山脇 啓造
これまで本コラムでは、日本の多文化共生の展開を「多文化共生2.0の時代」という視点から考えてきました。外国人住民を地域社会の担い手として位置づけ、多様性を地域社会の活力として活かす取組が各地で広がっています。
しかし現在、日本社会は新たな段階に入りつつあります。外国人住民の増加と定住化が進み、共生は地域の取組にとどまらず、労働市場、教育、社会保障など社会全体の制度設計と関わる課題となっています。
これまで日本では、「移民政策ではない」としながら外国人労働者の受入れを拡大するという状況が続いてきました。しかし実際には、多くの外国人住民が地域社会に定着し、日本社会の重要な構成員となっています。その結果、共生は一部自治体だけの課題ではなく、日本社会全体の持続可能性に関わるテーマとなりつつあります。本稿では、この新しい局面を「多文化共生3.0」として整理し、これからの共生社会のあり方を考えてみたいと思います。
総務省が示した多文化共生の理念
多文化共生の基本的な定義は、総務省が2006年の「多文化共生の推進に関する研究会報告書」及び「地域における多文化共生推進プラン」で示したものです。そこでは、「地域における多文化共生」とは「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」とされています。これは、多文化共生を地域社会の課題として位置づけた点に特徴があります。
この定義は、日本における多文化共生政策の出発点となりました。特に重要なのは、「地域社会の構成員」という表現です。これは、外国人住民を単なる一時的滞在者としてではなく、地域社会を共に形成する存在として位置づけた点に特徴があります。
また、日本の多文化共生政策は、欧米諸国のように国家レベルの統合政策として始まったものではありません。むしろ、外国人集住地域における課題への対応から出発し、自治体や地域社会が先行して取り組みを進めてきました。多文化共生の理念は現在でも重要な意味を持っています。しかし、その実現の方法は社会の変化とともに発展してきました。
多文化共生1.0から2.0へ
日本における多文化共生の取組のルーツは、1970年代に川崎市や大阪市などで広がった、在日コリアンを中心とする民族教育や福祉などをめぐるさまざまな社会運動にあると言えます。一方、1980年代後半以降、日本では外国人労働者の増加に伴い、地域の市民団体やボランティアによる日本語教室や生活相談などの活動が各地で始まりました。1995年の阪神・淡路大震災を契機として、外国人住民への情報提供や支援の必要性が強く認識されたことも、多文化共生の取組が広がる重要な背景となりました。
こうした市民活動が、日本の多文化共生の基盤を形成しました。その後、自治体がこれらの活動を支える形で施策を整備し、行政情報の提供や生活相談、日本語教育などの取組が広がりました。この段階では、外国人住民が地域で生活していくための支援が中心的な課題でした。この段階を「多文化共生1.0」と位置づけることができます。
日本の多文化共生は、市民活動から始まり、自治体の政策として広がっていったという特徴を持っています。つまり、日本の多文化共生は「市民社会→自治体→国」という流れの中で発展してきたのです。
2010年代に入ると、多文化共生は新たな段階に進みます。外国人住民を地域社会の担い手として位置づけ、協働による地域づくりを進める視点が広がりました。地域活動への参加、多文化を活かしたまちづくりなど、多様性を地域の活力として捉える考え方が次第に広がっていきました。
その象徴的なできごとの一つが、2012年1月に東京で、同年10月に浜松市で開催された日韓欧多文化共生都市サミットです。欧州評議会と国際交流基金によるイニシアティブでした。このサミットでは、多様性を地域社会の活力として捉える認識が共有されました。これは、多文化共生を単なる外国人支援ではなく、地域社会の将来像と関わるテーマとして位置づけ直す重要な転換点であったと言えるでしょう。
さらに浜松市は2017年に欧州評議会のインターカルチュラル・シティ・プログラム(ICC)に参加し、多様性を都市の力として活かす政策を推進しています。ICCは、多様性を社会的コストではなく、都市の創造性や活力につながる資源として捉える点に特徴があります。こうした取組は、共生を地域づくりの視点から捉える段階への転換を示しています。このような段階を「多文化共生2.0」と位置づけることができます。
Intercultural Cohesionと制度設計
こうした動きを理解するうえで重要なのが、intercultural cohesionという考え方です。これは、文化的背景の異なる人々の相互作用を通じて社会参加を広げ、国・自治体・企業・市民社会が制度的責任を分かち合いながら社会の信頼と安定を形成していく視点を指します。筆者はこれまで、多文化共生をmulticultural coexistenceではなく、intercultural cohesionとして捉え直す必要性を提起してきました。
