山脇 啓造
今、日本の自治体では、外国人住民の増加に伴い、地域社会での対応の幅が広がっています。ごみ出しのルール、騒音、学校での日本語支援、医療機関での通訳、賃貸住宅の入居拒否など、日常生活の多様な場面で摩擦が生じる地域が増えています。昨年夏の参議院選挙以降、多文化共生や国際交流を進める自治体への日本人住民からの苦情も増加しているようです。
こうした現場の負担は、自治体の努力によって何とか支えられてきました。明確な法的根拠も十分な財政的裏付けもない中で、多言語対応の窓口を設け、日本語教室を支援し、学校と連携し、NPOと協働してきました。しかし、こうした対応は本来、国が全国共通の制度として整備すべき分野です。現場の工夫と善意で支え続けるには、すでに限界に達しています。この混乱は、外国人住民が増えたから起きているのではありません。国が外国人労働者の受け入れを拡大する一方で、定住や社会統合に関する制度的な枠組みが十分に整備されてこなかったことに、構造的な要因があると考えられます。
政府は昨年夏以来、「秩序ある共生社会」を掲げ、規制の強化を進めていますが、こうした現場の摩擦や負担は、規制の強化だけで解決するものではありません。いま求められているのは、ルールが透明で、支援が制度として整えられ、住民の参加と信頼によって支えられ、将来の見通しが共有できる社会の構築です。本稿でいう「秩序ある共生社会」とは、そのような社会を指します。そして、その秩序を自治体任せにせず、国家責任として制度化する必要性を論じます。ここで問われているのは、多様な背景をもつ人びとが相互に関わりながら参加を広げ、信頼と安定に基づく社会的結束を、どのように制度として支えるかという点です。
言説と現実の乖離
日本政府はこの10年あまり、「移民政策はとっていない」と言い続けてきました。しかし、現実には外国人労働者の受け入れは急速に拡大し、家族とともに定住する人も増えています。現在、全国に約400万人の外国人住民が暮しています。外国人労働者として来日した人びとが職場にとどまり、結婚し、子どもを育て、日本社会の構成員になりつつあります。
それにもかかわらず、政府は「移民ではない」という言説を維持してきました。この言説と現実の乖離が日本の外国人政策の最大の問題かもしれません。国は受け入れのルールだけを決め、社会統合の責任は自治体と現場に委ねる。この構造のもとで、不安や不満の多くは国ではなく自治体に向かい、現場が疲弊していきます。国家が社会の変化を認めず、責任を正面から引き受けないことが、社会全体の不信を生んでいます。
国際的に見れば、こうした構造は例外的です。ドイツ、カナダ、韓国などでは、外国人を社会の構成員として迎え入れる以上、言語教育、就労支援、子どもの教育、地域参加といった社会統合を国家の責務として法律に明記しています。移民を受け入れるなら、社会の結束(social cohesion)の維持を国が引き受けるのが国際的な傾向と言えるでしょう。
日本のように、受け入れは国が決め、社会統合は主に自治体に任せるという構造は、国際的にはあまり見られません。こうした体制が、日本の現場を追い詰めているのです。日本には、実は豊かな社会統合の実践があります。浜松市や豊田市、横浜市などでは、自治体、学校、企業、NPOが連携し、外国人住民の日本語学習、医療通訳、子どもの教育支援、地域交流を積み重ねてきました。これが2000年代以来、全国に広がった「多文化共生」の取り組みです。
ここで重要なのは、多文化共生が単なる文化紹介イベントや国際交流フェスティバルではないという点です。それは、異なる背景を持つ人びとが日常的に接触し、誤解を解き、信頼を築くための政策です。欧州評議会が進め、国際社会に広がりつつある「インターカルチュラルな統合」と呼ばれるアプローチに近いとも言えます。しかし、日本ではこの実践が、制度としてではなく、現場の努力として続けられてきました。それを国家の枠組みに組み込むことが、いま求められています。
「外国人との共生社会基本法」とは何か
本稿のメッセージはシンプルです。外国人の受入れを進める以上、その定住と統合を「国家の責務」として位置づける「外国人との共生社会基本法」(仮称)が不可欠だということです。これは、自治体がこれまで積み重ねてきた多文化共生の実践を、国家の制度枠組みに位置づけ直す試みでもあります。この法律がめざすのは、外国人を優遇することではありません。国籍を問わず、社会の構成員がともに暮らし、働き、学ぶことのできる、社会的結束のある共生社会をつくることです。この基本法は三つの原則を柱とします。
