コラム

第36回 ワクチン接種と外国人住民

山脇啓造

 ここ一、二か月の間、ワクチン接種が日本社会の最大の関心事になっています。日本でのワクチン接種は2月17日に医療従事者を対象として始まり、4月12日から65歳以上の高齢者を対象にした優先接種が始まりました。そして6月になると64歳以下の市民全体に向けた接種が全国に広がりました。当初、自治体単位で接種が行われていましたが、6月21日から、企業や大学等による「職域接種」も始まりました。

 こうした中で、外国人住民のワクチン接種も、外国人住民の多い自治体において主要な課題として注目されるようになりました。5月24日の毎日新聞は、「外国人に冷たいワクチン接種券 愛知の自治体9割、多言語対応なし」と題した記事を出し、65歳以上への接種券の送付時に「予約方法や問い合わせ先を多言語で表記するなど、何らかの対応をとった自治体」は、愛知県の54市町村中、名古屋や豊橋など8市に過ぎなかったことを報告しています。

 明治大学国際日本学部(東京都中野区)で筆者が担当するゼミでは、2013年度以降、ほぼ毎年7月に中野区長を招いた「中野区長と外国人留学生/外国人住民の懇談会」を開いてきました。2019年度まで中野キャンパスでの公開イベントとして開催されてきましたが、2020年度はコロナ禍のため、オンライン(ズーム)で開催されました。そして、今年は7月7日に、「ワクチン接種から考える外国人住民への情報発信のあり方」をテーマに、8人の登壇者は中野キャンパスに集まり、その様子をズームで配信する形で開催されました。

 登壇したのは、酒井直人中野区長と韓国、中国、香港、ロシア、シリア、日本出身の6人の学生(4人は明治大学生、2人はイーストウエスト日本語学校生、6名中3名が中野区民)で、モデレーターは筆者が務めました。ズームで参加した聴衆は、ゼミ生を含めると約130名となり、中野区や東京都だけでなく、愛知県や兵庫県、長崎県や北海道など全国からの参加者を迎えました。その4割近くは自治体職員でした。

 懇談会の最初に、ゼミ生から23区を中心とした自治体の外国人住民のワクチン接種に関するホームページ等の調査結果の報告がありました。まず、豊島区がトップページの目立つところに、「【外国人のかたへ(for foreigners)】ワクチン(わくちん)を うける」とあり、やさしい日本語で書かれたワクチン接種情報のページへのリンクがはられていることや、英語、中国語、韓国語、ベトナム語、ネパール語、ミャンマー語でもワクチン接種の電話予約が可能となっていることの報告がありました。また、新宿区も、ワクチン接種の予約サイトは9言語対応で、電話予約は18言語で可能なことが報告されました。その他、世田谷区では、ワクチン接種券を送付する封筒の裏側に「だいじなおしらせです。かならずあけてください。」と書かれ、接種券が同封されている旨が9言語で表記されていることが紹介されました。

 一方、東京都のつながり創生財団の「多文化共生ポータルサイト」では、ワクチン接種に関するやさしい日本語のサイトが開設され、16言語とやさしい日本語によるワクチン接種のちらしが置かれていること、都の副反応相談センターは12言語(日本語含む)で24時間対応であることの報告がありました。その他、神奈川県綾瀬市や愛知県小牧市、豊田市の取組みも紹介されました。

 調査報告の最後に、ワクチン接種券を送る封筒にやさしい日本語や多言語で接種券が入っていることを記載すること、厚生労働省ホームページのワクチン接種関連資料のやさしい日本語版や17言語版を活用すること、外国人住民のワクチン接種の予約をサポートすること、集団接種会場に厚労省のやさしい日本語と17言語の予診票を置くこと、さらに役所のワクチン担当と多文化共生担当が連携することが提案されました。

 続いて、酒井区長と6名の学生の間でのパネル討論が行われました。討論の前半は、ワクチン接種をめぐる自治体の情報発信について話し合いました。登壇者の一人は、ワクチン接種券の入った封筒が届いた時、危うく捨てそうになり、予診票の記入にあたっては、日本人の友人の助けを借りたそうです。厚労省の予診票の多言語版は登壇者の誰も知りませんでした。

