山脇 啓造
今年1月初旬に、第60回コラムで「『社会包摂プログラム』の構想~2026年は日本の統合政策元年となるか~」と題した論考を発表しました。当時は、政府・与党が、中長期在留外国人を対象として、日本語や日本の制度・生活について学ぶ全国的なプログラムの創設に向けた検討が始まろうとしていた時期でした。その後、政府の検討は急速に進みました。1月23日に決定された「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」に、日本語や日本の制度・ルール等を学習するプログラムの創設を検討することが明記されました。これを受けて、法務大臣の指示の下、法務大臣政務官を長とするプロジェクトチーム(PT)が設置され、7月に報告書をまとめました。8月18日には内閣官房に設置された「日本語・生活学習プログラム(仮称)の検討のためのワーキンググループ(WG)」の第1回会合が開かれ、政務官PT報告書と諸外国調査の結果を踏まえて、制度設計上の主な論点が議論されました。さらに9月18日の第2回会合では、地方自治体へのヒアリングも行われています。政府の検討は、「プログラムをつくるかどうか」という構想段階から、「誰を対象とし、何を学び、どのように受講し、在留制度とどう関連づけるか」という制度設計の段階に移ったと言えるでしょう。
私は、国が全国共通の日本語・生活学習の仕組みを整備しようとしていることを、大きな前進と評価しています。これまで日本では、外国人の受入れに関する制度は国が決定する一方、日本語教育や生活支援の多くは自治体、国際交流協会、NPO、企業などの努力によって支えられてきました。そのため、外国人がどの地域に住むかによって、受けられる日本語教育や支援の内容に大きな違いがありました。国が全国共通の学習基盤を整備し、日本で暮らす外国人が、日本語だけでなく、社会制度や生活上のルールについて体系的に学べる環境をつくることには大きな意義があります。問題はもはや「プログラムをつくるかどうか」ではありません。どのような理念と仕組みに基づくプログラムにするのかが問われています。
プログラムを二段階に分ける
今回の政府の検討で注目されるのは、来日前や入国後の早い段階から、長期滞在、さらに永住などを視野に入れた段階的な学習が想定されていることです。日本に来たばかりの人と、日本で長年生活し、永住を希望する人に同じ内容、同じ水準のプログラムの受講を求めることは合理的ではありません。私自身も、第60回コラムを発表した後、プログラムを二段階に分けることを提案してきました。私は、第一段階を「初期適応プログラム」、第二段階を「定住支援プログラム」と呼んでいます。
「初期適応プログラム」は、来日前から来日後、数年程度までを対象とし、日本で生活するために必要な基礎的な日本語と生活上の知識を学びます。例えば、行政手続、医療、防災、学校制度、社会保障、労働ルール、ごみ出し、交通、近隣関係といった、日本で生活する上で必要となる基本的な情報です。日本語についても、この段階で高い能力を一律に求める必要はありません。まずは生活に必要な基礎的なコミュニケーション能力を身につけることを目標とするべきでしょう。
この段階では、オンデマンド学習やオンライン授業を全国共通の学習環境として整備し、地域での対面講習を組み合わせることが重要です。就労する外国人住民に長時間の対面講習を求めることは現実的ではありません。来日前からオンデマンドで全国共通の基礎知識を学び、来日後はそれを継続しつつ、自治体や国際交流協会などの対面講習も利用できる仕組みが望ましいでしょう。
「定住支援プログラム」は、日本で一定期間暮らし、永住や帰化など、より長期的な定住を希望する人を主な対象とします。ここでは、初期段階より高い日本語能力に加え、日本の法制度、政治・行政、社会保障、労働、教育、権利と義務などについて、より体系的に学ぶことが考えられます。学習方法については、初期適応段階と同様、オンデマンド学習、同時双方向型のオンライン授業、対面講習を適切に組み合わせることが重要です。仕事や家庭との両立、居住地域、学習内容などに応じて、柔軟に受講できる仕組みとする必要があります。
