「知る自由」から始まるウェルビーイングと多文化共創の未来
公益社団法人 日本図書館協会多文化サービス委員会副委員長
阿部 治子
1. 子どもの「知る自由」のために闘う図書館員
私の図書館員としての原点は高校生のときに遡ります。
当時「マンガ」は、低俗で子どもの健全な育成や勉学に悪影響を及ぼすという考えのもと、高校の図書室に一切置いてありませんでした。けれども話題になっていた手塚治虫の『アドルフに告ぐ』をどうしても読みたいと思い、高校の図書委員だった私は司書の先生に「マンガも置いてほしい」と強く主張しました。その先生は反対する他の先生方を何度も説得し、ついにマンガが高校の図書室に並びました。私は、自分たち生徒のために諦めず闘ってくれた大人と初めて出会い、心がふるえたことを覚えています。
日本の多くの図書館は、日本図書館協会(JLA)発行の『図書館の自由に関する宣言』(1954年採択、1979年改訂;以下「自由宣言」とする)ポスターを壁に掲示しています。この自由宣言は「資料収集の自由」「資料提供の自由」「利用者の秘密を守る」「すべての検閲に反対する」という4つの原則を実践することで、基本的人権である「知る自由」を保障する図書館の任務を明記したものです。
しかし、現在一部の国の子どもは「知る自由」の危機に直面しています。
2026年4月、アメリカ図書館協会(ALA)は2025年の1年間で最も多く公立学校に対して「禁書要請」を受けた書籍のリストを発表しました。その中には、日本語に翻訳された著名な作品も多く含まれています。
世界の図書館員たちは今、「知る自由」のために団結を呼びかけ闘っています。
2. 民主主義の砦としての図書館
図書館とは、ただ本を置いて貸し出しを行うだけの場所ではありません。すべての人が平等・公平に情報にアクセスできる「知る自由」を保障する場所です。この「知る自由」こそが、健全な民主主義と互いに認め合う社会の根幹にあります。
そして、社会が多様化し、分断の危機にある今こそ、図書館は「知る自由」の保障だけに留まらず、社会全体の「ウェルビーイング」を向上させるための「見守りとつながりの空間」へと進化させるべきだと考えています。
なぜならば、図書館には他の公の施設にはない3つの強みがあるからです。
(1)すべての人に開かれた「セーフティネット」
どのような状況に置かれている人であっても、だれでも無料で、予約なしで、用件がなくても、好きなだけ過ごすことができ、常に相談できる職員がいる公の施設は、図書館だけといっても過言ではありません。役所の窓口に行くのは怖い、恥ずかしい、いくら相談しても無駄ではないかと孤立してしまう人でも、図書館であれば気兼ねなく出かけることができます。この「敷居の低さ」が、人を孤独から救う最初の「アクセスポイント」となり得ます。
(2)子どもたちの未来を閉ざさない「学びの場」
親が日本語を理解できないと、学校からの連絡や授業の宿題がわからず、子どもたちが早い段階で勉強を諦めてしまうリスクがあります。図書館が子どもたちの安心の居場所となり、地域のボランティアと一緒になって学習を支えることで、子どもたちの孤立と非行を入り口で食い止めることができます。
(3)「支援される側」から「互いに助け合う隣人」へ
外国人住民は、決して「特別扱い」されることを望んではいません。日本人と同じ住民として互いを尊重し助け合うこと、ただそれだけです。すべての住民が自由に集うことができる図書館の空間を活用し、困りごとや関心ごと、好きなことなどを持ち寄り、お互いの言葉や文化、知識、技術、経験などを交換し合うことは、「自分も地域の一員である」「人の役に立っている」という幸せを実感でき、暮らしに根づいた「多文化共創」が生まれます。
3. 図書館員を「地域のつなぎ役」に
だれもが希望を持てる未来を実現するために、図書館員の役割を「本を管理する専門職」から、「人と地域をむすぶコーディネーター」へと大きく変革することが求められています。
(1)小さなSOSを見逃さない「見守り機能」
図書館は、社会のひずみや住民の困りごとが最も早く、静かに現れる場所です。
①気づきのセンサーになる
図書館には、学校の授業がある時間帯に過ごしている子どもや、虐待が疑われる人、認知機能が低下している人、生活困窮等の問題を抱えていると思われる人などが一定数存在しています。
