コラム

生老病死と宗教

心の拠り所としての寺院・教会

松本 いく子

1. はじめに
 
多文化共生社会の実現に向けた実践事例を紹介してきた当コラム、今回は「生老病死と宗教」という入口から、在留外国人と深く関わる寺院や教会の活動を紹介します。「生老病死」とは人として避けられない4つの苦しみ(生まれる、老いる、病気になる、死ぬ)を表す仏教語です。日本で暮らす外国籍の方の多くは、故郷の家族や友人から遠く離れて、様々な問題・不安を抱えながら生きています。なかでも祖国に安心する場を失った難民の(特に難民認定を待たれる)方々は、母国に生きるわれわれの想像を超える苦難を担われていることでしょう。大きな夢を抱き家族の期待を背負って来日する技能実習生や留学生の若者たちが、想像もしなかった厳しい環境に遭遇する場合も多いと思います。
 このような方々の大切な心の拠り所となっているのが宗教関連施設です。その活動は、誰しも平等な「人」・「尊い命」と捉えて関わる包括的な視座を示しています。


2.
在留外国人の構成と傾向
 
10月のコラムでも指摘されたように、在留外国人の総数は20236月時点で320万人を超え、2012年以降の10年間で100万人以上増加しました。ここには2つの傾向が見られます。1つは出身国別構成比の変化です(第3図)。ベトナム出身者が10年間で8.2倍(2012年=52,367人から2022年=489,312)になり、フィリピン・ブラジル・ネパール・インドネシア出身者も増加傾向にあります。もう1つは、在留資格別構成比の変化です(図2)。技能実習生や留学生の増加が顕著で、この傾向は若年層の増加にも反映されています。
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出典:出入国在留管理庁令和4年現在における在留外国人数について

3. 仏教寺院と在留ベトナム人の例
 
「生老病死」の「病」と「死」は一見「老」に関係するように思えますが、技能実習生や留学生と関わる仏教寺院や関係組織の活動を鑑みると、「若」の「病」と「死」という問題が浮き彫りになります。
 急増するベトナム人技能実習生や留学生の中には、過酷な環境に置かれ、若くして日本で亡くなる方が少なくありません。病気・事故・怪我そして自死などの原因で亡くなったベトナム人の若者たち。その供養を続けてきた東京都内の浄土宗寺院には150以上の位牌が安置されています。故人の知人や友人の依頼で葬儀や供養が行われてきたそうです1
 この寺院はベトナムと60年にわたる交流を持ち、その始まりは1963年に当時の住職がベトナム戦争の悲惨さを目の当たりにし、ベトナム人僧侶たちの支援を開始したことにさかのぼります。そして、2011年の東日本大震災で被災したベトナム人を受け入れたことによって、在留ベトナム人に広く知られるようになり、生活相談も増加しました2
 ベトナム出身の若者が日本で毎年40名程度も亡くなるという現実を知ったこの寺院の当時の僧侶は、彼らの命がつきる前に「生きる」彼らとつながり・支えることの必要性を痛感し、支援活動を始めたそうです。SNSなどを通じて直接助けを求める声が届く「駆け込み寺」となったその寺院は、在留ベトナム人の命と人権を守る、より包括的な支援活動の提供を目指し、NPO法人「日越ともいき支援会」を設立しました3
 同法人では、コロナ禍の2021年には12000人に及ぶSNS/電話相談と6038人への食糧支援を実施しました4。さらに困窮者の保護・就労支援・妊婦支援・行政手続き・医療関連支援・帰国支援などを含む福祉と心のケアを今日まで継続するとともに5、技能実習生や留学生の過酷な現状の周知を促すために、メディアや講演を通じた情報発信や啓蒙活動も行われています。
 また、一般社団法人在日ベトナム仏教信者会の代表も務めるベトナム人僧侶は、埼玉県内の寺院の住職も務め、コロナ禍に際しては、行き場をなくしたベトナム人技能実習生を1000人以上保護しました。2021年11月には寄進された栃木県の民家に寺院を開き周辺の技能実習生の心の拠り所を提供しています6