 討論の後半は、自治体の外国人住民に向けた情報発信全般について話し合いました。自治体のホームぺージを見ていても、外国人向けのやさしい日本語や多言語の情報にたどり着くまでが大変だとの指摘がありました。また、機械翻訳の場合、韓国語のように比較的正確に訳されている場合と、アラビア語などのように不正確になっている場合があるという意見が出されました。郵送物の文書で、時候の挨拶など前置きが長くてわかりにくい、文書の郵送よりもスマホを使った情報発信のほうが効果的との意見もありました。

 討論の最後に、中野区が今年3月に発行した『外国人のための なかの生活ガイドブック』についても意見交換を行いました。このガイドブックには、やさしい日本語と英語、中国語、韓国語が併記されています。全体的に肯定的な評価が多かったのですが、やさしい日本語の中に一部、難しい日本語が混ざっていることやQRコードからつながるホームページが難しい日本語であるとの指摘がありました。また、中野区に転入してすぐ必要な情報を最初にまとめて記載してあると便利であるという意見もありました。

 筆者は懇談会の最後に、三点コメントしました。第一に、今回、ワクチン接種に関して23区で最も外国人住民へ配慮した取り組みをしている豊島区では、2018年度から多文化共生の職員研修を行っています。そうした地道な研修の延長線上に今回のワクチン接種の取り組みがあるといえるかもしれません。実は、2020年12月の研修では山脇ゼミがやさしい日本語のワークショップを担当しました。その時に受講した広報課職員と企画課(多文化共生担当)が連携して、やさしい日本語のワクチン接種のページをつくったそうです。

 第二に、そうはいっても、普段、多文化共生の取り組みをしていない区市町村でも、外国人住民への対応は待ったなしです。ワクチンは国籍を問わず、できるだけ多くの人に接種してもらわないと社会にとって効果はありません。実は、ワクチン接種におけるやさしい日本語の活用の仕方を示した動画が7月1日に無料で公開されています。こうした情報の拡散を含めて、国や都道府県には区市町村の支援に取り組んでいただきたいと思います。

 第三に、ゼミ生の報告にもあったように、ワクチン担当と多文化共生(外国人住民)担当の連携が必要なことは言うまでもありません。それは区市町村においても、都道府県においても、国においても当てはまります。

 国のレベルでは、厚労省のワクチン接種に関する電話相談窓口が日本語を含めた8か国対応になっており、予診票のやさしい日本語版や17言語版が用意されていることは評価に値します。ただし、予診票として有効なのは日本語版のみであり、日本語がよく理解できない外国人住民は、やさしい日本語版や外国語版を頼りに、日本語版に記入をしなくてはなりません。やさしい日本語版や翻訳版を正式な予診票として認めることはできないでしょうか。

 また、全国の区市町村においてワクチン担当と多文化共生担当の連携を促し、外国人住民への配慮ができるように、厚労省がガイドラインを出すことはできないでしょうか。厚労省としては、日本人住民への対応だけで精一杯という状況かもしれません。そんな時こそ、政府の共生社会づくりの総合調整役である出入国在留管理庁や自治体支援に取り組む総務省(や自治体国際化協会)が、厚労省と連携して取り組むことができないでしょうか。

 ネットメディアの報道によると、在日ベトナム人の6割がワクチン接種を無料で受けられることを知らないそうです。日本人住民と外国人住民の間に大きな情報格差が生じていることが伺われます。全国の自治体そして国が、一刻も早くこの格差を埋めるべく、ワクチン接種に向けた外国人住民への支援に取り組むことを期待します。


毎日新聞「外国人に冷たいワクチン接種券 愛知の自治体9割、多言語対応なし」(2021年5月24日)
https://mainichi.jp/articles/20210524/k00/00m/040/002000c
豊島区:【外国人がいこくじんのかたへ(for foreigners)】ワクチン(わくちん)を うける
https://www.city.toshima.lg.jp/999/kenko/covid19/2104301645.html
中野区:外国人のためのなかの生活ガイドブック
https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/211500/d030152.html
『医療で用いる「やさしい日本語」-新型コロナウイルス・ワクチン接種編-』(医療×「やさしい日本語」研究会)
https://www.youtube.com/watch?v=FpeIMTZ5i24&t=6s
ヨミドクター「在日外国人の新型コロナワクチン接種に言葉の壁 接種案内や会場での多言語支援を」(2021年6月30日)
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210629-OYTET50000/

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