コラム

第56回 多文化共生の学校づくりセミナー


山脇 啓造

 2025628日に、明治大学中野キャンパスにて「多文化共生の学校づくりセミナー」が対面とオンラインのハイブリッド形式で開催されました。主催は山脇啓造研究室で、文部科学省、横浜市教育委員会、横浜市国際交流協会の後援をいただき、横浜市多文化共生・国際教室研究会と明石書店にご協力いただきました。会場には約30名、オンラインで約50名の学校関係者にご参加いただきました。

 本セミナーは、20052月に明石書店から刊行された『多文化共生の学校づくり横浜市立いちょう小学校の挑戦』の出版20周年を記念して開催されました。その続編である2019年刊『新 多文化共生の学校づくり横浜市の挑戦』からは6周年となります。旧いちょう小学校関係者を中心とする学校関係者が登壇し、この20年間の歩みを振り返るとともに、今後の課題について議論しました。

 セミナーの前半には二つの講演がありました。最初の講演は、文部科学省の釜井宏行国際教育課長が「外国人児童生徒教育の20年」と題して行いました。日本の外国人児童生徒教育の取り組みを振り返りながら、制度面や政策面での発展を概観しました。二つめの講演は、服部信雄元いちょう小学校校長が「今振り返るいちょう小学校の実践」と題して、いちょう小学校における多文化共生の取り組みを振り返りました。

 後半のパネルディスカッションでは、「多文化共生の学校づくり―過去・現在・未来―」をテーマに、金子正人・横浜市立南吉田小学校校長、土屋隆史・横浜市立横浜吉田中学校副校長、中村暁晶・横浜市国際交流協会(YOKE)多文化共生推進課長の3人をパネリストに迎え、モデレーターは筆者が務めました。3人のパネリストはそれぞれの職場の取り組みを振り返りつつ、多文化共生の観点に立った授業づくりや行事づくり、学校と地域の連携、地域における外国ルーツの子どもたちの居場所づくりなど、この20年間の成果と今後の課題を語りました。

 金子校長からこの20年間の変化として、外国ルーツの児童生徒が大きく増えたこと、外国ルーツの子どもで特別支援が必要な児童生徒も増えたこと、学習指導要領に日本語指導が必要な児童生徒の支援が位置づけられたことの指摘がありました。土屋副校長からは横浜市の取り組みとして、初期集中日本語教育の拠点施設である「ひまわり」が市内3か所に設置されたことがあげられました。また、中村課長からは、YOKEが取り組んだ外国人中学生の学習支援教室の卒業生が外国ルーツの子どもたちの居場所として「にじいろ探検隊」をつくり、自己表現や地域貢献の活動を行っていることの報告があり、自律的に学ぶ習慣を身につけ、自己肯定感を得る上で、母語を尊重する意義が強調されました。

 筆者は閉会の挨拶の中で、以下の3点を述べました。

 ・20072008年度の文科省の有識者会議に筆者が参加し、「多文化共生教育」について発言した時に、他の参加者から地域社会で多文化共生を進めるのはよいが、学校教育にはふさわしくないとの発言があり、提言に含まれなかった。それだけに、今年度の文科省の有識者会議の資料に「多文化共生(インクルーシブ)な学校づくり」が入っていることが感慨深い。また、同じ資料の中に「ことばの発達と習得のものさし」があり、日本語も母語もあわせて子どものことばの力を評価することも意義がある。
 
 ・筆者は生まれは大宮だが、横浜で育った。横浜市の取り組みにもいろいろ課題はあるが、ひまわりやYOKEのラウンジなど全国をリードする取り組みがあることは間違いない。大学教員として残りの時間は限りがあるが、横浜発の「多文化共生の学校づくり」の発信にさらに力を入れ、2029年には『新 多文化共生の学校づくり』出版10周年のイベントを開きたい。

 ・いちょう小学校での服部校長の任期はわずか23か月だったが、服部校長ほど地域の皆さんに信頼され、深い絆を築いた方はいないのではないか。服部校長がいちょう小学校から異動になる時、地域の皆さんはショックを受け、教育委員会に校長留任の要請に行ったほどである。あれから20年以上が過ぎたが、こうした形であらためて服部校長に講演していただくことができてよかった。

 以下、参加者の感想の一部をご紹介します。
 
「多様性の包摂が求められる現在や未来の社会にあって、多文化共生はとても重要なワードや概念だと感じます。目の前の子どもたちや地域等を大切に想い創られた学校づくりだったことと思いますが、20年も前から、まさに先見をもって取り組まれていらっしゃったような素晴らしさを改めて感じさせていただきました。」