重要なのは、二つの段階では、学習方法よりも、学習内容とプログラムの政策上の目的が異なるということです。初期適応段階では、日本で生活するための基盤を整えることが目的です。一方、定住段階では、日本社会の構成員として長期的に生活するために必要な日本語能力や社会理解を身につけることが目的となります。この違いを明確にすることが、制度設計の出発点になるでしょう。
各段階の日本語学習については、プログラムの修了と日本語能力の評価を一体化し、一定の水準に到達した受講者には日本語能力を証明する仕組みを設けることも検討に値します。修了後に改めて別の日本語試験を受けなければならない制度とするより、受講と評価を一体として設計する方が、受講者の負担を減らし、制度としても合理的でしょう。
なお、対面講習は、初期段階でも定住段階でも重要です。第1回WGでは、オンデマンド学習、同時双方向型のオンライン授業、対面講習を組み合わせる方向が検討されていますが、地域での対面講習を誰が担い、どのような財政的・制度的基盤の下で全国的に実施するのかは、なお重要な課題です。とりわけ初期段階では、対面講習は、地域の制度や生活ルールを学ぶだけでなく、相談先を知り、地域住民や支援者と出会うことで、外国人と地域社会との接点をつくる場として重要です。定住段階でも、社会制度や権利・義務について理解を深めるため、受講者同士や地域住民との対話を取り入れることが有効でしょう。
「支援」と「要請」をどう組み合わせるか
ここで、今回の制度設計を評価するための枠組みを簡単に示したいと思います。諸外国の移民統合法制を比較すると、「支援」と「要請」という二つの軸から、大きく四つの類型に整理することができます。「支援」とは、言語教育だけではなく、就労支援、子どもの教育、生活支援、社会参加、差別防止など、外国人が社会に参加するための条件を国や自治体がどの程度整えているかということです。一方、「要請」とは、日本語や社会について学ぶことを外国人にどの程度求め、それを在留資格、永住、帰化などとどの程度関連づけているかということです。
四つの類型とは、外国人の社会参加を支える政策が充実し、在留制度との連動が弱い「社会包摂型(カナダ、オーストラリアなど)」、支援は限定的で外国人への適応要請と在留制度との連動を重視する「市民統合型(フランス、オランダなど)」、支援と要請の双方が強い「包摂統合型(ドイツ、韓国など)」、そして国による体系的な支援も要請も限定的な「制度限定型(米国、英国など)」です。もちろん、実際の各国制度は常に見直されており、この分類も各国を固定的に位置づけるものではなく、「支援」と「要請」の制度上の重心を示す分析上の類型です。「支援」と「要請」は必ずしも対立するものではありません。外国人に一定の努力を求めるのであれば、それに必要な学習機会を社会の側が保障する必要があります。問題は、「どの段階で、どの程度の要請を行うのか」ということです。
これまでの日本は制度限定型に近い位置にありましたが、今回の日本語・生活学習プログラムの創設によって、どの方向へ進むのかが問われています。私は、日本のプログラムについて、初期適応段階では「支援」を中心に据えるべきだと考えています。日本語も日本の制度も十分に知らない段階で、プログラムの修了を在留資格の更新と結びつけると、プログラムが「社会参加を支える仕組み」ではなく、「外国人を選別する仕組み」に変わってしまう可能性があります。また、受講を一定程度要請するのであれば、全国どこでも実際に受講できる体制が整備されていることが当然の前提となります。プログラムが全国的に整備されるまでには一定の年数が必要であり、その間に履修を一律に求めることは適切ではありません。まず必要なのは、国が学ぶ機会を保障することです。働きながら受講できるようにする。オンデマンドで学べるようにする。必要に応じて対面講習や相談を利用できるようにする。子育て中の人や地方に住む人にもアクセスを保障する。そうした条件を整えた上で、受講を促すことが重要です。
