山脇 啓造
2026年6月末に公表された文部科学省「外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議」報告書は、外国人児童生徒等教育の今後の方向性を示す重要な提言であり、これまでの政策の延長線上にありながらも、新たな視点を取り入れた内容となっています。特に、外国人児童生徒等の増加が一部地域だけではなく、日本全国の学校が向き合うべき課題であることを明確に示した点は高く評価できます。
報告書によれば、公立学校に在籍する外国人児童生徒は約15万人、日本語指導が必要な児童生徒は約8万5千人に達しており、今後も増加が見込まれます。こうした状況の中で、外国人児童生徒等の教育を単なる支援策ではなく、日本社会の将来を支える「基盤的投資」として位置づけたことは大きな前進といえるでしょう。一方で、その理念を具体的な制度として実現するためには、教育を受ける権利の保障、専門的人材の育成、財源と人員体制の確保など、なお多くの課題が残されています。
報告書の評価すべき点
評価すべき第一の点は、外国人児童生徒等を「支援の対象」としてのみ捉えるのではなく、多言語・多文化の経験を持つ存在として積極的に捉えたことです。報告書は、外国人児童生徒等が有する多言語・多文化の経験や背景を「強み」として捉え、その可能性を引き出すエンパワメントの視点を重視しています。これまでの日本の教育政策では、日本語能力の不足や学習上の困難に焦点が当たりやすかったのですが、本報告書では多様性そのものを教育的資源として捉えようとしています。これは、外国人児童生徒等教育をめぐる重要な理念的転換として評価できます。
第二に、外国人児童生徒等の教育を学校全体の課題として位置づけた点も重要です。報告書は、外国人児童生徒等にとって有効な教育実践は、すべての子どもにとって有効であると指摘し、多様性を包摂する学校づくりの重要性を強調しています。これは、外国人児童生徒等への対応を一部の担当教員や日本語指導担当者だけの仕事と考えるのではなく、学校経営や教育課程全体の課題として捉える視点であり、学校現場において多文化共生を実現するための方向性を示した点で大きな意義を持ちます。
第三に、散在地域への対応を重視した点も注目に値します。これまで外国人児童生徒等教育は、浜松市や豊田市などの集住地域を中心に議論されてきました。しかし近年は、外国人住民の全国的な増加に伴い、学校に数人程度しか外国人児童生徒等が在籍しない散在地域が急増しています。報告書はこの現状を踏まえ、都道府県を中心とした広域的な支援体制の整備や専門人材の派遣、ICTの活用などを提案しており、今後の日本の実情に即した現実的な方向性といえます。
さらに、プレスクールやプレクラスの全国展開や日本語指導体制のモデル化、登録日本語教員の活用、教員養成・研修の充実など、これまで現場から要望されてきた課題に対して具体的な提言が盛り込まれたことも特筆に値します。特に、教員養成課程に外国人児童生徒等教育を位置づけようとしている点は、長年の課題であった教員の専門性向上に向けた一歩として注目されます。
今後の課題
一方で、報告書が示した方向性を具体的な制度として実現するためには、今後さらなる検討が必要な課題も少なくありません。第一に、不就学問題への対応です。報告書は約9千人の外国籍の子どもが不就学の可能性があることを指摘しています。しかし、その解決策として示されているのは就学状況の把握や就学案内の充実が中心であり、外国人に対する就学義務化、外国人学校との関係といった根本的な制度論には踏み込んでいません。欧州諸国などでは、国籍や在留資格にかかわらず、学齢期の子どもが教育を受ける権利を保障しています。外国人住民の増加と定住化が進む日本においても、外国籍の子どもに対する教育保障や保護者の責務を議論する段階に来ているのではないでしょうか。
