高齢者のウェルビーイングな暮らしと多文化共創
―老年看護の視点から考える地域共生社会の実現―
鈴鹿医療科学大学看護学部 非常勤講師
田中 和奈
1.はじめに
わが国は、世界でも類を見ないスピードで超高齢社会を迎えています。2024年10月1日時点での高齢化率は29.3%に達しており、75歳以上人口は65~74歳人口を上回っています1)。このような超高齢社会の日本において、長寿を目指すだけでなく、「よりよく生きること」も重要な課題となっています。
高齢者のウェルビーイングを考える際には、疾病や障害の有無、身体機能の維持といった側面だけでなく、その人が自分らしい生活を営み、人とのつながりのなかで生きがいや役割を感じながら暮らせることに目を向ける必要があります。世界保健機関(WHO)憲章2)では、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること」と定義されており、健康を単なる疾病の有無ではなく、人間の生活全体を包括的に捉える視点を提示しています。この定義は、ウェルビーイングという概念を世界に広める契機となりました。
老年看護の実践においても、このウェルビーイングの視点は極めて重要です。加齢に伴う心身の変化を理解しつつ、高齢者が自分らしさを保ちながら生活を継続できるよう支援することは、老年看護の根幹を成すものです。また、こうした支援は、高齢者が地域のなかで役割をもち、互いに支え合いながら暮らす地域共生社会の実現のために必要不可欠であるといえます。
2.ウェルビーイングな暮らしとは
近年、国内外で「ウェルビーイング」という概念が頻繁に取り上げられるようになっています。とりわけ、健康科学、社会福祉学、教育学、経済学など多様な分野でウェルビーイングを指標として位置づける動向が顕著であり、個人の主観的幸福感や生活の質を包括的に捉える枠組みとして注目されています。ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的側面が調和し、生活の満足感が得られている状態を指すと考えられています。日本・アメリカ・ドイツ・スウェーデンの60歳以上の高齢者を対象とした国際比較調査によると、日本の高齢者の生きがいや生活満足度は、諸外国と比較して顕著に低いことが報告されています3)。このことから、日本の高齢者はウェルビーイングであるとは言い難い状況にあることが推察されます。この背景には、社会的つながりの希薄さ、孤立感、文化的価値観の違いなど複合的な要因が存在すると考えられます。高齢者の場合、健康状態の変化や社会的役割の喪失により、生活満足度が低下しやすい傾向にあります。老年看護では、生活機能の維持、認知症ケア、終末期ケアなどを通じて、高齢者の生活の質を高める取り組みが求められます。高齢者のウェルビーイングな暮らしを支えるためには、身体的健康だけでなく、社会的つながりや心理的安定を重視した包括的な支援が重要となります。
3.文化的背景とウェルビーイング
高齢者の生きがいには、家族との団らん、友人・知人との食事や雑談、趣味活動など、日常生活における楽しみや人との交流が深く関係しています3)。また、親しい友人や仲間との良好な関係や親密な交流を持つことは、高齢者の生きがいを高める重要な要因です3)。つまり、ウェルビーイングは、好きな人と話すことや趣味活動を行うなど日常の暮らしのなかに存在しています。その一方で、日本の高齢者を取り巻く人間関係には課題もあります。内閣府の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」では、病気のときや日常生活上の手助けが必要なときに、同居家族以外に頼れる人について、「頼れる人はいない」と回答した割合は日本で20.3%であり、比較対象国のなかでも高い割合でした4)。また、近所の人との交流についても、日本では「ほとんどない」と回答した人の割合が31.6%で、調査対象国のなかで最も高く、地域のつながりの希薄さが浮き彫りとなっています4)。このような状況を踏まえると、ウェルビーイングな暮らしを実現するためには、家族以外にも安心して頼ることのできる人間関係や、地域のなかで人と交流できる機会を持つことが重要であると考えられます。その一方で、文化的背景に違いがある場合には、言語の壁や生活習慣の差異が地域住民との交流や社会参加を妨げ、孤立を招く可能性があります。高齢者の孤立は、生活の質の低下だけでなく、心身の健康にも影響を及ぼすため、早期からの予防的な関わりが重要です。そのため、高齢者の生活習慣や食文化、宗教的背景などに配慮したケアを提供するとともに、地域とのつながりや社会参加を支援し、孤立を予防することも看護師の重要な役割です。このような支援を通じて、高齢者のウェルビーイングの維持・向上に貢献することが看護師に期待されています。
4.糖尿病研究の事例からみる文化の影響
ウェルビーイングは、その人自身の価値観だけではなく、文化的背景や生活環境によっても形づくられると考えられます。衣食住、家族との関係、地域とのつながり、仕事、余暇など、日々の生活そのものが「自分らしく、心地よく暮らす」ことに影響しています。特に、食文化や運動習慣は文化的背景と密接に関係します。糖尿病を例に考えると、生活習慣の改善を単純に「食事制限」や「運動療法」として指導するだけでは、本人の生活に根づいた行動変容につながりにくいと考えられます。ハワイのアジア系・太平洋諸島系住民を対象としたInouyeらの研究からも、糖尿病の自己管理を考える際には、個人の行動だけでなく、文化や生活背景を踏まえて支援することの重要性が示されています5)。また、食事や運動は、家族との関係や社会とのつながりとも深く関係しています。食事は単なる栄養摂取ではなく、家族や親族、地域の人々との交流や「もてなし」と結びついている場合があります。運動についても、個人の意志だけではなく、家族の価値観や役割、仕事、地域の環境などが影響します。