一方、日本で長期的に暮らし、永住や帰化を希望する段階では、一定の日本語能力や日本社会についての理解を求めることには合理性があります。諸外国でも、長期滞在や永住、市民権の取得段階において、一定の言語能力や社会知識を求める制度は珍しくありません。ただし、その関連づけ方には、プログラム修了を永住・帰化の審査で有利に評価する「加点要素」、法務大臣の総合判断のプラス材料とする「考慮要素」、日本語能力やプログラム修了自体を求める「許可要件」など、いくつかの段階があります。つまり、「在留制度と連動させる」と一言で言っても、その強さには大きな違いがあります。8月に開かれた第1回WGの資料では、永住許可申請等の際にプログラムの受講を「許可要件」とすることが論点として示されています。
今後の制度設計で特に重要なのは、この関連づけの強さを慎重に決めることです。初期段階から強い要請を課し、在留資格の更新などと連動させれば、外国人本人の適応責任を強く求める制度になります。それよりも、まず国が十分な学習機会を保障し、初期段階では支援を中心に置きながら、定住段階で一定の要請を組み合わせるという段階的な制度設計が望ましいでしょう。
国・自治体・企業の役割分担
もう一つ、制度設計で重要なのが、国、自治体、企業の役割分担です。まず、全国共通のカリキュラム、教材、オンライン学習環境、受講履歴の管理、プログラムの質保証などは国が責任を持って整備すべきです。その際、日本語教育、生活支援、在留制度など複数の行政分野にまたがることから、関係省庁が連携し、制度全体を一体的に運営する体制を整えることも重要です。また、対面型の学習機会を全国的に安定して提供するための体制整備と財政措置を講じることも国の責任です。一方、自治体には、地域の実情に応じた対面学習、相談支援、そして地域社会との接点づくりという重要な役割があります。
外国人住民の状況は地域によって大きく違います。大都市には留学生、高度人材、家族滞在者など多様な外国人が暮らしています。一方、地方の製造業地域や農村部では、育成就労や特定技能で働く外国人が多い場合があります。必要とされる日本語や生活支援も当然異なります。したがって、「国が全国共通の基盤を整え、自治体が地域の実情に応じて補完する」という役割分担が望ましいでしょう。ただし注意が必要です。国が制度と教材だけをつくり、対面学習や相談支援の実施を自治体に委ねるのであれば、これまでの「自治体任せ」と大きく変わりません。自治体が新たな役割を担うのであれば、その法的な位置づけと財政措置を明確にする必要があります。これは自治体にとって極めて重要な問題です。
企業の責任も忘れてはなりません。日本で働く外国人にプログラムの受講を求めるのであれば、雇用する企業にも、受講できる環境を整える責任があります。勤務時間外に、本人の負担だけで日本語学習や生活学習を行うことを求める制度は持続可能ではありません。少なくとも、一定の受講時間を確保することや、日本語学習を支援することについて、企業の役割を明確にする必要があります。特に育成就労や特定技能制度では、すでに日本語能力の向上や生活支援に関する仕組みが設けられています。
育成就労制度では、就労開始前に原則A1相当、特定技能1号への移行時にはA2相当の日本語能力が制度上位置づけられています。受入れ機関による日本語教育の実施も重要な制度要素となっています。したがって、新しい日本語・生活学習プログラムと、育成就労・特定技能の既存の日本語教育や生活支援を単純に重ねるべきではありません。例えば、企業が国の基準を満たす日本語教育や生活オリエンテーションを実施している場合には、新しいプログラムの一部を履修済みとみなすことが考えられます。逆に、企業による支援が十分でない場合には、国や地域のプログラムを利用し、そのための時間や費用について企業にも一定の責任を求める仕組みが必要でしょう。外国人にだけ新たな義務を課すのではなく、国、自治体、企業の責任も同時に明確にすることが、「支援」と「要請」のバランスを取る上で欠かせません。
既存の日本語教育の仕組みをどう生かすか
