コラム

DEIからウェルビーイングを考える

DEIからウェルビーイングを考える

明治学院大学社会学部社会福祉学科 教授 Ph.D. 明石留美子

1. アメリカでDEIが廃止に

 外国人労働者が増加する日本で、アメリカで進められていたDEI、すなわち多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包摂性(Inclusion)を重視し多様な人々の活躍を推進することは日本の企業や組織にとっても重要だと考えていたところ、トランプ大統領はDEIの廃止を公表しました。2025年1月20日、バイデン政権が連邦政府に取り入れたDEIは不法で不道徳であるとし、連邦政府内においてDEIを含めた全ての差別的な優遇措置を終了する大統領令に署名しました。翌21日には新たな大統領令に署名し、主要な企業、金融機関、医療業界、民間航空、警察当局、高等教育機関は、人種と性別に基づく危険な嗜好を推し進め公民権法に違反しているとし、民間セクターにもDEIに基づく不法な差別と嗜好を止めるよう求めています。

 2025年3月現在、連邦政府の一連の動きに全米50州のうち31州が同調し、DEIを禁止または制限するイニシアティブを導入しています。そうした動きの中で、ウォルマート、アマゾン、グーグル、メタ、マクドナルドなどの企業がDEIを縮小した一方で、アップル、マイクロソフト、コストコ、デルタ航空などDEIの取り組みを再表明している企業も存在しています。

2. DEIとは

 アメリカでのDEIの発展は、ジョン・F・ケネディ大統領が1961年に連邦政府の請負業者に向けて発した大統領令が発祥であると言われています。当時、あらゆる産業で雇用の対象となるのは白人男性で、警察官や消防士も白人男性、黒人は清掃などの業務に限定されていました。ケネディ大統領によるこの措置は積極的差別是正措置、すなわちアファーマティブ・アクション(Affirmative Action: AA)と言われ、人種、肌の色、性別、国籍、宗教などに影響されることなく誰もが平等に応募でき、平等な対応を受けることを目指したもので、その背景には公民権運動があります。DEIの定義は時とともに変化し、2021年にバイデン前大統領が発した大統領令では、多様性、公平性、包括性にアクセシビリティを加えてDEIAとし、これらによって連邦政府の労働力を強化するとされました。この大統領令(Executive Order 14035)では、それぞれの概念を表1のように定義しています。

1. DEIAの定義
多様性
Diversity
十分なサービスを受けられていないコミュニティを含め、アメリカ国民の多数のコミュニティ、アイデンティティ、人種、民族、背景、能力、文化、信条の包摂を実践すること
公平性
Equity
そのような待遇が否定され十分なサービスを受けられていないコミュニティに属する個人を含め、すべての個人に対して体系的で一貫したフェア、公正、平等な待遇をすること
包摂性
Inclusion
あらゆる背景をもつ従業員の才能や技術を認識、評価、活用すること
アクセシビリティ
Accesibility
施設、情報通信技術、プログラム、サービスを設計、建設、開発、維持管理し、障害をもった人々を含めすべての人々が完全かつ独立してそれらを活用することができること
参照: Executive Order 14035

 また、国連と民間の企業や団体がグローバルな課題解決において協力する世界最大のイニシアティブである国連グローバル・コンパクトは、世界で6人に1人が何らかの差別を受けている現状を指摘し、雇用や仕事において差別は撤廃されなければならないとしています。世界人権宣言に照らして、採用、配置、研修、昇進の基準となるべきは人々の適性、技能、経験であり、職業とは関連のない人種、肌の色、性別、宗教、障害、政治的意見、出生で制限されてはならないと、ビジネスにおけるDEIを推進しています。さらに、17の目標から成る持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)においても、目標5ではジェンダー平等、目標8ではディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と、グローバル・レベルでのDEIへの取り組みが掲げられています。雇用や職場における差別や不平等は、個人のウェルビーイングを阻害し、マクロ的にも社会の結束を阻み、貧困緩和を妨げ、社会や経済の長期的な発展を阻害することにつながります。


3.
 DEIの個人、企業、社会へのインパクト

 DEIは組織心理学、人的資源、経営を含め幅広い分野で研究されており、DEIがポジティブな結果を生み出すことを示すエビデンスは豊富です。ビジネスの側面では、DEIの推進によって、従業員の相互理解、モラル、取り組み、職場における満足度が高まり、固定観念や無意識なバイアスが修正されます。また、従業員間の協働が進み意思決定が改善され、職場での生産性が高まり、イノベーションを起こす環境が育まれ、組織のレジリエンス(逆境や困難に遭遇した時に立ち直る力、回復力)が高まるなど、企業にとっても良い効果が生まれることが示されています。さらに、よりマクロな視点から見ると、DEIは、あらゆる人々が同じように扱われることで社会の結束が強まり、社会や経済の長期的な発展につながっていきます。逆説的に述べると、DEIが制限されると、思考が均質化することで創造性が阻害され、イノベーションが生まれにくくなり、社会での不平等が深まることにつながります。すなわち、ビジネスの世界でDEIが浸透すると、従業員、企業、社会という多元的なレベルで良い結果が生じることは研究でも明らかです。

 例えば、ロンドンの7,615社を調査したNathanLee2015)は、民族性、文化の多様性、市場志向、イノベーション、アントレプレナーシップ、販売戦略の関係性を見出す研究の中で、経営層が多様性に富んでいる企業は、均質な経営層をもつ企業よりも新たな製品のイノベーションを生み出すと報告しています。さらに、多様性は海外市場や国内の国際色豊かな人々へのサービスにおいて重要であること、移民はアントレプレナーシップ、すなわち新たな価値を生む積極的な行動や精神を持ち合わせ、より起業に積極的であることを見出し、多様性は社会と経済の双方にとっての資産となると述べています。