その一方で、日本人の糖尿病患者においても、運動習慣を考える際には、本人の意志だけではなく、職場や家庭における座位時間や生活環境を考慮する必要があります。厚生労働省は、身体活動量の減少や長い座位時間が健康に及ぼす影響を指摘し、日常生活のなかで身体活動を増やすことを推奨しています6)。
このように、文化的背景は健康行動に大きく影響を与えると考えられることから、老年看護においても文化的理解を基盤とした支援が重要となります。高齢者の生活習慣や家族構造、地域文化を踏まえたケアは、慢性疾患の管理や生活の質の向上に寄与すると考えられます。
5.多文化共創に向けた取り組み
多文化共創を進めるうえでは、日本で暮らす外国人高齢者への支援も重要な課題です。在留外国人数の増加に伴い、日本語を第一言語としない高齢者が介護や医療を必要とする場面がさらに増加すると予測されています。外国人高齢者に介護サービスを提供する際には、言語への配慮だけでなく、病気や健康に対する考え方、家族関係、生活習慣などの文化的背景を理解することが求められます7)。また、沖縄在住の外国人高齢者を対象とした研究でも、異文化間介護においては、言語の問題だけでなく、文化や価値観を理解しようとする姿勢が重要であることが示されています8)。そのため、自治体や地域包括支援センターなどが中心となり、日本語が母国語ではない高齢者を対象に、医療・福祉サービスの情報提供、多言語による健康教室、食文化交流イベントなどを開催し、在留外国人高齢者が地域とつながる機会を創出することが必要です。こうした取り組みは、高齢者の社会参加の促進と孤立予防につながり、多様な文化的背景を持つ人々が互いを理解し尊重しながら暮らす地域共生社会の実現を支える基盤になると考えます。
6.おわりに
超高齢社会を迎えた日本において、高齢者が長年の生活の中で培ってきた経験や知恵を地域の中で活かすことは、高齢者自身のウェルビーイングを向上させるだけでなく、地域社会全体のウェルビーイングを豊かにする可能性を有しています。高齢者の思いや価値観を尊重し、医療・介護の専門職のみならず、地域住民や多様な文化的背景をもつ人々が協働しながら暮らしを創出していくことは、これからの老年看護に求められる「多文化共創」の実践であると考えます。高齢者が地域の一員として役割を持ち、互いに支え合う社会を構築していくことは、老年看護がめざす支援のあり方をさらに発展させる契機となるのではないでしょうか。
文献
1.内閣府.令和7年版高齢社会白書(全体版).東京:内閣府;2025.
2.World Health Organization. Constitution of the World Health Organization. Geneva: WHO; 1948.
3.内閣府. 令和7年度 高齢者の生活と意識に関する国際比較調査(高齢社会対策総合調査)概要版. 東京: 内閣府; 2025. Available from: https://www8.cao.go.jp/kourei/
4.内閣府. 平成22年度第7回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査. 東京: 内閣府; 2010.
5.Inouye J, Li D, Davis J, Arakaki R. Psychosocial and clinical outcomes of a cognitive behavioral therapy for Asians and Pacific Islanders with type 2 diabetes: a randomized clinical trial. Hawaii J Med Public Health. 2015;74(11):360-368.
6. 厚生労働省.健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023.東京:厚生労働省;2023.
7.公衆衛生モニタリング・レポート委員会.特別永住者や外国系日本人における日本の高齢者介護サービスへのアクセスの現状と課題.日本公衆衛生雑誌.2020;67(7):435-441.doi:10.11236/jph.67.7_435.
8.松本美智代,大城凌子.在沖高齢外国人の異文化間介護を取り巻く現状と課題―外国人(被介護者)へのインタビュー調査を通して―.国際保健医療.2020;35(2):101-111.doi:10.11197/jaih.35.101.
著者プロフィール
田中 和奈
鈴鹿医療科学大学大学院医療科学研究科・看護学部 非常勤講師。
ポーツマス大学大学院公共政策修士課程修了後、同大学院において老年学修士課程修了。
英国のNHS系列の病院で看護師として活動後、愛知県立大学大学院看護学研究科博士後期課程修了(看護学博士)。
主な研究テーマは、在留外国人高齢者の介護問題。