コラム

第30回 「多文化共生」の英訳はどうしたらよいか

 筆者は、昨年6月から英字紙ジャパンタイムズに日本の外国人政策に関する寄稿を始めました。記事を書くたびに毎回、頭を悩ませることがあります。それは、「多文化共生」をどう英訳するかです。

 「多文化共生」という用語は1990年代半ばから使われてきた用語ですが、定訳がありません。インターネット上の機械翻訳を利用すると、だいたい "multicultural coexistence" "multicultural symbiosis" が出てきます。これらの用語をグーグルで検索すると、前者は約23000件、後者は約9000件ヒットしますが、ほぼ日本国内でのみ用いられている用語とわかります。言わば、和製英語に近く、英語話者にとっては意味がわかりにくいと言えるでしょう。

 例えば、国連の専門機関である国際移住機関(IOM)のホームページには、人の移住に関する70語余りの基本用語の定義が示されていますが、そこには、 "coexistence" "symbiosis" も含まれていません。"coexistence" は、日本語では「共存」にあたる言葉で、ものや人の集団が同じ場所に存在することを指しているので、人々が同じ社会で共に生きる「共生」とはニュアンスが異なります。また、"symbiosis"は、より「共生」に近いと言えますが、通常は、動物や植物に対して用いられます。

 この二つの用語が国内で広がったのは、総務省の「地域における多文化共生推進プラン」(2006年)に基づき、多くの地方自治体が多文化共生を推進する計画を策定した際に、その概要版を外国語に翻訳したことが契機になったと思われます。そうした計画の英語版の多くに"multicultural coexistence""multicultural symbiosis"が用いられています。ただし、多文化共生分野のフロントランナーともいえる川崎市の多文化共生社会推進指針(2005年、2008年・2015年改訂)は、"Promotion Guideline for a Multicultural, Harmonious Society"と訳されており、"coexistence" "symbiosis"は使われていません。

ちなみに、総務省は2006年の旧プランでも、今年策定した改訂版でも、外国語版は作っていません。一方、201912月に法務省がとりまとめた「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」は、暫定訳として、"Comprehensive Measures for Acceptance and Coexistence of Foreign Nationals"と訳され、共生の訳語に "coexistence" が用いられていることがわかります。「多文化共生総合相談ワンストップセンター」も、"one-stop comprehensive consultation center for multicultural coexistence"と訳されています。ちなみに、法務省が政府の外国人政策の総合調整の役割を担う以前は、内閣府の政策統括官(共生社会政策担当)のもとに定住外国人施策推進室が置かれていましたが、共生社会政策は "policy on cohesive society"と訳されていました。

 「共生」の訳語をどうするかという問題に加えて、「多文化」をどう訳すかという問題もあります。前述のように、「多文化」(形容詞)の訳語として、多くの場合、multiculturalが用いられています。multiculturalと関連する用語として、multiculturalismがあります。通常、多文化主義と訳されますが、移民統合政策としての多文化主義は、移民の言語や文化の保持を推進する政策と言えます。ちなみに、多文化共生を "multiculturalism"と訳している場合もありますが、日本の自治体の政策は多文化主義とは異なるので、誤解を招く表現といえるでしょう。

カナダやオーストラリアが多文化主義的な統合政策を進める国として知られ、ヨーロッパにおいても、1970年代から1990年代にかけてオランダやスウェーデンなどで、多文化主義的な政策を進めていましたが、2000年代以降、英国やドイツ、フランスなど主要国を中心に、移民の隔離や社会の分断をもたらすとして多文化主義に対する批判が高まりました。

そうした中で、移民がもたらす多様性を積極的に活かしつつ、移民統合を積極的に推進する政策として、欧州評議会によって、インターカルチュラルシティ・プログラム(Intercultural City Programme)が立ち上げられました。それは、多文化主義的(multicultural)でもなく、同化主義的(assimilationist)でもない、第3のアプローチとして、 インターカルチュラル(intercultural)政策を提唱し、インターカルチュラリズム(interculturalism)と呼ばれるようになりました。その中核の理念として、平等(equality)、多様性(diversity)、インターアクション(interaction)があり、文化背景の異なる人々の間のインターアクション、即ち、接触、交流、混交を特に重視しています。   

同プログラムはヨーロッパで始まりましたが、現在、ヨーロッパ内外の140を超える自治体が参加しています。日本からは2017年に浜松市が初めて加入し、現在、神戸市も加入の準備を進めています。2015年には、欧州評議会の閣僚委員会が加盟国政府へインターカルチュラル政策を推奨しましたが、それ以来、国と自治体が連携して、インターカルチュラル政策を進める取り組みも進んでいます。

 こうした国際的な動向を受けて、「多文化」の訳語にinterculturalを用いる自治体もあります。例えば、浜松市の多文化共生都市ビジョン(2013年、2018年改訂)は、"Intercultural City Vision"と訳されています。また、東京都の多文化共生推進指針(2016年)も"Guidelines for the Promotion of Intercultural Cohesion"と訳され、世田谷区の多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例(2018年)も "Ordinance to Promote Gender Equality and Intercultural Cohesion for a Diverse Setagaya"と訳されています。

 さて、今年9月にカナダの研究者との共同執筆でジャパンタイムズに寄稿した記事( "It is time for Japan to start talking about its immigration policy")では、総務省の多文化共生推進プラン改訂版を紹介し、「多文化共生」を日本の統合政策のキーワードとして、 "tabunka kyosei"と表記しました。そして、海外で取り組まれている多文化主義とインターカルチュラリズムの最良の部分を参考に、日本独自の新たな道を切り拓く可能性に言及しました。

 筆者もまだ「多文化共生」の訳語の結論に至ったわけではありませんが、今のところ、多文化共生社会は "intercultural society"、多文化共生の地域づくりは "intercultural community building" そして、多文化共生は、"tabunka kyosei" そして "intercultural cohesion" を用いています。

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