. キリスト教教会と在留外国人の例
 1970年代にインドシナ難民の受け入れ支援を始めたことをきっかけに、日本ではいくつかの地域において、カトリック教会関係者も外国人受け入れ支援の役割を草の根的に果たしてきました。ベトナム人の8〜10%が信仰すると推定されるカトリック教会は、ベトナムから45人ほどの司祭と100人以上のシスターを日本各地に派遣しています。その中にはベトナム人の支援をメインとするベトナム人司祭やシスターもいます7
 1989年にボートピープルの一人として来日したシスターもその一人です。彼女はさいたま地区国際交流センターや県内の教会を拠点に、生活相談や入館訪問、面会支援などを行っています。また、1984年に初来日し、1989年から日本で活動するベトナム人司祭は教会でベトナム語のミサを行うほか、病気や怪我で入院したベトナム人への訪問やカウンセリングなども行っています。 
 そして、東京都内のカトリック教会を拠点にするベトナム人司祭は、ベトナム語での対話が可能なホットラインを定期的に開設しています。ベトナム出身者をはじめとする在留外国人の孤独の解消や法律・労働問題の解決に向けて、イエズス会社会司牧センターや、J-CaRM(日本カトリック難民移住移動者委員会)、行政機関などと連携しながら具体的な支援を提供しています。同教会は多国籍の司祭・ブラザー・シスター・信徒のチームによる司牧の歴史も長く、現在は日本語・英語・インドネシア語、スペイン語、ベトナム語、ポルトガル語、ポーランド語での定期ミサに加え、2-3ヶ月に1回程度インド人やアフリカ人グループなどによるミサや親睦会も開催しています。
 在留外国人たちは、言葉・文化の壁から孤独を感じ、問題を抱えながらも誰にどのように相談できるのかさえ分からないことが少なくありません。母国でも慣れ親しんできたミサに参加し、言語・文化を共有する仲間に出会える教会は、在留外国人の心の拠り所や気分転換の場になり、共助ネットワークとしても機能しています。洗礼や結婚式など、人生の門出を含むライフサイクル全般に関わる活動も多く、先の東京のカトリック教会では年間300組以上のカップルが挙式。こうしたイベントを故郷にライブ配信し、日本に来られない親族や友人もオンライン参加することで、故郷とのつながりも保っています。

.むすびにかえて
 効率や合理性を重視し、人間を労働力としてのみ扱うかのような価値観は、若者の「病」と「死」にも通じる様々な問題を在留外国人にもたらしています。彼らと関わる寺院・教会の活動は、苦難にある方々に「人」として寄り添い、その人生・命・尊厳を守る重要性を示唆しています。
 コロナ禍で雇い止めとなり、帰国もできなくなって困窮するベトナム人技能実習生や留学生たちに、前述の在日ベトナム仏教信者会などを通して寄付が寄せられ、米に変えて配布する緊急プロジェクトが行われたことがありました。その一時的な窓口として支援を呼びかけたのは国内のホームレス・貧困問題に取り組む仏教系団体「ひとさじの会」です9。同会の事務局長を務める浄土宗僧侶は様々な個人・団体と縁を結んで困窮者への支援を行なっていく地域社会の「支縁」、そして同会代表を務める浄土宗僧侶はその活動を通して慈しみに満ちた社会を目指す「社会慈業」という考え方を提唱しています10
 こうした考え方こそ、多文化共生社会の礎になるのではないでしょうか。日本滞在中に「大切にされた」という記憶を在留外国人の心に残すことは、将来日本人とその文化が他国で大切にされる相互関係を生み出すことにもつながります。その意味でも、長い年月をかけて紡いできた国境を超える縁を活かし、在留外国人に支援と心の拠り所を提供する宗教関連組織は、多文化共生社会の実現に向けた重要な協働者であるといえるでしょう。

1.WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会.人身売買取引タスクフォース主催の学習会. 2021年5月23日、2023年7月1日.
2.同上.
3.佼成新聞DIGITAL 「【NPO法人日越ともいき支援会代表・吉水慈豊さん(僧侶)】社会全体で支え、受け入れて外国人労働者と共に生きる」 2022年9月22日. https://shimbun.kosei-shuppan.co.jp/interview/58738
4.NPO法人日越ともいき支援会〜命と人権をまもる〜 パンフレット.
5.同上. ウェブサイト https://nv-tomoiki.or.jp/about
6.中野渉「技能実習生の受け入れ続ける寺 ベトナム人僧侶が日本に伝えたいこと」朝日新聞DIGITAL 2022年8月26日
7.『福音宣教』編集部 「インタビュー ベトナムからの人々を支援する」『福音宣教』20236月号(特集:移動・移住する人々とともに)、オリエンス研究所、2023
8. 同上.
9.ひとさじの会ウェブサイト https://www.hitosaji.jp/
10.高瀬顕功「宗教者による地域社会の"支縁"」『こころの支援と社会モデル――トラウマインフォームドケア・組織変革・共同創造』(笠井清登ほか)、金剛出版、2023

謝辞:
本稿執筆ににあたり、カトリック教会、WCRP(世界宗教車平和会議)日本事務局、日越ともいき協会 関係者の皆様にご協力いただきましたことを付記し、深謝いたします。

著者プロフィール:
東京・横浜育ち。ブラジルで中学・高校、上智大学、米国スタンフォード大学大学院を経て、国連開発計画(モザンビーク・スイス駐在)とアジア開発銀行(フィリピン駐在)に30年勤務し、南部アフリカや中央・東南アジア・太平洋地域の教育や社会事業に従事。現在上智大学実践宗教学研究科博士課程において宗教組織による国際平和活動及び、戦争や核実験被害者の悲嘆と心のケアを研究中。主な論文は「Is Religion Irrelevant to Development?(上智アジア学 第342016)、「Healing the Collective Grief: A Story of a Marshallese Pastor form Okinawa(Religions 2022,13,90), 「忘れられた戦争の傷跡と修復」(現代死生学 Vol.1 2022)など。多文化研究会理事。 多文化研ロゴ.jpg






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