第一に、国の責務の明確化です。外国人の定住と統合は、もはや自治体や現場だけに任せられる問題ではありません。日本語教育、生活支援、就労支援、子どもの教育などの基盤を国が整備し、安定した財政的・制度的支援を行うことを法律で明確にします。日本語教育や情報提供が十分に行われることは、職場や地域でのトラブルの防止にもつながり、日本人住民の安全で安心した暮らしを支えます。
第二に、自治体の多文化共生の位置づけです。これまでの20年あまり、日本の自治体が積み上げてきた多文化共生の実践を、共生社会を実現するための中核的政策として法的に位置づけます。これにより、自治体の取り組みが一過性の事業ではなく、持続可能な制度になります。
第三に、秩序と包摂の両立です。本法案での秩序とは、単なる管理や規制の強化を意味するものではなく、必要な支援と参加を通じて地域の安定を支える仕組みを指します。外国人住民も社会の一員として法やルールを尊重し、地域の一員として責任を果たします。その一方で、言語や文化などの壁によって排除されないよう、雇用や教育、情報へのアクセスを保障し、社会に包摂される環境を整えます。
日本語教育推進法の制定や出入国管理制度の見直しなど、個別の制度整備は進んでいます。しかし、これらはそれぞれ所管省庁が異なり、横断的な政策調整の仕組みが十分ではありません。基本法という形式をとることで、国の責務を包括的に明示し、関係省庁間の総合調整を法的に義務づけ、自治体への安定的な財政支援の根拠を設けることが初めて可能になります。個別法の積み上げでは十分に対応できない「制度の縦割り」が現場の疲弊の一因となっており、それを解消するには基本法による横断的な枠組みが不可欠です。
この基本法は、「外国人のための法律」ではありません。日本社会の分断を防ぎ、地域の信頼と安心を守るための法律です。自治体任せを続ければ、摩擦と不満は拡大し、排外的な言説が力を持つでしょう。それは日本社会にとって深刻な結果をもたらすかもしれません。自治体の疲弊を防ぎ、排外的な言説や対立の拡大を抑え、地域の安定を確保することは、日本社会全体の持続可能性にとって不可欠です。
いま必要なのは、国家が社会の変化を正面から認め、その責任を引き受けることです。この基本法は、そのための第一歩です。自治体と現場に任せきりの時代を終わらせ、社会の結束を国家が正面から引き受ける。その転換を記すのが、「外国人との共生社会基本法」です。
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外国人との共生社会基本法(案)
第一章 総則
(目的)
第1条
この法律は、国籍のいかんを問わず、すべての人が日本社会の法秩序及び社会規範を共有しつつ、必要な支援の整備と住民の参加を通じて地域社会の安定が確保された秩序ある共生社会を形成することができるようにするため、国及び地方公共団体の責務並びに基本となる施策を定め、もって日本社会の安定及び国民の安全と安心の確保に寄与することを目的とする。
(定義)
第2条
この法律において「共生社会」とは、国籍のいかんを問わず、すべての人が法秩序を尊重し、社会の一員としての責任を果たしつつ、ともに生活する社会をいう。
2 この法律において「多文化共生」とは、地域社会において、異なる文化的背景を有する人々が相互に理解を深め、交流及び協力を通じて共生社会の形成を図る取組をいう。
3 この法律において「外国人」とは、日本の国籍を有しない者をいう。
(基本理念)
第3条
共生社会の形成は、国籍のいかんを問わず、すべての人が日本国の法秩序及び社会規範を尊重し、相互の信頼のもとで、社会の一員としての責任を果たすことを基本として推進されなければならない。
2 共生社会の形成に当たっては、必要な支援及び情報提供の整備並びに住民の参加を通じて、地域社会における相互の信頼と協力の下に秩序が維持され、もって国民の安全で安心な生活の確保が図られなければならない。
3 国及び地方公共団体は、基本的人権の尊重及び不当な差別的取扱いの防止に配慮しつつ、外国人が社会の構成員として適切に位置づけられ、地域社会への参加の機会が確保されるよう、必要な環境を整備しなければならない。
第二章 国等の責務
(国の責務)
第4条
国は、共生社会の形成に関する施策を総合的に策定し、入国管理、労働及び社会政策との整合性を確保しつつ実施する責務を有する。
2 国は、地方公共団体が行う多文化共生の推進に資する取組に対し、必要な支援を行うものとする。