第二に、登録日本語教員の活用の問題です。報告書は登録日本語教員を積極的に活用するよう求める一方で、「必ずしも児童生徒の教育に専門性を有するとは限らない」という留保を付けています。この留保自体は妥当ですが、であれば活用の前提条件や責任の所在をより明確に示す必要があります。そもそも登録日本語教員は日本語教育の専門家であって、学校教育や児童生徒理解の専門家として養成されているわけではありません。外国人児童生徒等教育には、日本語指導だけでなく、教科指導や発達理解、学級経営、保護者支援などの視点が不可欠です。そのため、登録日本語教員の活用を進めるだけでは十分ではなく、学校教育と日本語教育の双方の専門性を備えた人材の育成が求められます。筆者は、日本語を教科と位置づけ、日本語担当教員の資格を新設することが必要と考えます。
第三に、多様性の尊重と社会統合の両立です。報告書は多様性(多言語・多文化)の尊重を強調する一方で、外国人児童生徒等を「日本社会を構成する一員」として育成することも重視しています。多様性を尊重しつつ、共に社会を構成する主体を育てるという理念を、教育課程や学校運営の中でどのように具体化するのかについては、さらなる検討が必要です。報告書は、多様な文化的・言語的背景を持つ子どもたちが共に学び、成長する学校づくりを目指すことを提案し、外国人児童生徒等を「支援の対象」としてだけではなく、日本の学校で主体的に学ぶ存在と捉えています。しかしながら、現行の学習指導要領では、日本語指導が必要な児童生徒への配慮が示されているものの、外国人児童生徒への言及はありません。次期学習指導要領においては、外国人児童生徒も日本の学校教育を受ける主体であり、多様な文化背景を持つ子どもたちが共に学ぶ学校づくりを推進することを位置づける必要があります。
第四に、「国の主導」と「地域の柔軟運用」という二つの方針の関係です。報告書は、国がガイドラインやモデルを策定しながらも、地域の実情に応じた弾力的な運用を求めています。しかし、外国人児童生徒等教育の水準を全国的に保障しようとすれば一定の共通基準が必要になる一方で、地域ごとに児童生徒数や言語構成、利用可能な支援資源は大きく異なります。したがって、全国共通で保障すべき最低基準と、地域の裁量に委ねるべき事項を整理することが重要です。例えば、不就学対策や日本語指導体制の整備などは全国どこでも保障されるべき基盤的な施策である一方、プレスクールやプレクラスの運営方法や支援人材の活用方法などは地域の実情に応じた柔軟な運用が望ましいでしょう。どの領域を国の責任とし、どの領域を地域の裁量に委ねるのかを明確にする必要があります。
第五に、財源や人員体制の問題です。プレスクールやプレクラスの全国展開、日本語指導補助者の拡充、広域支援体制の整備など多くの施策が提言されていますが、「財源の確保も含め」という表現にとどまり、具体的な財政措置は示されていません。報告書が「教育の質確保と学校現場の負担軽減を両立する」ことを基本方針に掲げながら、各論では教員への要求が積み上がっていると言わざるを得ません。外国人児童生徒等教育は、これまで多くの地域で加配教員や補助者、地域ボランティアの献身的な努力によって支えられてきました。しかし、外国人児童生徒等が全国的に増加し、定住化が進む現在、そのような対応には限界があります。教育の質を保障するためには、日本語指導担当教員や支援員の配置を恒常的な制度として位置づけるとともに、国が安定的な財源を確保することが不可欠です。外国人児童生徒等教育を「基盤的投資」と位置づけるのであれば、その理念に見合う財政措置と人員配置を伴わなければなりません。財政的・人的な裏付けなき提言は、結果として現場の努力に依存し続ける構造を再生産することになりかねません。
外国人児童生徒等教育は、もはや一部の地域や一部の学校の課題ではありません。今後の日本社会において、多様な背景を持つ子どもたちが共に学び成長できる学校をつくることは、公教育そのものの課題です。本報告書はその方向性を示した点で大きな意義を持ちます。但し、その理念を現実のものとするためには、教育保障の制度化と専門的人材の育成、そして多文化共生の学校づくりをさらに進めていく必要があるでしょう。