<固定化された難民イメージからウェルビーイングへ>
埼玉大学人文社会科学研究科 准教授 大茂矢由佳
1. ホスト社会・市民への着目
2026年のコラムテーマは「ウェルビーイングな暮らしと多文化共創」です。こうしたテーマを考えるとき、わたしたちはしばしば、多様な文化的背景をもつ人々、すなわち外国籍住民の側に主な関心を向けてきたのではないでしょうか。たとえば、外国籍住民が日本で直面する生活上の課題をどのように解決・軽減できるか、外国籍住民はどのような支援を必要としているか、などです。もちろん、こうした議論は、外国籍住民の増加が進むなかで引き続き重要な課題です。
その一方で、外国籍住民の暮らしを考えるとき、かれらが暮らす場である日本社会(=ホスト社会)や、そこに暮らす日本人(=ホスト市民)への視点も忘れてはなりません。しかし、これまでの研究や実践においては、ホスト社会・市民への注目は必ずしも十分ではなかったように思います。たとえば、わたしの専門分野である難民研究の分野では、難民当事者側に焦点を当てた研究が中心であり、その研究視点の偏りは「難民中心主義(墓田, 2017:11)」と批判的に捉えられることもあります。こうした視点の偏重は、ホスト市民の存在があたかも無いもののように扱われている、というホスト市民側の不満を生み、「多文化共生」や「外国人政策」といった言葉に、「外国人への手厚い支援」や「日本人を冷遇する」といったニュアンスが含まれる原因となっているように思います。最近では、川口市のクルド人をめぐって、川口市民の日本人女性がX(旧Twitter)に投稿した「私たちの存在を、消さないで」という画像が大きな反響を呼び、新聞にも取り上げられました(産経新聞2024年3月16日)。2025年夏の参院選で台頭した排外主義的な政策や世論は、こうした「外国人を手厚く支援する代わりに、わたしたち日本人が蔑ろにされている」というホスト市民側の不満が噴出した結果であると考えられます。
こうした社会的な動向を踏まえると、外国籍住民をめぐる議論においては、当事者だけでなく、かれらを取り巻く社会や人々の意識にも目を向けることがより重要になってきていると考えられます。そこで本コラムでは(初回からややイレギュラーな視点となりますが)、ホスト市民である日本人が難民をどのように捉えているのかという視点から、難民のウェルビーイングについて考えてみたいと思います。
2. 日本人が抱く難民イメージ
はじめに確認しておきたいのは、日本社会において「難民」という言葉から連想されるイメージには、画一的な傾向が見られるという点です。そして、その中に「ウェルビーイング」という観点はほとんど含まれていません。
ウェルビーイングとは、明石留美子先生が2022年8月のコラム「外国人・外国にルーツをもつ人々のウェルビーイング:ウクライナ避難民から考える」1に書かれているように、単なる「幸福」を超えて、社会福祉が充実し満足な生活状態にあること、安全や所属、承認、自己実現などの欲求が満たされている状態、などと説明されます。
では、2026年1月30日から2月3日にかけて筆者が実施した難民に対する意識調査2(n=2521)の結果から、日本人が抱く難民イメージの一端を見てみましょう。本調査では、冒頭、つまり難民に関する情報を一切提示していない状態で、「難民」という言葉を聞いたときに思い浮かぶこと/連想することを自由に回答してもらいました。その結果、2521人の回答者のうち419人(約17%)が「特にない」や「わからない」などと回答し、難民に対して何のイメージも持っていない層が一定数存在することがわかりました。
次に、自由記述欄に頻出した言葉をテキストマイニングによって抽出した結果を表1に示します。「戦争」や「紛争」が上位に来ていることから、難民は緊急的な支援を必要とする存在として認識されている傾向が読み取れます。また、「貧困(貧しい)」「食料」「飢餓」などの語の頻出からは、食料や生活物資といった一次的な支援の必要性と結びついたイメージが共有されていることが示唆されます。
こうした認識は、世界中の多くの難民が置かれた現実を踏まえれば、決して的外れなものではありません。実際に、戦火や迫害から逃れている人々や、安全な場所にたどり着いた直後の人々、定住先で十分な衣食住が確保できていない人々にとっては、何よりも「生き延びる」ことが最重要の課題となります。この段階では、衣食住や安全の確保といった基礎的なニーズが中心となるのは自然なことであり、こうした状況が難民に対する一般的なイメージの形成に強く影響していると考えられます。
他方で、こうした緊急性の高い状況から脱した先にある、個人の生活の質や社会的関係、自己実現といった側面、すなわちウェルビーイングに深く関わる要素は、一般的な難民イメージの中ではほとんど想起されません。もう一度、表1を見てみてください。ウェルビーイングに関連するような単語は一つも出てきません。こうした傾向は、難民(難民申請中の者や避難民を含む)との日常的な接点をもつ回答者(126人)や、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の活動内容を知っている回答者(432人)においても、同様に確認されました。
表1. 難民イメージの頻出語一覧(出現数10以上)
著者プロフィール
大茂矢 由佳
埼玉大学人文社会科学研究科・教養学部准教授。博士(国際日本研究)。専門は人の国際移動、メディア研究。
JICA青年海外協力隊(ペルー、コミュニティ開発)、筑波大学人文社会科学研究科博士前期課程・後期課程を経て、現職に至る。2025年4月より北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター東ユーラシア研究プロジェクトの研究協力者を兼任。
1) https://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/contents/115904.php(2026年3月26日最終アクセス)
2)研究活動スタート支援の研究費により実施した。
3)若手難民研究者奨励賞の奨励金により実施した。