多文化共生の訳語として従来用いられてきたmulticultural coexistenceという表現は、異なる文化が並存する状態を示すニュアンスが強い一方で、intercultural cohesionは、相互作用や社会的つながり、制度的責任を重視する視点です。多文化共生が社会の理念を示す概念であるとすれば、intercultural cohesionはその理念を捉え直す視点と位置づけることができます。
近年の変化の特徴は、外国人住民の増加そのものではなく、それに対応するための制度の整備が社会全体の課題として顕在化してきた点にあります。共生はもはや地域レベルの取組だけでは対応しきれず、労働市場、教育、社会保障などを含めた社会全体の制度設計の問題として捉えられるようになっています。
例えば、日本語教育は地域のボランティア活動だけでは支えきれなくなっています。また、外国人児童生徒への教育支援、医療通訳、就労支援、住宅問題なども、個別自治体だけでは対応が難しい課題となっています。さらに、特定技能制度や育成就労制度の導入により、企業の役割も大きく変化しています。外国人材を単に受け入れるだけでなく、日本語教育や生活支援、地域社会との接続などを含めた「定着支援」が重要な課題となりつつあります。つまり現在、日本社会は共生を地域レベルの支援から社会全体の制度設計へと拡張する段階に入っているのです。
秩序ある共生社会と多文化共生3.0
こうした変化は、日本の多文化共生が新たな段階に入りつつあることを示しています。政府は2025年7月に外国人との秩序ある共生社会推進室を立ち上げ、「秩序ある共生社会」という概念を掲げました。これは、共生を社会全体の制度設計の枠組みとして捉えようとするものです。
「秩序」という言葉には、排除や管理を強化するイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、本来重要なのは、社会的信頼と安定を支える制度的基盤として秩序を捉えることです。例えば、誰がどの役割を担うのか、日本語教育を誰が支えるのか、生活相談をどのように保障するのか、といった制度的な枠組みが明確でなければ、共生は持続しません。つまり、秩序とは単なる統制ではなく、社会参加を支える制度的条件でもあるのです。
多文化共生が理念であり、intercultural cohesionがその理念を捉え直す視点であるとすれば、「秩序ある共生社会」はそれを制度として具体化する枠組みと位置づけることができます。もちろん、秩序の名のもとに共生の理念が後退することがないよう、その内実を問い続けることが重要です。
多文化共生3.0は、地域の取組の積み重ねだけで実現できるものではありません。共生を社会全体の制度として成立させるためには、国・自治体・企業・市民社会の役割分担を明確にし、制度としての枠組みを整えていくことが求められます。こうした制度的基盤の重要性については、これまでのコラムでも指摘してきたとおりです。
以上の流れを踏まえると、日本の多文化共生は段階的に発展してきたと整理することができます。支援を中心とする段階から、参画による地域づくりの段階へ、そして現在は、共生を社会全体の制度として設計していく段階に入りつつあります。本稿では、この新しい段階を「多文化共生3.0」と呼びます。
多文化共生3.0とは、この理念を社会全体の制度の中で実現していく段階です。多文化共生という理念を、intercultural cohesionの視点から捉え直し、日本語教育や生活相談、就労・医療・住宅などの分野において、国・自治体・企業・市民社会がそれぞれの役割を担う仕組みとして具体化していく段階が多文化共生3.0です。
地域社会から社会制度へ
日本の多文化共生は、地域の市民活動から始まり、自治体の政策として広がり、地域づくりへと発展してきました。そして現在、その理念を社会制度の中で実現していく段階に入りつつあります。多文化共生という理念は過去のものではありません。むしろ今求められているのは、その理念を社会全体の仕組みとして具体化していくことです。
その意味で、多文化共生3.0とは、外国人支援を超えて、日本社会そのものの持続可能性を問い直す段階とも言えるでしょう。人口減少社会の中で、多様な背景を持つ人々がどのように支え合い、信頼を形成し、共に学び、働き、そして生きる社会をつくっていくのか。その制度的基盤をどのように整えていくのかが、今後の日本社会に問われています。本コラムでは、こうした新しい段階を「多文化共生3.0の時代」として捉え、その具体的なあり方をさらに考えていきたいと思います。