コラム

第65回 「秩序ある共生社会」と自治体


山脇 啓造

 国の最新の総合的対応策(2026)を受けて、「秩序ある共生社会」という表現が地方自治体によっても用いられるようになってきました。「秩序ある多文化共生社会」という表現もみかけます。この「秩序」という言葉は、一見すると当然の前提のように思われますが、実はその意味内容は文脈によって大きく異なります。とりわけ、国際社会で用いられる「秩序(order)」と、日本国内の政策論議で語られる「秩序」との間には、大きな違いがあります。

際社会における「秩序」

 まず、国際的な文脈を見てみましょう。たとえば、国連の「安全で秩序ある正規の移住のためのグローバル・コンパクト」(2018)では、「安全で秩序ある正規の移住(Global Compact for Safe, Orderly and Regular Migration)」という表現が用いられています。また、国際移住機関や国連難民高等弁務官事務所といった国際機関も「秩序ある移住(orderly migration)」という概念を用いています。
 ここでいう「秩序」とは、社会の平穏そのものを指すというよりも、「移動のプロセスが制度化され、予測可能な形で管理されている状態」を意味します。誰が、どのような条件で、どのような法的経路を通じて移動できるのかが明確であり、国家主権に基づく管理と移民の基本的権利が両立している状態が目指されています。秩序の対象は、あくまで「移動のプロセス」です。

日本における「秩序」

 これに対し、日本で「秩序」が語られる場合、それはしばしば「地域社会の安定」や「生活の平穏」と結びつきます。治安の維持、摩擦の回避、不安の解消といった言葉とともに語られることが多く、秩序の対象は「社会の安定」に置かれます。つまり、ガバナンスの焦点が「移動」ではなく、「受け入れ後の社会」にあります。
 もちろん、どちらが正しいという単純な話ではありません。国際的な「秩序」もまた、国境管理やデータ共有、送還協力といった管理の側面を含んでいます。一方で、日本の政策にも制度の整備や予見可能性の確保といった要素は存在します。ただし、両者の違いは、「何を秩序化しようとしているのか」というガバナンス対象の差異にあります。
 国連を中心とする国際的な制度枠組みでは、「移動そのものをいかに管理可能にするか」という課題が中心に据えられています。これに対して、日本の議論は、「社会の安定をいかに維持するか」という問いを前面に出す傾向があります。その結果、「秩序ある受け入れ」という言葉が、「日本社会の秩序を乱さない範囲での受け入れ」という含意を帯びやすくなります。もちろん、国が秩序を強調する背景には、急速な外国人住民の増加に伴う不安への対応に加え、一部とはいえ制度の悪用を防ぎ、公平で透明な運用を確保する必要性もあります。秩序の強調は、こうした現実的課題への政策的応答でもあります。
 欧米諸国においても、国内の治安や社会の安定の観点から「秩序」を強調する政治的言説は存在します。ただし、国際的な制度枠組みで語られる「秩序」と、国内政治の文脈で用いられる「秩序」とは区別して理解する必要があります。

自治体にとっての「秩序」

 ここで重要になるのが、自治体の立ち位置です。自治体は、出入国管理や在留管理といった主権的機能を担っているわけではありません。日常生活の支援、教育、福祉、地域コミュニティの形成といった分野を通じて、地域社会の運営を担っています。その意味で、自治体における「秩序」は、主権的な管理や規制の強化によって形成されるものではなく、信頼と参加に基づく地域の安定として捉えることが重要ではないでしょうか。
 すなわち、秩序とは、行政が上から強制する状態ではなく、住民がルール形成と遵守に主体的に関わることで維持される地域の安定であるという理解です。ここでいうルール遵守の要請や義務も、支援と切り離されて強化されるべきものではありません。義務は支援と不可分の関係にあり、ルールを守れる条件を整えることが前提となります。外国人住民にルール遵守を求めるだけでなく、行政側も情報提供や日本語支援、相談体制の整備を通じて、ルールが理解可能で実行可能なものとなるよう責任を負う。さらに、外国人住民の地域組織や審議会等への参加を通じて、ルール形成にも関与してもらう。こうした双方向の関係の中でこそ、持続可能な秩序は生まれます。例えば、ごみ出しルールや災害時の行動などを、外国人住民も含めた地域の場で一緒に確認していくことも、「上からの秩序」から「参加を通じた秩序」への転換の一例です。
 重要なのは、秩序を単なる管理や規制の強化と理解するのではなく、ルールが透明で、支援の仕組みが明確に整えられ、住民と行政の相互の信頼が支えられている状態と捉え直すことです。自治体が担う情報提供や日本語教育、参加の仕組みづくりは、その信頼を支えるインフラにほかなりません。これは、「変化を拒む静的な安定」ではなく、「変化を前提とした動的な安定」です。多様性を前提に、対話と参加を通じて共通基盤を再構築していくプロセスこそが、これからの地域社会に求められる姿ではないでしょうか。

自治体の役割

 自治体が「秩序ある共生社会」や「秩序ある多文化共生社会」という言葉を用いること自体が問題なのではありません。重要なのは、その秩序が何を意味するのかを、自治体自らが明確に提示することです。秩序を単なる管理や規制の強化と同義にするのか、それとも信頼と参加に基づいて地域の安定を支える仕組みと捉えるのか。その選択によって、政策の方向性は大きく変わります。
 国の政策との整合性を保ちつつも、自治体には概念を捉え直す余地があります。むしろ、地域に最も近い自治体だからこそ、「秩序」を不安や不満への対処としてではなく、地域における信頼と参加を支える制度として位置づけ直すことができるはずです。自治体が「秩序」をどう位置付けるかは、単なる言葉の問題ではありません。それは、地域社会の将来像をどのように描くのかという選択そのものです。
 総合的対応策においても、「秩序は社会の土台、多様性は社会の力であり、この両者を両立させることが、真の秩序ある共生社会の道である」と明記されています。いま求められているのは、「秩序か共生か」、「規制か支援か」という二項対立ではなく、「共生を持続させるための秩序とは何か」、「規制と支援をどのように組み合わせるか」を問い直すことです。そこからこそ、真に持続可能な共生社会への道筋が見えてくるのではないでしょうか。

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