新しい制度を一からつくる必要はありません。日本にはすでに、外国人の日本語学習を支える制度と経験があります。これまで、文化庁・文部科学省による「生活者としての外国人」の日本語教育、自治体による地域日本語教育、日本語教育機関の認定制度などが整備されてきました。文科省は現在、オンラインで日本語を自主学習できる教材も提供しており、「日本語教育の参照枠」のA1からB1までの生活場面を扱った教材が公開されています。また、日本には、インドシナ難民や中国帰国者を対象として、日本語教育と生活ガイダンスを組み合わせてきた長い経験があります。条約難民や第三国定住難民等に対しては現在も、半年間、日本語教育572時限と生活ガイダンス120時限を組み合わせた定住支援プログラムが実施されています。
新しいプログラムは、こうした既存の制度や取組を置き換えるものではなく、それらをつなぐ共通基盤として設計すべきです。重要なのは、新しい制度をつくること自体ではなく、これまで省庁、自治体、企業、NPOなどに分散してきた日本語教育と生活支援を、全国的な統合政策として体系化することです。その際、制度としての日本語学習プログラムと地域で行われてきた日本語教室とは、主たる役割を分けて考える必要があります。標準的なカリキュラムに基づく日本語学習プログラムについては、認定日本語教育機関や登録日本語教員など、専門性を持つ主体を活用して学習機会を保障する。その上で、地域日本語教室は、日本語学習を支えるとともに、交流、相談、地域社会との接点づくりという役割をより重視する場として位置づけることが望ましいでしょう。
統合プログラムだけでは十分ではない
今回の日本語・生活学習プログラムは、日本の外国人政策にとって重要な転換点となり得ます。これまで日本では、外国人を受け入れる制度は国が整備する一方、日本語教育、生活支援、子どもの教育、地域での社会参加は、自治体やNPOなどの取組に委ねられてきました。その意味で、日本は国による体系的な統合政策が限定的な「制度限定型」の特徴を持ってきました。今回、国が全国共通の統合プログラムを整備することになれば、この状況は大きく変わります。
しかし、統合プログラムをつくるだけで、日本の統合政策が完成するわけではありません。統合政策とは、日本語や日本の生活ルールを外国人に教えることだけではないからです。就労、子どもの教育、医療、住宅、地域参加、差別防止など、外国人が社会の構成員として参加できる条件を整えることも、統合政策の重要な柱です。外国人に日本社会への適応を求めるのであれば、受入れ社会の側にも、外国人が参加できる条件を整える責任があります。そこには、生活環境の整備だけでなく、共生の意識づくりも含まれます。この「双方向性」は、欧州をはじめ多くの国で統合政策の基本的な考え方となっています。その意味で、日本語・生活学習プログラムを総合的な統合政策への入口と位置づけるべきでしょう。
日本はどの統合モデルを選ぶのか
政府の検討は今後、制度の具体化に向けて重要な局面を迎えます。そこで問われるのは、単に「何時間学ぶのか」「どの教材を使うのか」といった技術的な問題だけではありません。日本が外国人との共生を、どのような考え方に基づいて制度化するのかという、より根本的な選択です。外国人への適応要請を強め、プログラムと在留管理との連動を先行させれば、市民統合型に近づきます。一方、国が学習機会へのアクセスを保障し、自治体や企業にも責任を求めた上で、外国人にも定住の段階に応じた一定の努力を求めるのであれば、包摂統合型へ進むことができます。外国人への要請を先行させるのではなく、まず社会の側が学習機会へのアクセスを保障し、その上で、定住の段階に応じて一定の努力を求める。いわば「支援が先、要請はその後」という考え方です。さらに、日本語・生活学習プログラムを持続可能な制度とするためには、国と自治体の責務、基本計画、財政措置などを総合的に位置づける法的基盤も必要です。第66回コラムで提案した「外国人との共生社会基本法」は、そのための枠組みです。
日本語・生活学習プログラムは、外国人住民に日本社会への適応を求めるためだけの制度ではありません。外国人住民が日本社会のルールを理解し、地域社会との接点を持ちながら安心して暮らし、社会の構成員として参加できる環境を整えるための公共的な基盤です。2026年が日本の「統合政策元年」になるとすれば、問われるのは、統合政策を始めるかどうかではなく、どのような統合政策を選ぶのかということです。私は、日本が「支援」と「要請」のバランスの取れた包摂統合型を目指すことが望ましいと考えます。