「これまで外国籍や外国につながる子ども達が多くいる学校にいらっしゃった先生、現在いらっしゃる先生、研究されている先生方、協力機関の方のお話を一度にお聞きできる贅沢な時間でした。これまで先生方はご苦労も多かったと思いますが、楽しみながら少しずつ体制を整えてきた歴史、今も進化し続けている素晴らしさ感じました。」

「私は外国につながる児童の日本語指導に携わる日本語教師です。私は日本語指導する立場ですが、支援の必要なのは、外国につながる子どもたちだけではないと。けれども、先生方も支援する側も圧倒的に人手が足りないと感じます。そう考えると、まずは、服部先生がおっしゃっていた『つながる、つなげる』から始めることが解決につなげる一歩かと思いました。」

「本日のセミナーでは、具体的なデータやエピソードを通して、外国人児童等への教育の現状を把握するうえでの助けとなりました。また、移民や外国人支援の取り組みは、制度だけでなく、学校や地域コミュニティの努力によっても支えられていることを再認識しました。」

「いちょう小学校のことは以前同僚から聞いていてとても興味を持っていました。本日、実際にその現場にいらした先生方の当時のお話を聞く機会をいただき本当に良かったです。多文化共生社会のあるべき姿、教師の姿勢、協働の大切さというものについて改めて考えさせられました。」

「各領域の関係者の方々がご登壇されることで多文化共生に関連する現状や課題が網羅されていて、とても参考になりました。」

「学校づくりを進める上で子どもと地域を大切にすること、多くの原点をもう一度考えることができました。」

「横浜市の先進的な取り組みを詳しく説明していただき、自分たちの地域の課題に対するヒントをもらうことができました。」

 最後に、今回のセミナーを通じて筆者が考えたことは以下の2点です。
 
 第1に、ディスカッションの中でも取り上げられた学習指導要領の変化についてです。筆者にとって、学習指導要領の中に外国人児童生徒の記載がまったくないことが気になっていました。1977年告示で「海外から帰国した児童については、学校生活への適応を図るとともに、外国における生活経験を生かすなど適切な指導を行うこと」という項目ができました。1998年告示では、「海外から帰国した児童などについては、学校生活への適応を図るとともに、外国における生活経験を生かすなど適切な指導を行うこと」と記載されました。この「など」に外国人児童が含まれることが、学習指導要領解説に「帰国児童や外国人児童の受け入れが多くなっている」とあることからわかります。そして2017年告示で、「日本語の習得に困難のある児童に対する日本語指導」が明記され、「他の児童についても,帰国児童や外国人児童,外国につながる児童と共に学ぶことを通じて,互いの長所や特性を認め,広い視野をもって異文化を理解し共に生きていこうとする姿勢を育てるよう配慮することが大切である。」(解説115)、「外国人児童や外国につながる児童については,課外において当該国の言語や文化の学習の機会を設けることなどにも配慮することが大切である。」(解説117)と記されました。ただ、この告示でも、外国人児童の記載はないので、次の告示にこそ明記してもらいたいと思います。

 第2に、今回、文科省の後援をいただき、国際教育課の釜井課長にご報告をいただくことができ、横浜市の取り組みをより大きな国の外国人児童生徒教育の枠組みの中で議論できたことは大きな意義があったと思います。その国際教育課の所掌事務は、「国際理解教育の振興に関する企画及び立案並びに援助及び助言に関すること」と「海外に在留する邦人の子女のための在外教育施設及び関係団体が行う教育、海外から帰国した児童及び生徒の教育並びに本邦に在留する外国人の児童及び生徒の学校生活への適応のための指導に関すること」に分かれます。ここで気になるのは、帰国児童生徒は「教育」となっているのに、外国人児童生徒は「教育」ではなく、「適応指導」となっていることです。これは、もしかすると、外国人の子どもには、日本の義務教育への就学義務はないという日本政府の基本的立場が影響しているのでしょうか。もちろん、「公立の義務教育諸学校へ就学を希望する場合には、国際人権規約等も踏まえ、日本人児童生徒と同様に無償で受入れ、教科書の無償配付及び就学援助を含め、日本人と同一の教育を受ける機会を保障」するとしているのですが、外国人にも就学の義務が必要と考えています。

一般財団法人自治体国際化協会(CLAIR)
多文化共生部多文化共生課

〒102-0083 東京都千代田区麹町1-7 相互半蔵門ビル6階

Tel : 03-5213-1725

Fax : 03-5213-1742

Email : tabunka@clair.or.jp