3 国は、外国人に対する不当な差別的取扱いの防止及びその権利の保護に資する制度の整備及び運用の充実に努めるものとする。
(地方公共団体の役割)
第5条
地方公共団体は、地域の実情に応じ、多文化共生の推進を通じて、共生社会の形成を図るものとする。
2 地方公共団体は、外国人住民を含めた地域住民と連携し、地域生活のルールの共有及び理解の促進に努めるものとする。
(事業者の役割)
第6条
事業者は、外国人労働者が就労に関する法令及び職場規律を理解し、遵守することができるよう、当該法令等の周知に努めるものとする。
2 事業者は、外国人労働者が地域社会の一員として安定した生活を営むことができるよう、必要な日本語支援及び生活情報の提供に努めるものとする。
3 事業者は、前二項の取組を円滑に実施するため、地方公共団体その他関係機関との連携に努めるものとする。
(国民の役割)
第7条
国民は、共生社会の形成に当たり、地域における相互理解及び信頼の醸成に努めるとともに、地域の安全で安心な環境づくりに協力するものとする。
第三章 基本的施策
(法令等の情報提供)
第8条
国及び地方公共団体は、外国人に対し、入管法令、労働関係法令その他の法令に基づく権利及び義務について、適切な情報提供を行うものとする。
(日本語教育及び社会参加の促進)
第9条
国及び地方公共団体は、外国人が地域社会に参加し、自立した生活を営むことができるよう、日本語教育及び社会制度に関する基礎的理解の促進を図るものとする。
(子どもの教育)
第10条
国及び地方公共団体は、外国人の子どもが適切に就学し、必要な日本語指導及び学習支援を受けることができるよう、必要な施策を講ずるものとする。
2 国及び地方公共団体は、外国人の子どもの不就学の防止並びに進学及び職業選択を含む将来の社会参加の機会の確保に努めるものとする。
(相談体制等)
第11条
国及び地方公共団体は、外国人を含む地域住民が、共生社会の形成に関連する生活上の問題等について相談することができる体制を整備し、必要な情報提供を行うよう努めるものとする。
2 国及び地方公共団体は、前項の体制を通じて得られた相談等を踏まえ、摩擦の未然防止及び早期解決を図り、地域社会の安定及び安心の確保に資するよう、関係機関、事業者及び民間団体との連携に努めるものとする。
(就労及び生活の安定)
第12条
国及び地方公共団体は、必要な支援を講じつつ、外国人の適正な就労及び安定した生活の確保を通じて、自立した生活基盤の形成を図るものとする。
2 前項の生活基盤の形成には、医療、福祉、防災その他生活に関連する分野における施策を含むものとする。
(地域における多文化共生)
第13条
国及び地方公共団体は、地域における多文化共生の推進を通じて、国民と外国人との相互理解及び協力関係を築き、地域社会の安全と信頼に基づく安定を図るものとする。
第四章 推進体制
(基本計画)
第14条
政府は、共生社会の形成に関する基本計画(以下「基本計画」という。)を定めなければならない。
2 基本計画は、おおむね5年ごとに見直すものとする。
3 政府は、基本計画の実施状況について、毎年国会に報告するものとする。
(都道府県計画)
第15条
都道府県は、国の基本計画を勘案し、当該都道府県の区域における共生社会の形成に関する計画(以下「都道府県計画」という。)を定めるよう努めるものとする。
2 都道府県は、都道府県計画の策定に当たり、市町村との連携を図るものとする。
(市町村の取組)
第16条
市町村は、都道府県計画を踏まえ、地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする。
(推進本部)
第17条
政府は、共生社会の形成に関する施策を総合的かつ一体的に推進するため、内閣に外国人との共生社会推進本部(以下「推進本部」という。)を置く。
2 推進本部は、内閣総理大臣を本部長とし、関係行政機関の長をもって構成する。
3 推進本部は、基本計画の案の作成及び関係行政機関間の調整並びに施策の実施状況の点検を行う。
(内閣府の調整部局)
第18条
内閣府に、共生社会の形成に関する施策の企画及び総合調整を担う部局を置く。
2 前項の部局は、関係行政機関及び地方公共団体との連携を確保し、必要な情報の集約及び施策の調整を行う。
(財政上の措置)
第19条
国は、共生社会の形成に関する施策を実施するために必要な財政上の措置を講ずるものとする。
2 国は、地方公共団体が行う多文化共生の推進に資する取組について、安定的かつ継続的な財政支援を行うよう努めなければならない。