます。現在日本の法律では、複数の国籍を持っていても、成人(18歳)になって2年以内に国籍を選んでもらえばいいことになっています。提出書類はA4一枚のもので、各市町村で受け付けています。書類には「〇〇の国籍を放棄する」との欄があります。ところが、これはあくまで日本政府に対する宣言です。そのため他の国籍を放棄するためには、相手国の政府にも言う必要があります。でも制度が違うため、二つ以上の国籍を保持していても問題ない国や、さらには国籍を放棄できない国も存在します。こうして、実質的な複数国籍者は年々増えていくのです。また税金に関しても、消費税、所得税、固定資産税などありますが、個人にかかる「国籍税」といったものは全世界を探しても存在しません。国籍をもっているだけで税金がかかることはないのです。また戦争状態になったら一言「どちらかの国を選んでください」とすればいいだけです。場合によっては反戦のために、「どちらも選ばない!!」と言う人が出てくるかもしれません。つまり生まれながらに複数の国籍を持っている人に、国籍を選択させるのは現実的には個人も行政も手間が増えるだけで、あまり意味のない事だといえるでしょう。

2.2 結婚と国籍
 生まれながらに複数国籍の人の話をしましたが、後天的に複数国籍になるケースもあります。例えば、国際結婚で相手の国に住むケースなどは、相手国の国籍を持っていた方が便利な場合が多いです。そのため相手国が日本の国籍の放棄を求めていなければ、国籍を取得しても複数国籍になることもあります(ヨーロッパの一部の国)。逆に日本に住む外国籍の方が結婚を理由に、日本の国籍を取得したとしましょう(帰化)。その場合も相手国が国籍放棄を禁止していたら複数国籍になります。また、国によってはその後、国籍の回復が可能になっている場合もあります。人は移動する生き物であり、ライフステージによって国籍を新たに取得する可能性や、変更する可能性が出てくるわけです。これに対して、日本では近年裁判になっている事例があります。日本は他の国の国籍を取得すると、自動的に国籍を放棄したとみなして、国籍を剥奪するとしています。しかし国籍とは人が生きるための人権に等しいものです。この剥奪という制度自体が、憲法に違反するとして争われているわけです。世界的な潮流をみれば、無国籍者をなくし、複数国籍を認めていくのが通常ですが、日本はいまだに一つの国籍にこだわっている国だと言えるでしょう。

3 多文化共創と複数国籍
 さて多文化共創と聞くと、違う文化を持つ人や違う国籍の人が前提にいて、それらの人と共にうまくやっていくというイメージが強いのではないでしょうか。しかし、複数国籍の人は「外国人」なのですか?「日本人」なのですか?違う文化の人なのですか?答えはYESでもありNOでもあります。つまり我々の考えの前提、スタート時点も疑った方がいいのではないでしょうか。多文化や異文化と聞くと、ついつい私たちは、まったく別の土地の人を思い浮かべ、言語も生活環境も違うところから来た人だと思い込みます。しかし、ごく身近でも様々な文化を持った人があふれています。日本でも九州、関西、関東、東北、北海道で、それぞれ独自の文化を持っています。究極的には個人個人みな違うのです。ですから、もともと皆「違いがあって当たり前」というところからスタートするべきなのでしょう。多文化共創とは実はこれまで人々が歴史的過程で、自然におこなってきたことだといえます。そういう意識からスタートするのがいいかもしれません。
 本コラムをまとめるならば、多文化共創社会とは、複数の国籍を持っていても違和感がなく、多様な文化を認め合い、そして互いの国や文化の懸け橋になる人を排除しない社会といえます。決して無理に自分の国籍を一つに選ばせたり、一つの文化が絶対的だと言わせたりするようなものではないと思います。歴史や伝統も新しいものと混ざり合って、次の世代に進んでいくものです。そういった基本的な事にたちかえりながら、社会を考えていく必要があるといえます。


1 本稿では二つ以上の国籍を保持することを複数国籍、もしくは複数国籍保持者と呼ぶ。一般的には重国籍、二重国籍といった言葉が流通しているが、国籍は重なるものではなく、また重なるというイメージがネガティブに捉えられることがあるためである。詳しくは佐々木編『複数国籍』を参照。

【参考文献】
佐々木てる編2022『複数国籍』明石書店

【著者紹介】
アメリカ合衆国ボストン生まれ。筑波大学大学院、博士課程修了。博士(社会学)。現職は青森公立大学 経営経済学部 地域みらい学科 教授。博士論文は日本における帰化制度について。佐々木自身が日本国籍を選択した複数国籍者であるため、制度と現実の齟齬や矛盾、問題について研究を続けている。著作として駒井博監修、佐々木てる編著『マルチ・エスニック・ジャパニーズ』(2016、明石書店)、佐々木てる他編著『パスポート学』(2016、北海道大学出版会)、佐々木てる他編著『越境とアイデンティフィケーション』(2012、新曜社)など多数。

多文化研ロゴ.jpg




一般財団法人自治体国際化協会(CLAIR)
多文化共生部多文化共生課

〒102-0083 東京都千代田区麹町1-7 相互半蔵門ビル6階

Tel : 03-5213-1725

Fax : 03-5213-1742

Email : tabunka@clair.or.jp