 また、イギリス、アメリカ、カナダ、ラテンアメリカ諸国の大企業366社の多様性(経営層における女性の割合と民族・人種の構成)と企業業績の関係を調査したHuntLayton2015)も同様に、女性の割合が高い企業は低い企業に比べて、民族・人種構成の多様な企業はそうでない企業に比べて業績が良好なことを明らかにしています。

4. 何を「公平」と考えるのか

 アメリカで成人1,626人に実施した最近の世論調査では、44%がDEIプログラムへの資金提供を増加あるいは維持すべきと回答した一方で、38%が削減あるいは廃止すべきと答えています。支持政党別に見ると、民主党支持者の74%が増加・維持すべきと答えたのに対し、共和党支持者では74%が削減・廃止と回答し、意見の分断が見られます。

 こうした世論の分断やトランプ大統領によるDEIの廃止には、何を公平とし、何が正しいのかについての価値観の相違があると考えます。DEIは人種、民族、生まれ育った背景などの自分ではどうにもならない違いで不利な境遇にある人々も含めて、多様な人々が公平にそれぞれの能力や技能を発揮できるよう、すべての人々に社会参加の機会を開くことを意味します。一方、トランプ大統領やアンチDEI層が価値を置くのはメリトクラシー、つまり能力主義で、アメリカ人の勤勉や努力が正当に評価され、成功を収めることができる社会であると考えられます。

 1月21日の大統領令では、人々が持つアイデンティティによって機会が与えられるというDEIおよびDEIAは、勤勉さや個人による成果を大事にするアメリカの伝統的価値観を否定するもので、勤勉なアメリカ人が彼らの人種や性別のためにアメリカン・ドリームを達成する機会を与えられないのは認めるべきではないとしています。また、DEIやDEIAは人種、肌の色、宗教、性別、国籍による差別からアメリカ人を保護するための公民権法(1964年)に違反しているとも述べています。すなわち、DEIは人々の属性に関わらずすべての人に等しく機会を与えるべきとする一方で、DEIの撤廃は、人々の属性ではなく能力によって等しく機会が与えられるべきとする点に違いが見られます。不利なアイデンティティを持つ人々が差別されることなく、等しく機会を得るには一定の配慮が必要であるというDEIの価値感は広範な支持を得ていました。しかし1980年代になると、白人であることが不利に働く逆差別が起きているとの批判も目立つようになりました。

 では、公平とは何を意味するのか、類似概念である公正、平等と共に以下の図を用いて考えたいと思います。図1では、身長の異なる3人のスポーツ観戦の様子が描かれています。身長の違いによって見える人、見えない人がいます。そこで踏み台を用意しますが、3人に同じ個数の踏み台を用意するのが「平等」です。その一方で、観戦者の特性によってそれぞれが必要とする個数の踏み台を用意するのが「公平」になります。また、3人全員が観戦できるようフェンスを撤去することが「公正」と説明されています。以上で見ると、DEIは「公平」に価値を置く一方で、メリトクラシーは「公正」に価値を置くものと考えられるのではないでしょうか。

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5. 日本型DEIによってウェルビーイングの向上を目指す

 日本企業におけるダイバーシティ(多様性)の推進は、1986年に施行された男女雇用機会均等が起点になったと考えられます。これによって雇用における男女差別の是正が進められることになりました。少子高齢化やグローバル化が進み、2000年前後から、より包括的なダイバーシティ・マネジメントが重視されるようになり、性別に加え、障がい、年齢、国籍を問わず、多様な人材の活用がますます重要になっています。三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2023年に行なった調査では、対象となった東証上場企業3,789社の82.4%が何らかの多様性に関する取り組みを行っていることが報告されています。しかしそのうち、取り組みの対象を限定せず、包括的なダイバーシティの推進に取り組んでいる企業は31.4%に留まります。

 近年の日本では外国人雇用の増加が著しいですが、企業や組織による外国人労働者の受け入れには多くの課題が見受けられます。技能実習生の例を見ると、2023年に労働基準関係法令の違反が疑われ監督指導を受けた実習実施者は10,378事業場で、その73.3%に相当する7,602事業場で違反が認められました(図2)。同年の定期監督等の対象となった一般的な事業場での違反率は69.6%で、大差でないものの、技能実習生受け入れ事業所の違反率は上回っていることが見受けられます。こうした差は近年の傾向です。

 DEIが働く人々のウェルビーイングにポジティブに影響することは明らかです。研究では、DEIを実施している企業や組織では、従業員のメンタル・ヘルス、雇用満足度、定着率が増すという結果が出されています。長らく日本人男性を中心に発展してきた日本のビジネス慣行では、女性や外国人といったマイノリティへの排他的対応や差別を誘発しやすい環境にあることも否めません。外国人労働者のさらなる増加が見込まれ多様化が進んでいくにつれ、日本型DEIを開発し浸透させていくことが、働く人々や職場のウェルビーイングを向上させるために必要だと考えています。

参考文献
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campaign=domcontent&utm_term=Non-Brand&tpcc=paidsearch.google.dsacontent&gad_source
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著者プロフィール

明石留美子
明治学院大学 社会学部 社会福祉学科 教授。 Ph.D. (社会福祉学) 。専門は国際福祉学、社会福祉学、ソーシャルワーク。
UNICEF モンロビア事務所 (在リベリア)、UNICEF 西・中央アフリカ地域事務所 (在コートジボワール)、国際協力機構(フィリピン貧困緩和プロジェクト担当)、世界銀行東京事務所での勤務を経て、明治学院大学社会学部社会福祉学科准教授に就き、現職に至る。ニューヨーク州コロンビア大学スクール・オブ・ソーシャルワークでPh.D.を取得し、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員として研究に従事した。

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