そのような人のSOSに気づき、優しく声をかけるためには、福祉領域や多文化共生領域等の知識を得る研修を図書館に導入し、地域のウェルビーイングの低下を早期に発見できる人材を育てることが急務です。
②最適な情報や人につなぐ
図書館員が、何か生きづらさを抱えていると思われる人に気づくことができたならば、その人との関係性を丁寧に築き、地域のボランティア、NPO、社会福祉協議会、法テラス、役所の専門機関など、その人にとって最適な社会資源につなぐ役割を担うことができます。
図書館員は、目の前の人が発した言葉の表面的な意味だけでなく、その背景にある本質的な困りごとを的確に見極めるため、「読書相談(レファレンスサービス)」や「専門機関相談(レフェラルサービス)」という業務を通じて訓練を重ねています。そのため、情報や人に「つなぐ」ことは、図書館員の専門性を余すことなく発揮できる分野ともいえます。
(2)多くの人に伝わる「やさしい日本語」
①言葉の壁を取り除く
図書館が、外国人だけでなく障害者や高齢者にとってもわかりやすい「やさしい日本語」を取り入れることは大切です。日本語で書かれた文字・活字だけを理解することが難しい人のために、日本語以外の言語の本を提供したり、写真やイラスト、ピクトグラム、音声などで説明を加えた本を用意することは、情報からだれも置き去りにしない環境を整える「読書バリアフリー」の観点からも重要です。
②日本人の意識を変える
「外国人には完璧な英語で話さないといけない」という苦手意識を持つ日本人住民向けに、外国人住民と自分の慣れた日本語で話せる「やさしい日本語カフェ」を図書館の空間などを活用して開き、くつろいだ雰囲気の中で住民間の心理的な壁を徐々に溶かしていく試みも大切です。
4. 図書館への投資は「最も賢い投資」
図書館員の役割を「人と地域をむすぶコーディネーター」へと広げて変革することは、図書館員の専門性の放棄でも過剰なサービスでもありません。持続可能な社会をめざす自治体が、将来の財政破綻や治安悪化を防ぐために行う「最も賢く、効果の高い投資」です。
(1)心と体の健康を守り、将来の医療費・介護費を減らす
人が社会とのつながりを持ち続けることは、うつ病や認知症などの精神・神経疾患の予防に直結します。図書館が孤立を防いで生きがいをつくることは、ひとり一人の住民だけでなく、地域全体のウェルビーイングを高め、結果として自治体の財政を圧迫する医療費や介護費の膨張を抑えることにつながります。
(2)治安を守るコストを入り口で抑える
子どもの孤立や学力低下を早い段階でケアすることは、将来的な生活困窮や地域の安全を脅かすリスクを未然に防ぐことになります。問題が起きてから警察や司法で対応するより、図書館という優しい入り口で予防する方が、はるかに安く確実です。
(3)「この街で暮らしたい」と思われる活力ある地域へ
深刻な人手不足の中、世界中の優秀な人から「自分らしく暮らせて、みんなが生き生きと働ける平和で安全なまち」として選ばれることは、地域のにぎわいをもたらし、安定した税収を確保するために不可欠です。図書館が多文化共創の拠点になっていること自体が、自治体としての強い魅力になり得ます。
5. だれもが自分らしく生きられる未来へ
図書館の現場は、常に「予算の限界」「雇用の不安定さ」といった厳しい現実があります。図書館員の役割を広げる変革を、今いる図書館員のやりがいやボランティア精神だけに押しつけていては、子どもが希望を抱ける未来を描けないでしょう。
役所のあらゆる部署の政策をつなぐ力を持っている図書館に、必要な人材・予算・知恵を集め、「図書館の変革」を「自治体の最重要戦略」に位置づけていただきたいと願っています。すべての住民が「知る自由」を謳歌し、自分らしく安心して暮らせるまちをつくるために。
著者プロフィール
阿部 治子
自治体職員。生活保護のケースワーカーおよびスーパーバイザー、自治・協働推進担当、多文化共生推進担当を経て、現在は図書館長を務める。公益社団法人日本図書館協会多文化サービス委員会副委員長、「むすびめの会」(図書館と多様な文化・言語的背景をもつ人々をむすぶ会)事務局など。
主な共(編)著書『多文化サービス入門』(日本図書館協会,2004年)、『図書館員のための「やさしい日本語」』(日本図書館協会,2023年)、『多文化共創社会への33の提言:気づき愛 Global Awareness』(都政新報社,2021年)、『多文化社会の社会教育:公民館・図書館・博物館がつくる「安心の居場所」』(明石書店,2019年)など。